• 第1話 天文部の予報
  • 第2話 お金を稼がなきゃ
  • 第3話 生徒会長はだーれだ
  • 第4話 零度のエクリチュール
  • 第5話 皆殺しのドミノ
  • 第6話 彼が自ら創りあげるもの
  • 第7話 野生の思考
  • 第8話 ニュー・アソシエーション
  • 第9話 魔女っ子たちの神話
  • 第10話 アウシュヴィッツの後に詩を書くこと
  • 第11話 重力と恩寵
  • 第12話 アブジェクシオン
  • 第13話 コントル=アタック
  • 次回予告
  • あとがき

第1話 天文部の予報

二〇二六年 二月 十八日
この日、イランでは断食月ラマダンが始まる。米国とイランはオマーンの仲介により、オマーンのマスカット、スイスのジュネーブなどで間接協議を行っていた。
A 雨の魔女っ子寮
 天文部の予報通り、朝からの雨。  やることなくて、使い魔ラプを足でぐりぐり。  きゅーきゅー鳴いて苦しんでるように見えるけど、足を離すとまた「やって!」って感じでまとわりつく。  ぐりぐり。  ぐりぐりぐり。  わたしが住んでいるのは、ウィッチリア魔女っ子部長国連邦村。魔女っ子だらけの村。それぞれの部活がひとつの国となって、魔女っ子連邦を形作ってる。とゆう村。  ラプと遊びながら、いまごろコートとレイチェルは部屋でセのつくことしてんのかなあって脳裏を過ぎる。ほんとならわたしがコートと結ばれるはずだったのに。コートと暮らせないんだったら、この村に来た意味もない――って思わなくもないけど、魔女っ子村作っちゃったの、わたしだもんな。投げ出すわけにもいかないし。  止まない雨。  廊下に出ると、魔女っ子見習いがきゃーきゃー言って走り回ってる。 「あっ! アリスロッテ先輩! 今日はどちらへ?」  この子はアルノ。 「便所」 「じゃあ、用が終わったら、一緒にかくれんぼしませんか?」 「そんなことやってんの?」 「そう、リリィとアオイとメグとわたしで」 「寮の中でかくれんぼして楽しい?」 「めっちゃ楽しいですよ! 魔法アリで隠れて、見つかったら罰ゲームでブサイクとキスしなきゃいけないんです」 「そのブサイクの扱いよ」  ほんとはトビチノ村からの移民20人ばかりで暮らすはずだったけど、わたしを慕う魔女っ子百人と、トビチノ村で恋愛対象から漏れたブサイク百人がついてきた。おかげでいまの人口は225人。魔女っ子はみんな魔法院から来た子たちなので、勝手に魔法学校みたいなものが始まって、一応、正式な魔女っ子であるわたしと、フレア、グレイス、ヴェルデの4人が先輩扱い。残りは魔女っ子と言っても、見習い。あとは700ほどのトロールが住んでるけど、この子らは無害でいい子。  アルノの部屋に行くと、ブサイクがひとり座らされていた。さすがにブサイクのなかでもマシなほうを選んで連れてきたっぽく、容姿はまあまあ。 「ほらほら! ルシオ! 魔女っ子学園の理事のアリスロッテ様だぞ! ご挨拶は!」 「いいよー。理事ったって形だけだし。先輩でいいよー」 「こ、こんにちは」 「いまスカートのなか見たでしょう? いーけないんだぁっ♪」  見習い魔女っ子のひとり、リリィがルシオって子の腕をスティックでグリグリ。やられてる子は顔だけ見るとヘラヘラ笑ってるけど、心中まではわかんない。 「負けたらこの子とキスするの?」  同意は? って、わたしもそーゆーキャラでもないんだけど。 「そうです! あ、でも、先輩、オニやりませんか? わたしたち4人で隠れるんで!」 「ん。わかった」  ばたばたと部屋を駆け出す4人。 「もーいーかい」「まーだだよ」「もーいーかい」「まーだだよ」「もーいーかい」「もーいいよ!」  遠隔透視とヒートスフィアへの生体反応を使えば探すのは簡単なわけで、掃除用具入れでメグ確保、じゃがいもケースのなかのリリィ確保、ベッド下でアオイ確保、屋根裏でアルノ確保。簡単過ぎる。楽しいかこれ? 「罰ゲームはメグ~」 「きゃーやだー!」 「フッフッフ。ルールからは逃げられないのよっ!」 「あーもうしょうがないなー。やるから、ちゃんと口閉じててよねルシオ! 舌いれたら殺すからね?」  なんて言いながらメグとルシオがキッス。 「10秒だからね! 10秒!」 「舌入れろルシオ~!」 「んっ! んんっ!」  2戦目、こんどはアオイが罰ゲーム。 「行け! ルシオ! おっぱい触れ!」 「ほらほらベロ入れなさいよ、罰ゲームなんだからぁ!」  なんだかなあ。  ブサイクもブサイクなりに役得というか、ぶっちゃけイケメンじゃないってだけで、ちゃんと清潔にして趣味は読書とバスケットボールですとか言われたら十分恋愛対象レベル。 「なんか、かくれんぼすぐ見つかっちゃうね」 「これいっそ、じゃんけんで負けた子が罰ゲームでよくない?」 「ええ~っ♡ やだぁ~♡」 「罰ゲームは、おっぱい揉まれながらキス」 「ええ~~~~っ♡」  と、4人はじゃんけん。もはや負けたいのか勝ちたいのかわからない。男子のラッキーエロエピソードには、「それただの性虐待被害じゃない?」ってのが混じってるけど、彼にとって美しい思い出になってほしいって祈るばかり。 「きゃ~、負けた~!」 「じゃあ、ブラウス脱いで!」 「ええ~~~~っ!? 聞いてな~い!」  男子はニコニコして降ってくるご馳走を待ってるだけ。 「アルノ、感じてるんじゃない?」 「相手はブサイクだよ?」 「悔しい? ねえ、悔しい?」 「次はじゃんけん抜きで! ブサイクが指名するのはどう?」  魔女っ子の上位グループが男子をとっかえひっかえ呼び出してるって噂は聞いてたけど、こんなことやってたんだ。 「ふたりきりで押し入れに入るの!」 「服は? 服はどうする?」  まあこれも、魔女っ子寮ではありふれた日常で、かといってみんながみんなこうやってブサイクをイジって遊んでるかっていうとそうでもなく、雨の日は静かに本を読んだり、編み物をしていたりする子が多い。アルノたちが特別で、そのまわりには彼女らに憧れるグループがあって、そのなかの何人かがたまにここに加わって「罰ゲーム」の恩恵に与って、ピラミッドが構成されてる。 「ルシオー、おまえから動けよー」 「そのまま中で出しちゃえ!」 「えっ? 今日はダメよ! ルシオ! 中で出したら殺すからね!」  そんで、ブサイクのなかにも「アルノたちのグループ」と接触できる「親衛隊」が形成されて、顔のよしあしでピラミッドが築かれてる。  顔ってのは不思議なもんで、猫背になって芸夢王カードやってるときはあんなにヒドイって思ってた顔も、アルノたちから無理やり風呂にいれられて、あの子たちが選んだ服を着せられて、それで何度かセのつくことなんか経験しちゃうと、なんてゆーの? ほかのブサイクに対する優越感? みたいなのが生まれてかしんないけど、それこそ「オレ、バスケやってます」みたいな顔になっちゃうと、もはやブサイクなんて呼べないわけで、ほんでそれは「どーせわたしたちの学校にはブサイクしかいない」って諦めてた並クラスの魔女っ子にも夢を与えるんだけど、魔女っ子とブサイクのやりとりはトップに立つアルノたちとその親衛隊が仕切ってて、なんか、恋愛協定みたいなシステムが出来上がってんの。  ブサイクな男子のなかにも、たまーにモテる子がいて、でもそういう子はグループのだれかに声かけられて召し上げられちゃう。そーするとあら不思議。猫背のオタクがバスケやってます顔の男子に大変身。並の魔女っ子からはちょっと遠い男子になっちゃう。そしてみんな諦める。男子はみんなかわいい子が好き。友だちとしては話してくれるけど、恋愛対象としては見てくれない。  んでこの恋愛協定システム、ぶっちゃけていうとセのつくことやりたい協定も、魔女っ子・ブサイクともに、その存在を知るのはピラミッド中流以上の選ばれたメンバーだけで、底辺の子たちは相変わらず。男女間に壁をつくって、「愛は純真で精神的なもの」って信じて、ブサイクはブサイクで固まってアルノたちみたいな軽薄な女子を蔑んで、下っ端の魔女っ子は下っ端の魔女っ子で彼女らに媚びる男を蔑んだ。いっそ底辺のブサイクと底辺の魔女っ子でくっついてしまえばお互いの「やりたい!」をぶつけあって解消できるものを、顔ってまるで磁石みたいに、はっきりとS極N極ってゆー色分けされてないと引かれ合うこともなくって、そのS極でもない、N極でもない子たち、底辺にいる金属塊? 鉄くず? たちだって、「やりたい!」を顔にしたみたいなイケメン・美少女に惹かれて、それでいて自分たちは見向きもされなくって、自分たちの尊厳? 誇り? を自分たちの内面に求めて、より一層闇の深いオタクになっていったのでした、みたいな。  そしてこの、底辺のブサイクと底辺の魔女っ子が、恋愛に対する深い思慮を語り合って、そこにシンパシーみたいなのを感じて打ち解けるかってゆーとそうでもなくって、たとえばカラダの接触だったらどこが感じる? どんなプレイする? って具体的に語れるけど、お互いに異なる闇を持った者同士が、独自に錬成した「内面」を語るわけでしょう? それはたとえば、一方は「メカの変形合体と多元宇宙の解釈」で、一方は「戦国時代に散った武将の歴史のif」だったりするわけでしょう? まあ、打ち解けるはずがないよね。お互いに「これなら顔だけの軽薄なヤツのほうがまだいい」とか言い出して、それはもう考え方もアルノたちと変わらないわけで、よくよく考えるとそこにあるのはピラミッドじゃないんだよね。非モテが勝手に掘ってはまった穴があるだけで、非モテが「ピラミッドの頂点」と思ってるのはただの「地表」だよ。 「ちょっとアリスロッテ!」  って、声をかけてきたのは乗箒ほうきライディング部の部長、フレア・ヴァーミリア。  学園の魔女っ子4人のうちのひとり、何を隠そうウィッチ☆ルビーの真の姿。前巻でわたしと戦って敗れたひと。 「敗れてない! あなたの仲間3人が乗り込んできたせいでしょ! あんなのフェアじゃないわ!」  地の文にリアクションするな。 「地の文だってちゃんと読めるの!」  ええっと。魔女っ子のレッドポジションなので、直情的で熱血でがんばりやさん。あと、地の文が読める。いまは乗箒ほうきライディング部を作ってその部長。部員の4人を引き連れて、わたしの前に立ちふさがる。 「あ、うん。ごめんごめん。ところでどうしたの?」 「部費が足りなくて箒が買えないの。わたし入れて部員は5人なのに箒3本しかないのよ!?」 「それねー。わたしたち、トビチノ村からの株分けでしょう? トビチノ村って自給自足の村だからお金がないのよ」  一応、駄菓子屋だけで使える「円」という通貨はあったが、外で流通してる金貨の1万分の1の価値しかない。金貨1枚が1万円。 「でも錬金術部は、フラスコもビーカーも新しいの買ったって聞いたわ。アルコールランプも!」 「錬金術部はレイチェルがやってるから、溜め込んだ円を換金して自前で買ってきたらしいの」 「自前で~っ!? そんなぁ、それじゃあわたしたちの国はこれからどうやって欲しいもの手に入れるのよう!」 「箒だったら自分で作るって手があるしぃ……」 「却下! それじゃあ古文書部なんかどうすんのよ。古文書自分で書くわけ? 水泳部は? 水着作るの? 布はどうするの? 織るの? 糸は? カイコ育てるの? 桑の葉はどこから採ってくるの? 輸送用の馬車はどうするの? 作ればいい? 馬は? ブサイクに引かせるつもり?」 「うーん。あんまり考えてなかった。ちょっとレイチェルとも相談しておく」  雨も上がって、外出。レイチェルの家まで。  魔法院出身の魔女っ子たちと違って、レイチェルはトビチノ村の駄菓子屋の子で、魔法は使えない。それでも、コートとふたりで暮らすためにこの村に来て、わたしたちの真似して錬金術部を作った。パートナーのいる子には家が与えられる。ほかの子は寮。コートと暮らしてるレイチェルにも家がある。わたしが決めたルールでもあるんだけど、ちょっと悔しい。と、因縁浅からぬ関係だけど、駄菓子屋やってるおかげで村の外とも仕入れ等々の交流があって、こういうときは頼らざるを得ないのよね。  こんこんこん。 「あ、アリスロッテさん。ひさしぶりです」  出てきたのはコート。コートはこの村の村長で魔法も使えることは使えるみたい。あんまり使ってるとこ見たことないけど。元彼ってゆーか、両想いだったはずなんだけど、いろいろわけあってプラトニックなまま、ぽっと出のレイチェルに掻っ拐われた。 「レイチェルいる?」 「あ、いや、いま出かけてますけど、すぐ帰ると思います。どうぞ上がって下さい」  コートはわたしが見たことない服着てる。レイチェルの趣味? 似合わなくはないけど、なんか、他人になったみたい。部屋に入ると、そこもやっぱり他人の部屋。ベッドカバーとか、壁紙とか、とうぜんわたしとは趣味が違うし、コートの部屋にあったものとも違う。壁にはクッピーラムネのポスターが貼ってある。 「今日はどんなご要件ですか?」 「うん。学園の備品関連のこと。どうやって揃えようかなって」 「ああ、大変そうですね。僕も手伝えることがあったら言ってください」  と、コートはお茶を出してくれる。わたしが見たことないティーカップ。一緒にお風呂にも入ったし、ドラゴンに攫われたの助けたのもわたしだし、コートだってあんなにわたしのこと思ってくれてたのに。それなのにコート。なんでよ、もう。 「最近どうですか?」って、コート。 「いつも通りかな」 「なにごともなければなによりです」  あーあ。なにこの他人同士の会話。  なんて思ってたら、ガチャっとドアが開いて「ただいまー」って、レイチェルの声。 「あ、お邪魔してるよー」  気まずい。 「あら、ようこそ我が家へ。はじめてだっけ?」 「引っ越しのとき、なーんもない部屋を1回見ただけ」 「女子寮はどう? また共同便所横?」 「今回は便所からいちばん遠いとこ」 「便所って。トイレって言いませんか? 化粧室とか」 「男の子はすーぐカッコつけたがる」  学園の備品の話は、まずは外で流通してる金貨ゴールドを稼がなきゃいけないって話になって、そのへんは学校の理事やってる魔女っ子3人も加えて話すことになった。小難しい話なんで、まあ、適当に流して。 「それでアリスロッテ。それとは別に相談があるんだけど、あとで錬金術部の部室に来てくれない?」  レイチェルの言葉に、コートが耳をそばだててる。 「あ、うん。いいけど、どんな相談?」 「女の子同士の話」  レイチェルは少し悪戯に笑った。
B これからのこと
 レイチェルとの約束の時間まで、まだ間がある。  学園はブサイクたちが突貫で作ってくれたもので、ほぼ完成してる。なんたって前巻ではメソメソポタポタミャアミャア文明の女神像に仕組まれた転送装置を蘇らせた子たちだ。神代のエルフや太古のノームに匹敵する謎の技術を持っている。と、そんな彼らの尽力でまあ、外面は出来てきたけど、学園というからには授業もちゃんとしたいし、カリキュラムも考えないといけない。やることいっぱいだね、アリスロッテ、って、コートのことなんて忘れて前を向かなきゃって思い直した上手いタイミングで、グレイスとでくわした。  グレイス・ミストは魔女っ子のひとり、ブルーポジションのウィッチ☆サファイアに変身する。知的でクールな優等生で、前巻ではわたしの先輩3人組とそこそこいい勝負をしたエリート魔女っ子。古文書部の部長で、風紀委員長兼任、それで図書館の管理も担当というスーパー優等生。 「ところで、ここの本ってどこで仕入れてくるの?」 「スーサの塔とニコラス・ケイジ天文台にあったものをそのまま借りパク」 「ひでえ。優等生ひでえ」 「鍵も持ってるから、夜中に忍び込んで何冊か追加してある」 「倫理観は?」  これからの学園の運営のこと話すと、「魔法院に知り合いのアテンディングがいるから、声をかけておく」って。アテンディングってのは、教授見習いとか、そういう意味らしい。 「見習いのみんなを魔女っ子にしてあげたいの」と、エリートの瞳がキラキラ。 「だよねー」 「そのためには、見習いの封印を各自3つ解かなきゃいけないんだけど、これを解けるのが第12階位以上の魔法使いで、わたしじゃ無理だから」 「グレイスたちって何階位だっけ?」 「2階位」  下から2番め。魔女っ子見習いは1階位。いままで聞いたなかでいちばん高いのが、カルガモっていうクソジジィの31階位なんで、いやあ、先は長い。ちなみにわたしは魔法院に籍がないから階位はナシ。そしてしばしの沈黙ののち。 「アリスロッテ。あなた、ヒミツは守れるひと?」って、グレイス。真剣な目。 「ええ、守れと言われれば」 「そう」と、静かに口に漏らして、一呼吸ののち。 「もし資金援助が必要なら、カイ州のマルロー伯に繋ぐことができる。……いろいろと問題のあるひとだから、反対する魔女っ子はいると思うけど、もし、どうしてもというなら」 「あ、うん、わかった――」  問題ってなに? これだけの情報でなにをどう判断しろと? とは思うけど、それをフランクに聞けるほど親密じゃない。 「資金のことは、いろいろ当たってみる」  ま! 当たるアテなんかないけどね!  ついでなので温室。薬草部のヴェルデ・クローバーに会いに来た。  ヴェルデはグリーン・ポジションの魔女っ子。ウィッチ☆エメラルドに変身できる自然を愛する癒し系で、ハーブティとケーキ作りが趣味。小鳥と心通わせるナチュラリスト。以前わたしと戦ったときは、先輩3人に瞬殺されてたけど、自力で生き返った。 「アリ姉、こんちゃ」  出迎えてくれたのは、タルト・クローバーっていう魔女っ子見習い。魔女っ子唯一の男子で、ヴェルデの弟。2つ年下って言ってたかな。ヴェルデはたぶんわたしと同い年くらい。 「ヴェルデは?」 「ヴェル姉は水くみに。で、なにしに来たの?」  見習い用の魔女っ子服を着崩した男子。たぶんわたしより年下だけど、身長はかなり高い。というか、わたしが小ちゃい。 「ここの薬草、売れないかなと思って、相談しに来たの」 「あ、いいよ。まとめて引っこ抜いてやるよ」 「あ、まって。ヴェルデに許可取らないと」 「そんなの、あとでいいって」  と、タルトが薬草の前にしゃがみ込んだところで、 「タルト! わたしがいない間に勝手なことしないのっ!」  ヴェルデの声。  助かった。  でもすでにタルトは2~3本薬草引っこ抜いてた。 「んもう! 悪い子!」  ってヴェルデからゲンコツ食らって、「ちぇえっ」とか言って頭擦って、いつの時代の漫画だって感じだけど、まあ、いいか。とりあえずベンチに腰掛けて3人で話した。 「それでカクカクシカジカで、薬草をちょっと売れないかなーって思ってるんだけど……」 「そうねえ。薬草は買うと高いけど、売っても二束三文なのよねえ。売れるのは深根草ハルマラくらいかしら」 「魔薬じゃん」 「深根草ハルマラだけで精錬するからよ。普通の回復ポーションだって半分は深根草ハルマラよ? これに遅効性を出すためのエルフシードと、中毒性を抑えるセルキーリーフを加えてある」 「そうなの?」 「そう。古代の戦記ものに出てくる『薬草』のほとんどは深根草ハルマラ。中毒症状が出てる描写もある。回復ポーションもわずかに中毒性があって、多用すると効かなくなる」 「ええ~っ! なんか芸夢王カードと違う!」 「あっちはゲームでしょう? 『薬草』の正体が魔薬だなんて知りもしないひとが作ってるか……あるいは知っていながらそうしてるとしたら、罪深いと思うわ」 「どうなんだろ。ゲーム作ってるひとってみんなバカだし、知らないんじゃないかな」 「深根草ハルマラはそもそも栽培が禁止されてるからね。魔法院は特別な許可を受けてたから栽培できたけど、わたしたちはバレたら逮捕される。魔法院から勝手に持って来ちゃったけど、ちゃんと許可を受けるか、放棄するか決めないといけない」 「でも、深根草ハルマラでしょう? 許可が降りるとは考えられない」 「そうね。魔法院以外には国立の研究機関にしか許可は降りてないわ。でも、放棄したらもう回復ポーションも作れない。それはそれで困るでしょう?」  これ、お金の問題というよりはもう、わたしたちが魔女っ子として存続できるかどうかってゆーアイデンティティの問題だ。 「じゃあ、パトロン探してパト活する?」って、タルト。 「それもいいかもね。デルクモの魔法院に匹敵する魔法学校作るって言ったら、卒業生欲しがる貴族はいっぱいいると思う」  って、ヴェルデ。でも、そう言いながらもなんか、明らかに乗り気じゃない風。 「それじゃあ、どこかの貴族から援助受けたりするの、どう思う?」 「うん……。まあ、しょうがないよね」  んー。なんか乗り気じゃないなあ。でもさあ、いい話来てるんだよ? 「あの、これ絶対ナイショの話なんだけど、ヒミツにできるって約束できる?」 「ナイショの話ってなに?」 「他の魔女っ子にも言っちゃダメだよ? フレアにも、グレイスにも」 「うん。ヒミツって言うんだったら守るけど……」 「カイ州のマルロー伯って知ってる……?」  って、言った瞬間にヴェルデが立ち上がった。  え? え? え?  も、もしかして……これなんか、マズいことだった……? 「聞きたくない! その話だったらほかのひとと決めて! わたしには結果だけ教えて!」  そのままヴェルデどっか行っちゃった。これ、わたしが悪いの? つぎどんな顔して会えばいいの? グレイスにどう話せばいいの?  結論は先送り。時間も時間だし、錬金術部へ。  それにしても。女の子同士の相談ってなんだろう。てゆーか、わたしアタマのなか大混乱で、レイチェルの女の子同士の相談なんか聞いてる場合じゃないんだけど。  こんこんこん。 「入っていいよー」  錬金術部の部室を覗くとキャラメル色のおかっぱ頭が、フラスコやらビーカーやらをつないでなんか実験してた。 「なにやってんの?」 「錬金術の実験! いま、あんずボーとモロッコヨーグルを合成してるの!」 「それ、普通に混ぜればよくない?」 「いけないわ、アリスロッテ! あなたには探究心ってものがないの!?」  探究心を発揮する場所がミニマムすぎると思うの。 「それより、相談ってなに?」  レイチェルはアルコールランプの火を消して、キャスター付きの椅子に座ったままわたしのそばに来て、「いいから座って」って、いま合成したばっかりの「あんずボーモロッコヨーグル」をわたしのまえにトン。 「これ美味しいの?」 「わかんない。でもこないだのよっちゃんイカと梅ミンツの合成はそこそこいけたわ」  とりあえず、ふたりでパクリ。ゔぇー。 「それより、相談って?」 「うん。彼のことなんだけどさあ」  コートって言えよー。こっちまだ傷が癒えてないんだから、彼とか言われるとスンってなるんだよぉ。 「すごく淡白っていうか、真面目っていうか、なんかさ。不安になってくるの。向こうからアクションしてこないし、普通の食べ方しかしてくれない」  それってエッチな話なの? 駄菓子の話なの? 「梅ジャム塗って舐めたりとか、道具使ったりとかもない。わたしからいろいろ提案しても『そんなものはフィクションですよ』とか言われて、もしかしてわたしだけ変態なのかなって」  ねえそれ、駄菓子の話? 駄菓子の話でいいの?  「いや……ひとそれぞれ……だから……?」 「それで思ったんだけどぉ、わたしってもう何人か経験してるじゃない? でもコートはわたししか知らないの。コートもいろんな経験積んだら、もっと乱れるっていうか、解放されるっていうか……あー、難しいな。そうじゃないな。ぶっちゃけわたし、コートが他のオンナとチュッチュゼリーしてるとこ見てみたいの」  うわーん、どっちなんだー。 「でも、知らないオンナだとちょっとハードル高いじゃない? そこでアリスロッテ。あなたよ。コートとはチョコバナナしないまま別れたんだよね?」  う、ううう……。なんかぜんぶ下の話に聞こえる……。それにわたし、ずっと両片思いだった幼馴染同士だと思うからこそ譲ったのよ? あんたがそんな子だと知ってたらわたし……。 「どう? ふたりでコートの経験値をアップしてあげない?」 「でも……」 「この先わたし、我慢できなくて、他のコにも駄菓子あげちゃうと思うんだ。でも、コートがわたしに一途だと、わたしだけ裏切ったみたいになるじゃない?」  その理屈、わかるようでわからん。 「まあ、無理だったらフレアでもいいんだけど……」 「わたしがやる!」  しくしくしく……。  コートのためかどうかはわかんないけど、どうせ他のオンナとやるんだったら……。こんこんこん。こんこんこん? ノックの音? だれだろう。 「はーい。入っていいよー」ってレイチェル。  ガラガラガラってドアが開くと、見習い魔女っ子がひとり。 「おじゃましますー。郵便部ですー」 「そんな部まであるんだ」 「アリスロッテさんに、天文部からメモを預かってきましたー」 「天文部?」 「あ、そうそう。ちょっと惑星の観測を頼んでたの」 「観測って?」 「じゃあ、これ」って、郵便部はメモを手渡すと去ってった。 「なになに?」  と、レイチェルに覗き込まれながらメモを開くと、そこにあったのは――    ――人類滅亡まで、あと722日   「えっ? これ、どういうこと?」

第2話 お金を稼がなきゃ

二〇二六年 二月 二十一日
米国大統領ドナルド・トランプは、イランへの限定攻撃を検討、イランとの協議は「1015日もあれば十分だ」「イランが意味のある合意に応じなければ悪いことが起きる」と発言。
A デネアの提案
 レイチェルとヒミツの相談を終えて、わたしは学園を出て魔女っ子寮へ。ふとその道すがら、大きなキノコに腰掛けた白いドレスの魔女っ子が目に入った。甘ロリのフィッシュテイルに、胸と頭にペールゴールドの大きなリボン。白いパラソル。  デネア姉さまだ……。 「ひさしぶり~♪ アリスロッテ~♪」  同郷のご近所さんだけど、いまじゃ敵か味方かわかんないクソ要注意人物。 「何しに来たの!? まただれかを拐いに来たんじゃないでしょうね!?」 「やだ、口ぎきの悪い子♪ それに、魔女っ子を拐っていったのはあなたじゃない?」 「わたしが拐った!? 魔女っ子たちは自分からついてきたの! 自分の意志で!」 「あらそう♪ でも彼女らの親たちは、そうは見ないわぁ♪」  キノコに座って、白いパラソルをくるくる回すデネア姉さまと、軽く臨戦態勢のわたし。 「魔法院の学費がいくらか知ってるぅ? 最低でも5千ゴールドよ?」 「それで? なんの用?」 「魔法を使える子のなかで、地域の貴族に気に入られたラッキーな子だけが魔法院に通えるの」  わたしが聞いても、デネア姉さまはお構い無し。 「そこで3年過ごして『聖印』を受けて、卒業後は地元の貴族のお抱え魔法使いになる。その子たちがぁ、百人も失踪してるの。学費だけでも50まーんゴールドよぉ?」 「どういうこと? それを払えって言いにきたの?」 「ええ~っ? 払えって言ったら払えるの? グレイス・ミストを知っているでしょう? 彼女の地元からは学費のほかに20万の寄付を頂いてるのよ? 足したらい~くらだ♪」  グレイスの実家、めっちゃ太いじゃん…… 「いままで、ひとりふたりの失踪者はいたけど、ひゃーくにんって、魔法院の信用に関わるわぁ」  てゆーか、その話し方。 「魔女っ子をすべて魔法院に戻してーって言いたいところだけどぉ、まー無理でしょう? それでぇ、もしあなたたちが魔女っ子学園を作るんだったらぁ、そこを正式に魔法院の姉妹校にしてもいいって、上のほうは言ってるの♪」 「上というと? ベルカミーナが?」 「んーん♪ 探求官サーチャー様は発言権を失って静かにしてる。決定は長老会」 「長老会が? わたしたちの独立を認めてくれるってこと?」 「そうよー。うらやましいわ♡」  なーんかもう、イライラする。わざとやってんのかな、この話し方。 「断ったらどうなるの?」 「あなたたちが断っても、対外的には『魔女っ子学園は魔法院の姉妹校でぇす』ってゆー立場を貫くと思う♪」 「なんでそうなるの? わたしたちがウソだって言ったら?」 「それがねえ♪ 言えないのよぉ♪」 「はあ?」 「あなたのお友だちの、雛菊牧場デイジーランチの子たちいるでしょう? そのなかに魔法を覚えたいって子がいたから、3人ほど招待してるのぉ。ちっちゃい子は10歳って言ったかしらぁ?」 「ピリア!?」 「そうそう! ピリアちゃん! けっこう有能だって話よ?」 「ピリアを人質にするってこと!?」 「人質だなんてとんでもない♪ 自分の意志で来たのよ♪」  敵か味方かわかんないって思ってたけど、敵じゃん……。 「デネア姉さまって……そんなひとだったんだ……」 「いやん♡ よーく考えて、アリスロッテ♪ ピリアを取り戻すのは、それほど難しくないわ。きっとできるはずよ。でも、魔法院の……『ある人物』は、そういうことをいくらでも思いつくひとなの。あなたの友人にも、家族にも、恋人にも揺さぶりをかけてくる。それが永遠に続くのよ? そしてその『ある人物』は、決して表には出ない。あなたが戦う相手は、あなたが殺したカーキスやユズみたいな、普通の魔法使い。あの子たちを殺したとき、どんな気分だった? スッキリした? また殺したい?」  最悪。 「つまり……どうしろと……?」 「たったひとこと、『ウィッチリア魔女っ子連邦は、フルト・グレイド魔法院の姉妹校です!』って宣言するだけよぉ」  どどだだだどでがすかぁぁぁぁぁんっ! 「あれ? 帰ったんじゃなかったっけ? 忘れ物?」って、フレア。 「ちょっとあなたたちに相談があるの! ほかのふたりは!?」 「生徒会室。ちょうど内装が終わったって連絡が来て……」 「ちょうどいい! あなたも来て!」 「ああ、うん。って、なにごと?」  なにごともなにもだだどどどででがどでれかどぉぉぉぉぉん! と廊下階段走ってがらがらっ! 「たいへんなのグレイス! ヴェルデ!」  生徒会室。まだ会長は決まってないけど、たぶんわたし。理事長と兼任。その暫定会長様のお出ましに、談笑してたふたりがきょとんとしてこっち向く。 「どうしたの? 魔法院の刺客でも乗り込んできた?」 「近いっ! 刺客じゃないけど――」 「三角?」 「遠ざかった!」 「五角形?」 「多角形から離れて! いや、そうじゃない、どうでもいいの、多角形どうでもいい。デネア姉さまが訪ねて来て、あれこれ言われたんだけど、わたしじゃ決めきれなくて!」 「とにかく落ち着いて。デネア様はなんて言ってきたの?」 「それは……」  ――わかった……魔女っ子の3人に相談してみる……。    返事はそれからでもいい?  ――もちろん。色よい返事を待ってるわぁ♪ 「……ということなの!」 「それで?」 「デネア姉さま、白いフリフリな傘をくるくる回して透明になって消えてった」 「そういうことじゃなく」 「とりあえず伝書コウモリを預かったんで、賛成なら青く塗って、反対なら赤く塗って返せばいいって」 「いーけないんだ。動物虐待いーけないんだ」フレア。 「魔法で蛍光させるだけでしょう? 虐待でもなんでもないわ」グレイス。 「あ、そうなんだ。わたしてっきりペンキ壺にぼっちゃんするのかと」わたし。 「要は、姉妹校の提案を受け入れろってことでしょう? わたしは賛成よ。それで備品が揃って学校として滑り出せるんだったら、それに越したことはないわ」  グレイスが机に腰掛けて言う。 「でもさあ、それならわたしたち、外に出る必要なんかなかったってことになるじゃない? 言っちゃあ悪いけど、こんな辺鄙な森のなかまで来て『フルト・グレイド魔法院の姉妹校です』なんて、わけわかんない」  頬杖してフレア。 「ヴェルデは?」 「一長一短ってところかしら。わたしたちの意志を通したいのはやまやまだけど、意地を張ってばかりでもいられない」 「賛成1、反対1、保留1ね」 「それじゃあ、アリスロッテ生徒会長の意見で決まりね」  うわー。責任こっちきた。 「それなんだけどさあ、グレイスの実家には相談できないかなあ」  言った途端、空気が凍った。 「…………」 「…………」 「…………」  3人ともリアクションなし。  リアクションないどころか、明らかにヤバい空気。ピッキーンって。やっばぁ、なにこれ。この3人、友だちじゃないの? 間になにがあるの? 「わ、わかった! わたしが決めるよ! 生徒会長だからね! うん!」  いやー、変な汗かいたーって、生徒会室を出ると、フレアが追いかけてきた。 「よう! ちょっとカフェつきあって!」 「あ、うん。てゆーか、カフェまでできてたんだ」 「そ。ブサイクたちがやってんの。コーヒーオタクが混じってて、エチオピアとかニカラグアとかのスペシャルティコーヒーが飲めるの」  ありとあらゆるオタクがおるんかーい。 「その地名って、どこ?」 「ん? わかんないけど、有名なコーヒーの産地らしいよ?」  がらがらがらっ! 「ラズベリィモカマキアートにエクストラホイップ!」 「ダブルトール・シュガーリーフラテにヘーゼルナッツシロップトリプルで!」  お金は円が使えた。円はトビチノ村で支給されてるものが細々と流通してる。 「あのさあ、大きい声では言えないけど、実家のこと、言わないほうがいいよ」 「そうなの?」 「わたしらみんな、地元の貴族に支援されて魔法院に来てるの。元から裕福で通ってる子ってほとんどいないんじゃないかな」 「あ、そうか。わたしも庄屋がお金出してくれたんだ」  入学できなかったけど。 「でしょう? それで魔法院で3年学んだあとは、地元に帰って貴族のお抱えの宮廷魔道士になるの」 「わーお。きらびやかじゃん」 「気楽でいいよね。アリスロッテは」  フレアはそういってなんとかマキアートをストローでくるくる。 「いいでしょ。これだけが取り柄だもん」  わたしもなんとかラテをくるくる。 「ラハガキセの戦いから10年しか戦ってない。ヴァラー騎士団がガタガタしてるいま、またいつ戦国時代に戻るかわかりもしない。そうなるとわたしたち、3年後に、戦場で、敵として会うかもしれないのよ?」 「あー、そういうことかー」 「未来のことばかりじゃないよ。過去もそうだよ。わたしにお金を支援してくれてる貴族が、わたしの親友の家族を虐殺してるかもしれない」  わー。リアクションムズいヤツきたー。 「でもさあ、そういうの、わたしたちには関係なくない?」 「関係ないって言えるのは、学園にいる間だけだよ。卒業したらコマになるんだよ、わたしたち。あなたの出身って、蒼鯨そうげい騎士団の双子原ふたごばるでしょう? 雛菊牧場デイジーランチを壊滅させた」 「そうだけど、それは領主のカルティカ公が勝手やったことで、わたしは止めようとしたの! だいたい雛菊牧場デイジーランチの子だって、わたしの親友なんだから」 「ふーん。学費はだれが出してるの?」 「学費は庄屋が。それに、正式には入学してないから……」 「そっか。いいよね。貴族と紐付いてないひとは。でも、わたしの友だちのほとんどはそうじゃない。親友の支援者から家族を殺された子だっているかもしれない。それでも友だちでいれるのは、なにも知らないからなんだよ」  うえーん。重いよう。 「まー、わかるけどー。わかったところでさあ。じゃあわたし、どうすればいいのよ……」 「どうって?」 「魔法院の姉妹校の件。グレイスは賛成だっていうし、あなたは反対でしょう?」 「あなたが決めればいいのよ。あなたが決めたら、だれもその理由を問わないわ。だれも理由なんて知りたくないもん。だって、みんなあなたと友だちでいたいから」 「ええーっ。嬉しいけど、重いーっ」  そんなこと言われたらもう、だれにも相談できないじゃん。そういうの相談できるのが友だちだと思ってたのにー。どうすんのよこれー。 「みんなお人形なんだよ。魔女っ子のお人形。お人形同士だから友だちでいられる」  って、フレア涙ポロリしちゃうしぃ!  ハードル上げ過ぎだよ、もう!
B ほかほかのパン
 ぽーん ぷーん ぱーん ぴーん  生徒会長件理事長、アリスロッテ・ビサーチェから至急の連絡がある  各部の部長はただちに生徒会室に集まってくれ  繰り返す  各部の部長はただちに生徒会室に集まってくれ  ぴーん ぱーん ぷーん ぽーん   待つこと3分、各部の部長40人が生徒会室に大集合! 「部活って40もあったの?」 「実際にはもっとあるはずよ。ほかの部の部長と兼任してるコもいるんじゃないかしら」 「魔女っ子はたった百人なのに?」 「たいがいのコが4つか5つ兼部してる」 「なんと、そんなことが」 「それに、コーヒー部はブサイクたちがやってるよー」 「なんじゃそりゃ」  とーにーかーく! 「みんなに集まってもらったのは他でもない、部費のことについてだ!  現在、学校の運用資金についてはいくつか当たっているところだが、資金を頼めば、手綱を握られることになる。われわれが自由に活動していくために、まずは我々だけで稼ぎ出せるかどうかを試してみたい。その間の……半年から1年……各部の運営は厳しいものになるだろうが、どうか理解して欲しい!」  ざわざわざわ。 「なにか質問があるものは?」 「はい! アメフト部です!」  魔女っ子の学校にアメフト部があるのか。それはそれで心強い。 「アメフト部はプロテクターを買うだけでたいへんなんです! マワシ一本でできる相撲部といっしょにされたら困ります!」 「それはわたしたち相撲部に対する侮辱です!」  相撲部もあるのか。頼もしいぞ。 「わたしたち機織り部はどうすればいいんですか!?」  機織り部……。機織り機がなければはじまらんな……。 「わたしたち電車部は!」  待て! (電車ってなんだ!?) (なんかそういう……なんというか……概念みたいだよ) (電車という概念?) 「電車部はイマジンで乗り越えてくれ!」 「だったら機織り部もイマジンで布を織ればいいわ!」 「待って! それじゃあ機織り部の布を当てにしている水泳部はどうなるの!?」 「相撲部みたいにすっぽんぽんでやればいいでしょう!」 「それは相撲部に対する侮辱です!」 「とにかく! とにかくだ! 1年乗り切ってくれ! 金を稼ぐ手段はそれぞれの部で考えるとして、まずは自分たちでやってみよう!」  ふう。やれやれだわ。でもわたしには息抜きがある。  コートとレイチェルの愛の巣へ。  窓から覗いてレイチェルにサイン送って作戦開始。待ってるとすぐにコートが出てくる。レイチェルに頼まれて井戸に水汲みに。その隙にわたしはレイチェルの家に上がって、パイの実のヌードルになってハイエイトチョコつけてクローゼットに潜んでスタンバイ完了!  しばらくするとコートが「ただいま」って帰ってきて、ここからは見えないけど、レイチェル、コートをベッドへと誘う。 「でも、まだこんな時間ですよ?」  うう……コート。なんてうぶなの。駄菓子に時間なんて関係ないのよ。 「でも今日はまだだよ♡」  と、そのままチュッパチャップス♡ コートは「んっ」とか言ったまま押し切られてベッドへ。たまらん。わたしやばい。コートはベッドに座らされて、扉の隙間からじゃよく見えない。レイチェル「ちゃんと見て」って、コートの目の前にぷ・よ・ま・ん♡ 「元気になった?」 「は、はい!」 「じゃあ、続きはコートが」って、コートの手を内紙にかけさせて、包み紙とってぇ、薄紙とってぇ、コートが下ろした内紙がつるんと取れると、「まだ触っちゃダメぇ」って、どっかからテープ取り出してコートに目隠し。仰向けに寝かせて「首輪つけてもいい?」って聞くと「ええ。いいですよ。レイちゃんが好きなように」って、悔しい。首輪ってなに? どんなプレイしてるの? こんなこと毎日してんだこのふたり。  そしてレイチェルが「じゃ、取ってくるね」って、おもむろにクローゼットの扉を開けて、うっふん! ヌードルなアリスロッテ登場!  ベッドには眩く輝くコートのうまい棒! つやつやの個装! 先っぽだけちょっと覗いてる! 眩しき!  レイチェルがコートの首に首輪をつけて、鎖をつないで、わたしにおいでおいでして、いよいよわたしの番! 鎖を渡されて、ジェスチャーで、「指で、先っぽを、触って」って、アリスロッテ了解っ!  まずは指でツンツン。  あんあん。  反応良好!  あんまり大きい方じゃないけど、角度はばっちり。立派よ、コート、反り返ってるわ。心臓の鼓動が血液を送り出すごとにとくとくと上下する。シロップを垂らして先端ヌルヌル。手のひらを露出したところに押し当てると「あん」って声が漏れる。ふたつの玉羊羹に反対の手を添わせながら、手のひらでぐりぐり。ベッドの脇ではレイチェルが、ご自愛の栗しぐれ♡ 濡れた先っぽ。ゆっくりと個装を剥いて、ぷるんって甘栗むいちゃいましたぁっ! コートがびくん。透明のシロップにねるねるねるね。ここはお口できれいにペロチュー。舌がさきっぽにふれるたびにびくんびくんって。経験少ない男子ってこんなに敏感なの? これ、1回目はどうだったの?  ある程度すると、レイチェルから「召し上がれ」の指示。アリスロッテ了解っ!  コートにまたがって、おこしを浮かせて、コートのシュガーツイストをわたしのハニーディップに。ううう。この瞬間をどんなに夢見たことか……。まさかこんなシチュエーションで迎えるとは……。そしてふたりのドーナツはドッキング。ああん、熱い♡ 点でつながってるだけなのに、全身ガクガク。なんだろこのいままでにない感覚。スイーツ最高♡ 最高だわ♡  次の司令、チュッチュゼリーして……? 次は? 目隠しを取って……? アリスロッテ了解っ!  お口に深く深くチュッチュゼリー、ちっちゃい舌、歯が当たる、リップの裏まで、ぜんぶペロティ。わたしのシロップはぜんぶコートのお口に。コートの荒い息遣い。悔しいわ。レイチェルだと思ってんでしょう。レイチェルのチュッチュゼリーだって。でもそうじゃないの。アリスロッテなの。チュッチュゼリーしたまま目隠しを取って、顔を離すと……コート呆然! はーい! アリスロッテでしたぁ! 「こ、これは!?」 「びっくりした? いままでのアリスロッテだったんだよ!?」  って、紅潮した頬でレイチェル。 「ご、ごめんなさい、レイちゃん、アリスロッテさん」  きゃーっ♡ なんであなたが謝るのっ♡  コートはカラダを引こうとするけど、「ダメよ、ダメダメ、ちゃんと感想聞かせて」ってレイチェルがコートの手を握る。 「感想って?」 「アリスロッテのドーナッツ、美味しい? わたしのとどっちがいい?」 「お、美味しくなんかないですよう。レイちゃんじゃなきゃダメですよう」 「じゃあ、なんでこんなに元気ハツラツなのぉ? アリスロッテもこんな状態で終われないわよねー」  ううう。なんかごめん、コート……。でもおこしが動いちゃう。 「で、で、でも、ダメですよぉ! アリスロッテさんとベビースターしちゃいますぅぅぅぅ! 僕、レイちゃんとベビースターしたいんですぅぅぅぅぅぅ!」  あーん悔しくてますますスイッチ入っちゃう! 「ええーっ。やだぁ。そんなことになったら離婚しちゃおうかなぁ♡」  なにげにレイチェルが鬼♪ 「そんなことになったら、ぼーぐーいーぎーでーいーげーまーぜーんーっ!」  こんこんこん。 「あれ? お客様?」 「どうしよどうしよ。みんなもぎたてフルーツなんだけど!」 「コートが出て! ヤバいものこれで隠して!」  って、フタバメロンシャーベットの容器を手渡す。 「ええーっ?」  やっぱ鬼だ。  コートがメロンの容器でうまい棒隠して、猫背で玄関行って、ドアあけると見習いの魔女っ子。魔女っ子、目を伏せる。 「アリスロッテさん! 理事長室にお客様が見えているそうです!」  魔女っ子から見たら、メロンでうまい棒隠したコートの後ろに、ハイエイトチョコのマスク付けたわたしとレイチェル。なにを想像してるかわかんないけど、たぶん、その想像は当たってる。 「アリスロッテ先輩、ここにいるって聞いたんで! い、いますぐ学園に来てほしいそうです!」  魔女っ子は走り去る。  純真だなぁ。若いっていいなあ。 「で? お客様ってだれ? 伝言ひとつちゃんとできないの?」 「いやいや、しょうがないって、このシチュエーションじゃ」 「とりあえず、続きやろっか、コート」 「や、やるんですかぁ!?」  レイチェルといっしょに梅ジャム塗ってペロペロしてたら遅れちゃった!  大急ぎで学校へ! 理事長室に飛び込むとバカでっかいトロールがどーん! 「遅かったわね、アリスロッテ」  ホッ。グレイスが相手してくれてたみたい。 「ちょ、ちょっと離せない用事があって。ところで、こちらのトロールさんは?」 「おまいがここん責任者ばいね! さっきから何べんでっちゃ言うとっばって、抗議しに来とったい!」 「ええっと……抗議というと?」 「なんか、うちの魔女っ子……宝飾部の子たちが、勝手にトロールの鉱山で石を掘ってたらしいの」 「宝飾部が……? もしかして……宝石を掘り出すため……?」 「そげんて。おいだんのじっちゃんの山ん勝手ん入って、勝手ん掘っとらすと。もう、なんばしよっとかーちおらんだっちゃ聞きゃせんけん、おまや舐めくさっとったらぼてくりこかすぞ、なんばにやがっとーとかちゆーて、こげんこげーんしてやったったい!」 「…………」 「先祖代々掘ってきた鉱山に、勝手に侵入されて採掘されたそうよ」 「な、なるほど」 「なるほどちゃなんか。ひとごとんごつなんばゆーとっとか。ゆっとくばって、おまいんこっちゃけんね。わかっとーとか。わがんこつぞ」 「まって。ちょっとまって。ええっと、わ、わたしが自分たちで稼げって言ったせいで……? こんなことに……?」 「そうみたいね――」 「稼ぐち言うたっちゃぞ! そげんひとんとこん来て稼いでよかならおいでっちゃこのへんば掘り散らかしてよかごつなるばって、そいでよかとかっちゅう話やろうが。そん理屈んわからんなら、けーさつ呼ばにゃいかんたい、けーさつ」 「ああ、ちょっとまって、あの、はい、ええっと、ちょっとだけ、ごめんなさい」 「いま表面化してるのは宝飾部だけだけど、園芸部やハンティング部がなにをやらかすか考えると……」 「そのへんばうろーんころーんさるきよらすとが、その園芸部やらハンティング部げな。ぞーたんのごつばさらかおらすたい」 「わかった! なんとかする! わたしがちゃんと言って聞かせる! ところでその、宝飾部の3人は?」 「心配せんでっちゃ、ちゃんと生かして檻に入れとるけん。死んじゃおらんめーたい」 (どういう意味?) (心配しなくても、生かして檻に入れてるから、死んではいないだろう、って) 「ばってん、返して欲しかなら、落とし前ばつけないかんばい」 「落とし前ったって……わたしたちお金とかないし……」 「なんば言いよっとか。金で解決でくるわけなかやんか。ほかほかパン二個ツーば出さんか。そいで許しちゃろうたい」 「ほかほかパン二個ツー」 「なんも考えんで出しゃよかろうもん。出さんと魔女っ子3人は豚骨ラーメンの出汁にして食うたっちゃよかつぞ?」 「そ、そんなぁっ! ほかほかパン二個ツーって! わたしにだってプライドがあるんだからっ!」 「あーもうしぇからしか! こっちの姉さんなもう出さっしゃったとぞ!?」 「グレイス!」 「魔女っ子の命がかかってるのにプライドもクソもないでしょうに! クラスメイトが豚骨ラーメンの出汁にされてもいいのっ!?」 「それはそうだけど、やりかたが一方的すぎる!」 「またそげんすらごつばゆー。一方的に乗り込んで来たつはおまいらやろが!」 「ああもう! わかったよ! ほかほかパン二個ツーあげればいいんでしょ!」 「やっとわからっしゃった。こげん遅なって。ばってまあよかたい。ほかほかパン二個ツーもろたら許すちゆーたけん、そいでチャラたい」 「だけどこの件はロンウェー公爵に問い合わせる。そのうえで改めて連絡する」 「あ、ちょ、ちょ、待ったんね! ロンウェー公爵まで上げんでっちゃよかろうもん!」  あ、びびった。 「いいえ、これはウィッチリアとトロールたちの契約の問題よ。あなたとだけ話しても埒が明かない」 「そげんゆーばってんくさ、話ん大きゅうなるとおろよかたい」 (おろよかってなに?) (わたしに聞かないで!) 「あーもう、しょんなか! 今回はそっちがルールば知らんでけんこげんなっただけやけん、よかよ、多目に見るたい!」 「んー、いまいち納得はいってないけどありがとう!」 「魔女っ子もすぐ返すけん。そいと、そっちんお姉さんに貰たほかほかパン二個ツーも返すたい。ほら」  わー。かわいいパン二個ツー。 「広げて見せなくったっていいでしょう!?」 「ところで、ロンウェーさんにゃ逢うたことあっと?」 「あ、はい、一度だけ。がばいカッコ良かったばい」 「またそげん、がばいとかウソ筑後ちっご弁ばつこうて。がばいとか佐賀ん言葉やけんね。佐賀と久留米ん間にゃ筑後川ちっごがわんあっけん、そこんにきで言葉は違うとるたい。おいだんがそげんちゆーとばあんひとたちゃそぎゃーんそぎゃーん言いよらす。そぎゃーんそぎゃーんち、そぎゃーん虫の鳴いとるごたっちゆーて笑たら、佐賀んひとん真っ赤んなって腹かかしゃっ」 「ええっと、ロンウェー公爵はなまってなかったような……」 「なーん、カッコつけとらすとよ。昔、駅前にさわそう会館ちあったやんね。そこん後援会の集まりで見たこつのあっばってん、ふつーに久留米弁ば使うとらしたたい。こっちも酒ん入っとっけん、ロンウェーさんな靴下んかたちんばなっとっばーいちゆーたら、あんひたなんちゆーたち思う? も、人間のできとらすけん、そげんかたちんばとか言うちゃいかんばい、ちんばちゃ差別用語やけんしぇからしかこつになったいちゆーて、ばってんこっちゃそげんこつ言われたっちゃいっちょんわからん。そいじゃどげんゆーたらよかとですかー、かたちんばさんちゆーたらよかとですかーち聞いたら、なんかよーわからんこつばいろいろ言われて、ばってんがこっちゃそげーん学のなかやん。頭も悪かけん、そげん言われたっちゃ覚えきらんですよーちゆーたとばってん、性格が真面目かとやろね。いろいろ話しゃさっけん、あーそげんですかー。しぇからしかことになっとーとですねーちゆーて、もう、こげんよ。こげーんして、あ、はい、そげんですね、はいちゆーて聞くだけたい」  トロールは帰ってった。 「これからどうするの、アリスロッテ」  パン二個ツーをしかるべき場所に戻しながら、グレイス。 「とりあえず、トロールとトラブルを起こさないように、ルールを徹底するしかないわね」  がらがらがらっ! 「アリスロッテ、大丈夫!?」  フレアだ。乗箒ほうきライディング部員たちも一緒。 「理事長室にトロールが乗り込んだって聞いて、慌てて駆けつけたんだけど、なにかされなかった? 怪我はない?」 「ありがとう。大丈夫よ。話し合いでケリがついたわ」  と、部員たちを見ると、みんな箒を持ってる……。あれ? 「箒、どうしたの? 3本しかないって言ってたよね?」 「ああ、これ? トロールがほかほかパン二個ツーと交換してくれたの」 「交換したんかいっ!」 「えっ? ダメだった? 実家から持ってきたパン二個ツーいっぱいあるし――」 「いっぱいあってもダメなのっ! ってか、パン二個がいっぱいってなに!? パンがいっぱいとは違うの!?」  エクステリア部。 「青いペンキある?」 「あるよー。何に使うのー?」 「ちょっと。暗い空を青空に変えたい」 「うわー。ポエムじゃないですかー。そーゆーのに弱いんですよー。泣いちゃいそうですぅー」  エクステリア部の……本名は知らないけど、エクステリ子にバケツいっぱいの青いペンキを用意してもらって、デネア姉さまから預かったコウモリをちゃぷん。 「うわー。めっちゃ動物虐待じゃないですかー」 「キィ! キィ!」 「めっちゃ苦しそうじゃないですかー。涙出てきましたぁー」  真っ青に染まったコウモリ! 「ほうら! デネア姉さまのところに飛んでいけーっ!」  わたしたちウィッチリア魔女っ子部長国連邦は、フルト・グレイド魔法院の姉妹校になるよ! だってもうしょうがないじゃん! それでどうなるかなんて知らない!

第3話 生徒会長はだーれだ

二〇二六年 二月 二十三日
首都テヘランの大学などで学生らが政府に対する抗議デモを実施し、体制を支持する人々との衝突が発生。
A それぞれの十字架
 そんなわけで、フルト・グレイド魔法院の姉妹校になったわたしたちウィッチリア魔女っ子部長国連邦村学園に、学園長として派遣されてきたのはなんと! トレンチの襟を立てた不機嫌眼鏡の男! 第32階位魔法使いにして次元創造官ディメンション・クリエイター、ギー・ドゥボール!  発表された講堂で魔女っ子全員ざわざわざわ。 「まって。次元創造官ディメンション・クリエイターって言った?」 「なんかラスボス級登場したんですけど!」 「32階位って、カルガモット卿より上!?」  ギー・ドゥボール学園長の周りには、四角い額縁のようなものが宙に浮いている。まるで絵画のなかから抜け出たよう。あの額縁の向こうって、もしかして別次元? 「わたしがこのたび、この学園を治めることになった歩く無限回廊トロンプルイユこと、ギー・ドゥボールだ」  歩く無限回廊トロンプルイユ? 「キミだちが時間軸異常フリークエンシー・カタストロフ14歳だか24歳だかわからなくなってしまったように、わたしは描かれた絵であると同時に、その作者となった」  まってまって、わけわかんない。時間軸異常フリークエンシー・カタストロフでそんなこと起きるの? 「そして……わたしがわたしの作品であることから逃れられないように、キミたちは自分を『可愛い魔女っ子』だと信じたこの巨大な美少女劇スペクタクルから抜け出すことは出来ないのだっ!」  面倒くさい新概念来たぁ! 「さっそくだが、このなかに時間軸異常フリークエンシー・カタストロフの本質がわかるものがいるかね?」  いきなりのトップギア! 新任学園長の問に、秀才グレイス・ミストが手を挙げる。 「因果の強制収束ディスティニー・コンバージェンスだと考えられます」  なんかこっちからも新概念来たぁ! 「14歳の少女でセのつくアレを描写をしたいだけの神の計画ごつごうしゅぎによって、わたしたちには24歳という仮の設定が与えられました」  神の計画ごつごうしゅぎ! 「そうだ。たしかに一部では正鵠を射ている。しかしキミはふたつの概念を混同している」 「混同というと?」  ざわざわざわ。 「やがてこの世界には千年紀の滅亡ミレニアム・アニヒレーションが訪れる。それはたった2年後だと言われている。たった2年――」  眼鏡の男は静かに会場を見渡す。 「これは『世界線駆動プロット・ドリブンによって導かれる必然』、キミが言った『因果の強制収束』ディスティニー・コンバージェンスだと言えるだろう」  世界線駆動プロット・ドリブン! 「しかし、時間軸異常フリークエンシー・カタストロフは舞台装置だ。美少女劇スペクタクルを成立させるための神の計画ごつごうしゅぎであり、本来なら世界線プロットには干渉しない。つまり、因果に関与することはなく、千年紀の滅亡ミレニアム・アニヒレーションとは独立しているはずだ」 「はず? というと、独立していないということですか?」 「そう。千年紀の滅亡ミレニアム・アニヒレーションにおいて、この世界はふたつに分裂する。そのふたつとはすなわち、キミたちが14歳である世界と、24歳である世界だ!」 「待ってください!」  こんどはヴェルデ・クローバーから声が上がる。 「千年紀の滅亡ミレニアム・アニヒレーション真鬼トゥルクによってもたらされると聞いています! それはウソだったんですか?」 「いいや、真鬼トゥルクは重要な役割を果たす。フルト・グレイド魔法院の上空にゴルジ体が発生しているのをみなも知っているだろう?」  ざわざわざわ。  あの、ただの黒雲にも見えるモヤモヤ。ゴルジ体って呼ばれてるのは聞いたことあるけど、それってなんなの。 「やがてこの世界は、細胞が分裂するようにふたつに分裂する。そのときに紡錘体ぼうすいたいとして、ふたつの世界にそれぞれの『存在』を導くのが真鬼トゥルクだ」  まってー。理解がおいつかないー。紡錘体ぼうすいたいってなにー。ゴルジ体どこいったー。 「でも、わたしたち、神の計画ごつごうしゅぎ14歳だか24歳だかわかんなくされたんでしょう? それで世界は滅びるって言われても、わたしたち可哀想すぎるっ!」 「そうだな。だがキミはそれを、14歳の自分の疑問か、24歳の自分の疑問かと考えたことはあるか?」  14歳の自分の疑問か24歳の自分の疑問かって概念自体に初めて出会ったー。  あ、そうだ。そんなことよりこれ聞かなきゃ。 「学園長は真鬼トゥルクを召喚できますか!?」  学園長は眼鏡を指でクイッ。 「造作ない。美少女劇スペクタクルとしてのわたしになら可能だよ」  はいダウトー。 「でも、魔法院では長老とカルガモット卿しか真鬼トゥルクを召喚できないって聞いたんだけど!」  学園長、呆れたようにため息。ハッとか言って。 「見ての通り、わたしがこの美少女劇スペクタクルの世界に存在しているのは半分だ。本質はその外にある。だが、長老テレンパレンや大審問長官カルガモット卿は、本質が美少女劇スペクタクル側にある。必然、わたしはカウントされない」  ようわからん。聞くんじゃなかった。 「じゃあわたしたちの本質は!? 14歳なんですか!? 24歳なんですか!?」  フレア・ヴァーミリアが聞いた。  ギー・ドゥボールは顎に手をあて、少し考えてから口を開く。 「この世界が舞台だとしよう。そこに24歳の俳優がいて、14歳の少女を演じている。彼女は舞台上で、セのつくアレを演じることが許されるだろうか。――言うまでもない。決して許されることはないだろう。その美少女劇スペクタクルに閉ざされているからだ。14歳の少女にその表現は許されない。その様式は観客を安堵させ、共感と救いカタルシスを与え、オーディエンスのなかで自己を肯定する力となる。登場人物もオーディエンスも、美少女劇スペクタクルに守られている。だが他方では、例外の果てしない透明化が招かれる。美少女劇スペクタクルとして消費されるものだけが表現され、そうでないものは目を背けられ、存在すら消えてゆく。その消失こそが、千年紀の滅亡ミレニアム・アニヒレーションだ。キミたちはその本質が、14歳のスペクタクルか、24歳の現実か、そのときに選ぶことになる」  ぶっちゃけ、なにをどう選ばされるの? 「それで、時間軸異常フリークエンシー・カタストロフの本質って、結局なんなんですか?」  改めてグレイスが問い返す。 「美少女劇スペクタクルと、それによって捨象されたものの軋轢だ」  わかんないっ!  直後の生徒会室! 「わたし学園長の言ってることさっぱり理解できないんですけど!」 「そうね、正直ベルカミーナ生命探求官サーチャー・オブ・ライフから魔法使いウィザード魔女ウィッチの違いを聞かれたときも混乱したけど、今回はそれ以上ね」 「だいたい、この世界が美少女劇スペクタクルだなんて、メタじゃないの!?※1 「どんなメタでも、それを『メタ』と指摘することほどメタじゃないけどね!」 「どういう意味?」 「神の視点と言えばいいものを、メタなんて言っちゃうからメタになる。言い方の問題だけでしょう?」 「そうかなぁ」 「こんな話を聞いたことある? たとえば、西尾維新とかカート・ヴォネガットとか、物語のなかに作者自身が登場するけど、あれは『作者』っていうキャラクターに過ぎないの。物語に登場する『作者』は決して作者自身ではない。メタい顔をして読者を誤魔化してるけどキャラクターのひとりに過ぎない。本当の『作者』のセリフは『地の文』。作者はずっと読者の傍にいるの。果たして、メタとは?」  こんこんこん!  ノックの音。 「だれだろう」  こんこんこん! こんこんこん! 「キツネさんかな?」  こんこんこんこんこんこんこんこーんここんこんこんこんこーんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこーんこーんここんこんこんここんこんこんこんこーんこんこんこんこんこんこんかんきんこんかんきんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこん!  がらがらっ! 「うるさーいっ!」 「新聞部です! さきほど学園長が生徒会長選挙の実行を発表されましたが、立候補されるんでしょうか!?」 「聞いてない! どこで発表したのよ!」 「パーカッション部と兼部してます!」 「聞いてないっ!」  こんこんかかんかこんこんここんかかんかかかきこかかきこかかきこかかきこ! 「てゆーか、生徒会長も理事長もわたしでしょう!? アリスロッテ! わ・た・し!」  ここんかきんきんここんかきんここんかきんこんこんここんここんここんここんここん! 「新聞部うるせーっ!」 「でも、学園長が選挙で決めろって言うんだったら、しょうがないわね。立候補するわ」 「グレイス!? 裏切るのっ!?」 「そうよね。こういうのは民主主義的に決めたほうがいいって思ってたの。わたしも立候補」  ここんかきんここんかきんここんかきんここんかきんここんかきんここんかきんここんかきんここんかきんここんかきんここんかきん! 「ちょっと新聞部!」 「ヴェルデ! あの意味不明の学園長が言ってるのよ!? なんで聞くのよ!」  こんこんかかんかこんこんこかかんかこんこんかかんかこんこんこかかんか! 「わたしも立候補する!」 「フレア!」 「わっかりましたぁ! アリスロッテさん以外みんな立候補! 号外出しますねぇ!」  はあ!? 待ってよ! んもう! 「わたしも立候補する!」 「なーんだ、アリスロッテも選挙に賛成なんじゃーん」 「勝手に追い込んどいてなんなのよう!」 「というわけなの! ここはひとつ駄菓子屋のプロモーション能力で!」  と、持つべきものは駄菓子屋の友達! 「わたしにワイロを配れっていうの? いいけど、わたしにメリットがないならやんない」 「メリット!? メリットは、ええっと……ビュッフェに駄菓子置いてあげる! きっとすごい売上になるよ!」 「乗った!」  というわけで、駄菓子ワイロさくせ~ん!  正門横で、購買部で、屋上で、中庭で、食堂で、体育館で、講堂で、トイレで「アリスロッテをよろしく!」ってモロッコヨーグル配ってたら、フレアが、 「そんなことして恥ずかしくないの!? アリスロッテ!」  ってびしーっとわたしを指差す!  そのうしろには乗箒ほうきライディング部の部員たちが、箒を斜めに構え、右手をグリップ付近、左手を前方の柄に添えて胸の前に置くポートアームズで待機する! ぶっちゃけ、カッコいい! 「見よ、生徒諸君! わたしたちの熱き情熱とフェアネスが試される生徒会長選において、このような不正が許されるだろうか!」  戦隊モノのレッドのような大袈裟なポージングで生徒たちに訴える! そして―― 「可哀想に……こんな駄菓子でキミたちのココロを惑わそうだなんて。わたしが生徒会長になれば、いくらでも自由に食べられるようにできるのにっ!」  モロッコヨーグル受け取ってくれた子に同情して涙をこぼして見せる! 「フレア……ごめんなさい……わたしたち……」 「いいんだ。わかっている。キミたちの崇高な魂はこんなもので買収されたりはしない! 魔女っ子としての誇りが、こんなもので買えるわけがないっ!」  え、ええっと……。 「こ、これはレイチェルが勝手にやってることで、わたし関係ないからっ!」 「なにその秘書が勝手にやりましたみたいな言い訳!」  方針転換! ヴィゴを使ってデモンストレーション!  あ、ヴィゴってのは体長15メートルで重量は80トンのヴォルカニックドラゴン。わたしの相棒で、名前はヴィゴ・モーテンセン。そのヴィゴに乗って魔法学園のグラウンドにどーん! きゃーきゃー沸き立つ魔女っ子たち! さすがはドラゴン使いのアリスロッテ! カッコいい! 「アリスロッテ! 話があるの!」  って、おやおやぁ? 声をかけてきたのは優等生のグレイス・ミスト。別にわたし選挙違反してるわけじゃないし、なあに? やっかみ?  生徒会室。 「選挙戦にドラゴンを使うのやめてくれない?」 「はあ? なんで? 別に禁止されてないし、勝手でしょう?」 「双子原ふたごばるが軍事国家になりつつある。そのアイコンとして、あなたとあなたのドラゴンを利用してる」 「えっ? ちょっと待って。わたし、たしかに双子原ふたごばる出身だけど、軍国化は関係ないし」 「双子原ふたごばる雛菊牧場デイジーランチを制圧して以来、極度の緊張状態に陥ってるのはわかるでしょう? どことどこが戦争になるかもわからないなかで、そんなものを神聖な選挙に持ち込まないで」 「そんなこと言ったって、わたし、双子原ふたごばる側で戦ったわけでもないし、資金援助受けてるわけでもないもん」 「そう? アルーネ・カルティカ公の屋敷には、あなたが、蒼鯨そうげい騎士団で演説したときの銅像が立ってるって聞いたわよ?」  あんのクッソ野郎~! 勝手なことしやがってぇ~っ!  幽鬼エニグマの森から双子原ふたごばるまでおよそ5百キロ! ヴィゴで飛ぶこと3時間! 最高記録! カルティカ公の屋敷に降りるとあった! わたしの銅像! 勝手なもん作りやがって! とりあえず尻尾でぶーん! 「カルティカ公に伝言しといて! わたしあなたたちに協力する気はさらさらないから! むしろわたしのことは敵だと思って! ほらほらどいてどいてーっ!」  と、ヴィゴで屋敷半分蹂躙。ついでに6千度のブレスでぶふぁっ!  双子原ふたごばるから幽鬼エニグマの森までおよそ5百キロ! ヴィゴで飛ぶこと2時間半! すごい! 最高記録更新!  どどどどどどどどどどど! 「グレイスはどこーっ!」 「あら、アリスロッテ。たったいまアルーネ公から発表があったわ」 「アルーネ公が!? なんて!?」 「わが軍に潜んでいた敵の伏兵を処女聖アリスロッテが神竜ヴィゴ・モーテンセンを駆って撃退。屋敷の半分が破壊されたが、これによって騎士団崩壊の危機をまぬがれた。我々は処女聖アリスロッテにより更なる飛躍を約束された」 「なんて勝手な言い草! ちょっとカルティカ公ブッ殺してくる!」 「無駄よ、アリスロッテ」 「だって! ぶっ殺さなきゃわかんなきゃ、殺すしかないでしょうよ!」 「殺してもわかりはしないわ。カルティカ公が死ねば、その家は息子が継ぐし、跡取りがいなくなればラゴールから総督が派遣される。あなたがやりすぎれば、今度はあなたを仮想敵としてあらたな口実が生まれるだけ。力ばかりでアタマを使わないあなたは、常に利用されて終わるわ」  ぐぬぬぬぬ。

※1:メタは、自らの尾を噛んで環となった蛇または龍のシンボルで、太古の神のうちの一柱。始まりも終わりもないことから、永遠、不滅、完全性、死と再生、永劫回帰を表す象徴として、古くから神話や錬金術で使われてきた。魔法を発生させる源泉そのものに作用させる上位魔法はメタ魔法と呼ばれ、世界を創生した神々にもアクセスすることができる。

B 民主主義とは!?
 中庭をとぼとぼ歩いていると、ヴェルデに呼び止められた。 「あのね、アリスロッテ。お願いがあるの」  ああ、はいはい。今度はなに? どうせよくないことでしょ? 「この生徒会長選から、降りてほしいの」  あったり~。  中庭を歩きながらヴェルデと話した。 「この生徒会長選は、学園長が言っていた美少女劇スペクタクルをどう捉えるかという選挙なの」 「あ、うん。てゆーか、そうなの?」 「そうよ。少なくともわたしはそう思ってる。それは、わたしたちが14歳か、24歳かを選ぶ選挙だとも言える」 「そっか。そこに結びつくんだ」 「フレアは、わたしたちは魔女っ子として、14歳の美少女劇スペクタクルを生きるって言ってる。グレイスは、24歳のリアルこそ、わたしたちの姿だって言ってる」 「あー。わかる。言いそう。それでヴェルデ、あなたは?」 「わたしはいまのまま。14歳のスペクタクルと、24歳の現実を両方とも受け入れる……。大人としての汚れや、責任や、現実も持ちながら、みんなのまえでは純真な魔女っ子として振る舞う。それでいいと思うの」 「なるほど。学園長の美少女劇スペクタクルって、そういう話だったんだ」 「うん。わたしはそう受け取った。それでアリスロッテ、あなたは?」 「わたし? わたしは……とくに美少女劇スペクタクルとか関係ないっていうか……」  意味もなく頭上からどんぐりが降ってきて頭に当たる。 「あのね、アリスロッテ。気を悪くしないで聞いてくれる? わたし、こんなこと言いたくないんだけど、生徒会長選って、ただの人気投票じゃないと思うの。こないだみたいに騎士団が襲ってきたら、わたしたち、戦わなきゃいけなくなるかもしれない。そのときに、魔女っ子たちが納得して生徒会長を選んだかどうかは、とても重要になる」 「そうだけど……」  どんぐりまた降ってきた。 「ごめんなさい、わがまま言って。わたしはこの選挙を、争点のある、真面目な選挙にしたいの。もしはっきりとした主張がないなら、降りて。この選挙戦から」 「わかった……考えとく……」  どんぐり3個目。  考えとくとは言ったけど、考えただけで答えは出ず。生徒会長選前日には弁論大会が開かれる。悔しいけど、弁論ではほかの3人に勝てる気がしない。わたしはトイレの浄化槽そばの芸夢王カード部を訪ねた。 「もしもーし。また原稿をお願いしたいんですけどー」 「処女聖来たwwww 硝子牙グラッシーファング殿の出番wwww」 「でも今回はうにもや殿もおられるしwwww たまにはうにもや殿がwwww」  硝子牙グラッシーファングもうにもやもどっちも神絵師って言われるカリスマで、とくに硝子牙グラッシーファングは文章もうまくて、スピーチの原稿とかぜんぶお願いしてる。 「うにもやって、どんな文章書くの?」 「それがしは、こんな感じでwwww」  手渡されたのは『尻出しクマの子かくれんぼ大会』と題された薄い本。内容は……ヤマなし! オチなし! 意味なし! の三拍子揃ったやおい本。ため息。 「競作しましょうかwwww」 「おおwwww いいですのうwwww よく出来た方を読んでもらうwwww」 「それでwwww」  そしてやってきました弁論大会!  ヴェルデからは降りるように言われたけど、決心つかぬまま、ついにこの日!  わたしの手元にはスピーチ原稿が2枚!  1枚は安定の硝子牙グラッシーファング、もう1枚はかなり意味不明なうにもや。いままでの実績を考えれば、硝子牙グラッシーファングなら大好評間違いなし。うにもやは小学生ネタレベル。  まずはフレアからマイクを握る。 「みんな、聞いて! 学園長はわたしたち魔女っ子のことを『見せ物だ』なんて言うけど、わたしはそうは思わない! キラキラした変身シーンの何が悪いの!?  私たちがステッキを振って、派手な爆発が起きて、最後にはハッピーエンドが待っている。その『因果の予定調和プリ・エスタブリッシュト・ハーモニー』こそが、みんなに明日を生きる元気をあげてるんじゃない!  魔法は輝いてナンボだよ! 夢を見せてこその魔女っ子でしょ!  リアリズムなんてクソ食らえよ。私はもっと強くて、もっと可愛い、究極のエンターテインメントとしての魔法を約束する! 私に投票して! この学園を魔女っ子の楽園にしましょう!」  観客から割れんばかりの拍手!  お次はグレイス! 「フレアの言う『元気』の正体……それは、与えられたイメージを受動的に消費しているだけの、虚無の快楽。  私たちが可愛い衣装を着せられ、決まった台詞を吐かされるとき、私たちは自分自身の人生から疎外されている。学園長が言う通り、この学園は巨大なスタジオに過ぎないわ。  魔女っ子の輝きは、わたしたちの思考を停止させるための魔薬。  私の公約は、すべての変身アイテムの『転用デトゥルヌマン』。魔法のクリスタルを割り、そこに映る虚像ではなく、剥き出しになった社会と自分自身を見つめ直す。私と一緒に、この退屈な物語ストーリー漂流デリーヴしましょう!」  用語がちょっと難しいけど、エリート集団からは期待の嘆息が漏れる! あれちゃんと意味のあることしゃべってたんだ。  お次はヴェルデ! 「ええと……フレアのキラキラも素敵だし、グレイスの言ってることも、なんだか凄そうですけど……。  でも、あんまり急に変わると疲れちゃいませんか? 魔法が偽物でも本物でも、放課後にみんなで食べるケーキがおいしければ、それでいいと思うんです。  私は、この村の『背景の恩寵バックグラウンド・グレイス』をそっと守りたいだけ。いままで通り、14歳のわたしたちと、24歳のわたしたちを行き来する。そこでしか見えてこないものだって、あるはずなんです!  大きな改革も、過激な批判もしません。今まで通り、のんびりした日常が続くように……。予定調和って、意外と心地いいものですよ?」  こちらも「いまのままでいい」という言葉が安心感を与えるのか、聴衆から憬れのため息が漏れる。  いよいよわたし……。  安定の硝子牙グラッシーファングか……、いや……ここはヴェルデが言うように、身を引くべきか……。だったらうにもやの原稿でも……。 「どうしたの? あなたの番よ」  ヴェルデが小声で促す。 「うん。なんか、意地はってごめん。決心できないまま、ここまで来たけど……会長選はみんなに譲るね」  わたしが選んだ原稿! それはうにもやのバカ原稿! 「みんなーっ! こーん、にーち、わーっ!」  この演説で、わたしはわたしの思いに区切りをつける! 「あれあれ~? 聞こえないぞ~?  いつもの元気はどこに行っちゃったのかなぁ。  よーっし! みんなを元気づけるために、アリスロッテ歌っちゃう!」 「なんなのそのスピーチ……真面目にやる気はないの?」 「違うわ。アリスロッテはこの選挙戦から降りてくれるのよ。選挙って、意地を張るためにやるものじゃない。それをわかってくれたのよ」 「なるほどね。あいつなりの気遣いなんだな」 「じゃっじゃーん! じゃっじゃーん! じゃっじゃーん!  ちゅるりらちゅるりらちゅるりらちゅるりら!」 「…………」 「めざましとめたら♪ ふとんをとびだし♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  パンをくわえて♪ せーふくきながら♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  ばーんちょー せーんせー ごめんあそばせ まほうでぴゅん!  ぷるぷる マジカル デトゥルヌマン!  デリーヴ しちゃうぞ きゅるるんるん♪  きのーのなやみは ラメのかなたへ かんがえないのよ へいへいぼーい  へい!  ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ  そらとぶホウキに♪ リボンむすんで♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)」 「2番もあるの!?」 「スティックふりふり♪ プリティショットで♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  しーんゆー らーいばーる じゃましないでね まほうでぴゅん!  ぷるぷる マジカル デトゥルヌマン!  デリーヴ しちゃうぞ きゅるるんるん♪  オトメのヒミツは かみひこーきで そらにとばすの へいへいがーる  へい!  ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ」 「まだ終わらないの!?」 「きょーかしょやぶいて♪ ノートすてたら♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)」 「3番来たぁ! フルコーラス~!」 「はやべんたべたら♪ じゅぎょーはおひるね♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  うーさぎー にわとりー おさきにしつれい まほうでぴゅん!  ぷるぷる マジカル デトゥルヌマン!  デリーヴ しちゃうぞ きゅるるんるん♪  しんどいときには がっこさぼって げんきひゃくばい へいへいゆう  へい!」  会場は割れんばかりの大喝采!  ひゅーひゅー! 最高かーい、みんなーっ!  ジース イーズ アリスローッテ! センキュー・エブリバッディ! イエ~~~~~~~ッ! 「ご、ごめんねヴェルデ! うにもやの原稿であんなに盛り上がるなんて思ってなかったからっ!」 「ううん、いいの。わたしたちのどんな訴えより、あなたの歌が勝ったってことでしょう?」 「でも、こんなもの民主主義とは言えない!」 「そうかしら? 民主主義は賢い者たちだけで決めるものでもないわ。ただ歌いたい、踊りたいって子だって同じ1票を持ってるのよ?」 「だけどこの先、魔女っ子として命を賭けて戦わなきゃいけないときが来るかも知れないでしょう!? そのときにどうするの!? 民主主義って、自分がどうするかを決めるのよ!? 人気投票で終わらせる場じゃないわ!」 「言いたいことはわかるけど、生徒会長はもう決まったようなものよ」 「わ、わたし、辞退しましょうか……? さっきまでそのつもりだったし……」 「それは生徒たちが許さないわ。わたしも辞退なんて認めない……」 「カニッ!」 「そう、カニも……」 「カニ?」  ふと足元を見ると、ヤシガニ! 「この子……」 「スーサの塔の騎士団との戦いでいっしょに戦ってくれたヤシガニだよね!?」 「カニィッ!」 「あのときはありがとう! 騎士団を追い払えたのは、あなたがいたおかげよ!」 「たしか、魔女っ子よりヤシガニのほうが多かった気がするけど、他の子たちは……?」 「カニッ!」  と、ヤシガニが指さしたほうを見ると、大地を埋め尽くすヤシガニの大群が! 「この子たちもベルカミーナの教え子だったはずよ!」 「ベルカミーナはなんのつもりでヤシガニを教え子にしたの?」 (しーっ、それここで言っちゃダメ!) (も、もしかして、た、食べるため……?) 「カニィ?」 「あっ! なんでもないのっ! みんなわたしたちのクラスメイトだから、入学の手続きしなきゃねって相談してたの!」 「いいこと考えた!」ってフレア。 「だいたい想像つくけど、念のため言ってみて」 「この子たちにも投票権あるから、わたしたち3人のなかから投票してもらうのどう?」 「ヤシガニって3百匹くらいいるんだっけ?」 「魔女っ子は百人だから、みんなでひとりに投票してもらったら、そのひとに決まるよ」 「それって民主主義なの?」 「そうなんじゃない? 投票はするし、ワイロ使うわけでもないし、お願いするだけじゃん?」 「うーん。民主主義ってなに?」  そして投票日!  結果は!  アリスロッテ・ビサーチェ 98票!  フレア・ヴァーミリア  301票!  棄権           2票!  カニたちの投票先は、わたしたちが話し合って決めた。生徒会長はやっぱ、元気ハツラツなイメージがいいよねってことで、フレアに。副会長はフレアが任命して、グレイスと、ヴェルデ。 「わたしは?」 「盛り上げ係」 「やったぁ! 盛り上げ係だぁ!」  こんこんこん!  ノックの音。 「だれだろう」  こんこんこん! こんこんこん! 「キツツキさんかな?」  こんこんこんこんこんこんこんこーんここんこんこんこんこーんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこーんこーんここんこんこんここんこんこんこんこーんこんこんこんこんこんこんかんきんこんかんきんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこんこん! 「また新聞部かぁっ!」 「たったいま、魔法院のベルカミーナ・ミラン逝去のニュースが届きましたが、なにかコメントをっ!」 「えっ……まって……先生が……」  ベルカミーナ……最重要人物じゃないっけ……? 死ぬの……?

第4話 零度のエクリチュール

二〇二六年 二月 二十四日
アメリカ軍制服組トップのケイン統合参謀本部議長はトランプ大統領に対し、イランへの軍事作戦は長期の紛争に巻き込まれる重大なリスクを伴うと助言。トランプはこの報道を否定、攻撃は自らが決断すると主張した。
A 死せる魔女
 ベルカミーナの訃報を受けて、わたしと生徒会の3人はフルト・グレイド魔法院へと向かった。デルクモで馬車を借りて、カムドの形だけの検問を越え、テルル精王国の市街地を抜けて、魔法院正門。上空には暗雲が浮かんでいる。 「あれ、ゴルジ体って言われてるんだけど、どういう意味?」 「ゴルジ体ってのは、人間の細胞の中にある小器官。薄膜が入り組んだ形をしてて、タンパク質の生成や運搬を担ってるって言われてる」 「それがなんで魔法院上空にあるの?」  馬車は軽快な足取りのまま、ゴルジ体の下へ。 「さあね。ギー学園長の言葉を信じるなら、世界の細胞分裂へと向けて、新しい細胞質を作り出してるんでしょうね」  あらためてその、ゴルジ体を見上げる。 「グレイス、細胞って見たことあるの?」 「見たことあるって、人間の身体はすべて細胞でできてるのよ? 毎日目にしてるわ」 「でも、ゴルジ体とか細胞質とか見たわけじゃないじゃん。なんでそんな、見てきたように言えるのよう」  遠くから暗雲に見えたものは、折り重なる薄膜の襞。その襞の周辺に薄い雲の塊のようなものが生成され、それが空に溶け出している。これがこの世界の細胞質を作り出してるという言葉に、一定の説得力を感じる。 「図書室に図解してる本があったよ。こんど一緒に見よっか」 「知ってるけど」 「卵子に精子がくっつくと分裂を始めるんだよ♡」 「それが男のキンキンと女のランランで作られてるって話でしょう? それも男女の性交を描きたいだけの神の計画ごつごうしゅぎだよねー」 「しょうがないよ。神様はわたしたちのセのつくアレを描きたくてしょうがないんだから」  まったく、神様ってヤツは。 「魔女っ子のマスターたるベルカミーナが死んだってのに、なんでこんな話してんだろう」  つい、ぼやく。 「あのひとは生命探求官サーチャー・オブ・ライフで、自分の卵子を使っていろんな実験してたひとよ。わたしたちがこうして話すことが弔いになるわ」  自分の卵子。これもね。最初に聞いたときはどれほどの嫌悪を感じたかわからない。だけどそれもあのビジュアルと、魔法使いたちから虐げられた立ち位置、それと目前に迫る滅亡とで麻痺していった。 「……だれに殺されたんだろう」  つい、漏らす。 「想像の翼羽ばたきすぎ」 「心不全って聞いたわ。アリスロッテは考えすぎよ。あのひとを殺せるような魔法使いって、数人に絞られるじゃない」 「カルガモット卿とか」 「あーあ、言っちゃった」  北の緩衝地帯にガンフ・オルアの騎馬隊が侵入したとの情報で、デルクモでは混乱が続いている。テルルは包領国でガンフとは国境を接してはいないけど、実質的にラゴールとガンフの間に位置する。ガンフが攻めてくるにしても、デルクモ周辺から入ることはまずないと言われてきたけど、このところはおかまいなし。魔法院と騎士団の不和を狙った挑発とも言われている。今日は4人ともウィッチ☆ブラックのドレスを着て、それでもフレアは元気そうだし、グレイスは優等生だし、ヴェルデはおっとりしている。わたし? わたしは周囲の景色に目を奪われて、野を走るウサギなんか探してる。  葬儀はとっくに終わっていて、静謐な聖堂の中央、ベルカミーナの遺体は花で満たされた棺に静かに横たえられていた。黒いゴスロリがトレードマークだったけど、花は色彩豊かで、それはまるでわたしたち魔女っ子がまとう色とりどりのドレスのようでもある。ヴェルデは静かに蘇生の魔法を唱えて、しばらく自分の生命力を注いでいたけど、やがて咳き込んでしゃがみ込み、泣き崩れた。そこに――  なにもない空中に、黒いゴシックのパラソルが開いて、くるくると回り始める。  3段にパープルのフリルが入ったベルカミーナのパラソル。グレイスが息を飲む。フレアも、そしてヴェルデも顔を上げる。うっすらと影が深まり、シルクの黒い手袋が見える。その人影がパラソルを回しながら下げると、くるくるの黒い巻き毛にウサギの耳。黒いフレアスカート。  ベルカミーナ!?  違う、デネア姉さまだ! 「どうして? デネア様が?」  フレアの口に漏れる。 「今日はアタシの遺体に会いに来てくれてありがとう♡ あなたたちに会えてうれしいわ♡」 「どういうことですか……?」  グレイス戸惑う。わたしも大混乱。 「ごめんなさい♡ ナイショにして♡ デネアはわたしのエンタングルだったの♪」 「エンタングルって?」 「予備のカラダ♡」 「ちょ、ちょっと待って! それじゃああなたがベルカミーナってこと? デネア姉さまの身体を乗っ取ったの!?」 「あーらアリスロッテ、せんせーのこと呼び捨てにするなんて、ヒドイんじゃない? マスター♡ とか、プロフェッサー♡ とか、ユア・マジェスティ♡ とか、いろいろあるじゃな~い♡」 「デネア姉さまはどうなったの!?」 「デネアだったら問題ないわ。あの子、クジラとエンタングルしてるもの。クジラのココロのなかでお昼寝でもしてるんじゃなぁい?」  何言ってんのかちょっとわかんない。 「でも、デネア姉さまの身体は……」  わたしの戸惑いながらの問いに、フレアが割り込む。 「待って。あなたが本当にベルカミーナ生命探求官サーチャー・オブ・ライフだって証拠は?」  続いて、グレイス。 「デネア様が探求官サーチャーを殺害して、その名を語ってる可能性だってある」  ヴェルデも。 「長老会は知ってるんですか?」 「まあまあ、ここじゃあなんだし、場所を変えない?」  ベルカミーナはパラソルを肩に担いでくるくると回す。 「どうして? ほかのひとに聞かれると都合が悪い? ここで話せばいいでしょう?」  グレイスの顔が険しくなる。だけど―― 「でも、ざーんねん♪ もう場所を変えちゃったのよーう♪」  ベルカミーナはお構いなし。「えいっ♡」とパラソルを閉じると、周囲の景色が割れて崩れ落ち、わたしたちは広い公園のなかのベンチにいた。ベルカミーナはマドロスポーズで、 「さあさあ、座んねえ、魔女っ子衆よぉ♡」  なんて言って着席を促す。  混乱継続中。デネア姉さまは魔法は使えないはず。ぜんぶスティックやドレスに仕込まれた魔力を解放してただけ。でもいまのは違う。 「マイ・マスター。このことは長老会は知ってるんですか?」  グレイスもいろいろ察したのか、マスターって呼び始めた。 「知らせてないわぁ♪ ま、隠すつもりもないしぃ、どーでもいいかな♡ あはっ♡」 「死因は? 他殺? それとも自殺?」 「死んでないわよう♪ こうして生きてるじゃなぁい♪」 「でも、本体は死んでたよね?」 「生命活動は停止してるわね♪」  死んでるって認めない!? 「それ、死んでるって言わない?」 「それよりも、どうしてこんなことに?」 「こないだの騎士団との戦争のことで、双子がうるさいのよう♪ でも、死んじゃえばもう文句は言えないでしょう?」  認めてるじゃん。 「双子? ……というのは?」 「長老テレンパレンの付き人、ウンズ=リィ、メンズ=リィ。一卵性双生児の男女の双子。遺伝子的にはありえないはずなんだけど、XでもYでもない謎の遺伝子を持ってて、ガキのくせに凄まじい魔法を使う」 「それって人間なの?」 「その問いをほかのひとにもしたことはある?」 「えっ?」 「あなたは人間? 答えられる? 人間の姿をして、人間として暮らして、まわりが人間と認めていたら、それは人間なのよ」 「賢くなったわね。ウィッチ☆サファイア♪」 「ありがとうございます」 「と、ゆーことで、みんなたちー♪ あらためて聞くけどぉー♪ アタシの悲願を覚えてるぅー?」 「悲願って……魔法使いウィザードを滅ぼして、魔女ウィッチの世界を作る……?」 「そ♪ そしてそこに現れるのが、零度のエクリチュール♡」  あ、また新概念来た。ほっとくといくらでも増える。 「どういう意味?」 「マリウスが言ってたでしょう? 魔女ウィッチは消えていない。ただ、名前を失っただけだって」 「更にわかんなくなった」 「かつて、魔法使いウィザードという概念がありましたあ。これは英雄に知恵を与え、王国を救い、多くの障害を取り除きました♡ そこにあった熱が千度♪  そしてもうひとつ、魔女ウィッチという概念がありましたあ。魔女は森にこもって、淫魔と契約して、疫病をもたらし、英雄を誘惑して堕落させました♡ そこにあった熱がマイナス千度♪  その差は2千度。  だけどそれも古い話。『魔女は伝承にあるような悪者じゃない』ってみんな気づいて、『魔女も魔法使いも、みんな魔法使いになれるようにしよう』って言って、魔法学校を作りました♪  さて、温度は零度になったでしょーか?」  この意味不明な質問……。本物のベルカミーナだわ……。 「わかんないけど、それに近付いたんじゃないかなあ」 「じゃあ、なんでアタシたちは魔女っ子をやってるの?」 「いまなんか、飛躍しなかった? それはええっと、好きでやってるんじゃない?」 「へ~♪ そうなんだ♪ それじゃあ、男の子はなんでおっぱいが好きかわかる?」  また飛躍! 「急におっぱいですか。それは、スケベだからです」 「はっずれー♪ おっぱいなんて、乳児に授乳するための器官でしょう? これがエロいの? エロいって思ったことある? パンツだってそうでしょう? エロい? 脱ごうか? ここに置いてもいいよ?」  と、閉じたパラソルでテーブルを指す。 「勘弁してください」 「それがエロいとしたら、その理由は♪」 「変態だから?」 「答えはぁ、男の子がおっぱい見たいのは、おっぱい見るのが通過儀礼になってるからでぇーす♪」  通過儀礼? 「おっぱい見ておっぱい揉んで一人前になれる♪」 「男ってそうなの?」  いや、違うでしょ。 「――おまえもついに女を征服したな。今日から一人前だ――と、聖Xせいクロスと社会承認が混同されたままタブー化さて、それがエロになる♪」 「それと魔女っ子とどんな関係が?」 「男の子はスケベだからおっぱい見たい。はたしてこれは、零度でしょーか♡ それとも温度があると言えるでしょーか♡」  設問の意味がわからない。 「正解わぁ? もっこり温かい温度でぇーす♪」  さいですか。 「女の子が魔女っ子になるのは、それしか与えられてないからよ♪ 星飛雄馬にも孫悟空にもなれないけど、サリーちゃんにはなれるわ♪」  だれそれ。 「なんで男の子は魔法使いになりたいって言わないの? 男の子はおっぱいを揉みたいからよ。魔法なんか使わなくてもおっぱい揉めるし。すべての夢がおっぱいの向こうにある。デューク東郷も島耕作もおっぱい揉んでから仕事に行くけど、おっぱい揉まれて仕事にいく魔女っ子なんていなぁい♡」  どんどん置いていかれる。 「魔女っ子はおっぱい♪」  反撃のすきがない。 「それ自身が温度を持つおっぱいって器官を持ちながら、どうすれば零度のポジションに立てると思う? そして、それが零度になったとき、そこには何が残っていると思う?」 「でもそれ、零度にしたいってのが間違いってことではないの?」 「おじいちゃん先生もそう言ったわ。繁殖を余儀なくされた世界で、すべての欲望を捨て去ることは死を意味する、って。でもそれって、古ぅーいパラダイムだと思う♪ 異端の神アルベールが、異邦人を描く前の!」 「おじいちゃん先生ってカルガモ?」 「そ♪ この世界は、魔女が火あぶりにされた世界と、零度のエクリチュールの中間地点。はたしていまいるここが、熱すぎるのか寒すぎるのかもわからない。月のお人形が言ってたでしょう?『わからない』って。わからないのよ。お人形の言う通り。魔女っ子はもう火あぶりにされたりはしないし、なんなら悪党を火あぶりにしてる。官能的なエロスはもう形だけになり、記号化、去勢されて、『魔女っ子の本質がおっぱいだ』って言葉もだれにも通じない。この世界のなかで、おっぱいは零度なのよ。でも本当にそう? 魔女っ子という究極にミニマイズされたアイコンに、もし温度があれば、宇宙は真空崩壊を起こす。その先にはもう宇宙が存在しうるのかどうかすらわからない」 「それが、零度のエクリチュールってこと……?」 「そ♪ 究極的にはそこにいくのよ♪」 「おっぱいを捨て去って、宇宙を崩壊させる?」 「逆よ♡ おっぱいで崩壊させるの♡ この宇宙を♡」  ベルカミーナがくるくるとパラソルを回して、ぽんと開くと、途端ベルカミーナの姿は消えて、わたしたちは元いた聖堂に佇んでいた。 「いまのは……?」 「幻覚?」  わたしたちの声が静かな聖堂に反響する。 「幻覚じゃないわ」  答えたのは棺のなかに横たわるベルカミーナだった。 「ひぃっ!」と、飛び退いたのはフレア。 「い、生きてたんですか?」 「生きてないわよぉ。死んでるじゃなぁい♪」  まるで目と口だけ生きているように、寝たままで喋る。 「で、でも、喋ってますよね?」 「死んだら喋っちゃいけないのぉ?」  非常識なひとだとは思ったけど、さすがに度を超えてる。 「このまま火葬したらどうなるの?」 「ん~♪ わかんなぁい♪ ちょっとやってみてぇ♪」 (どうする?) (と、とりあえず、帰ろうか) 「蓋閉めていいですか?」 「ん♪ わかった♪ また会いに来てね♪」  またって。火葬されるとしたら、どこに会いに行けばいいの?
B 魔女っ子、初営業!
 聖堂を出ると、ゴルジ体が淀む空に大きな帆船が浮かんでいた。 「あれは?」 「ガンフ・オルアの飛行船じゃないかな。なんどか見たことあるよ」 「あんなものが空飛ぶんだ……」 「ガンフは、魔法とはちょっと違ったナゾ技術持ってるから」  4人でぽかーんと、ガンフの飛行船を見上げた。 「お上りさんみたい」 「みたいじゃないよ。お上りさんだよ」  馬がぱからんぱからん。ひひーん。 「そのト書きどうなの」 「ト書きを読めるスペシャル能力もどうなのよ」 「ウィッチリア魔女っ子部長国連邦村学園の方ですね!?」  って、馬上のひとから尋ねられる。 「そうだけど、邪魔でした?」 「いいえ、指導官コンシストリー殿が探しておられました。もしよろしければご同行いただけたらと」  指導官コンシストリーってのはシシリールーのこと。なんどか会ったことあるけど、屍術師ってゆーか、屍体をいじくる系の魔法使い。くるくるの黒髪で背が高くて、ビスチェにコルセットとセクシーなボンデージ系。性別不明だけど、性的指向は→男性っぽい。 「ええっと……ひどい目に遭うのでなければ」 「用件は聞いておりません。ひどい目に遭うかどうかまで保証できませんが、大至急とのことでした」 「行きたくないって言ったら?」 「ひどい目に遭うと思います」  魔法院の東門から螺旋階段上って、3階イーストウイング奥の貴賓室へ~! きゃ~! 外から見たら黒尽くめで不気味な魔法院にこんなステキな部屋が~! って感じのキラキラのお部屋のテーブル席にいかめしいローブ纏ったジジィババァが詰まってた。 「アリスロッテ、あんたのそれ、マインドリードですべて読まれてるからね?」  尻の穴ちっせぇなぁ魔法院の先生ってやつぁ!  わたしたちも魔法院のガウンなんか被せられて、お部屋の隅に。居並ぶ魔道士のなかに、明らかに装いの違うミドルガイがひとりと、妖精と思しき煌めく小さな生き物とが混じっていた。 「ひさしぶりだな、アリスロッテ。嫐城うわなりじょうでお沈穂太夫ちんぽだゆうと遊んだとき以来だ」  って、シシリールー! 「言語化しないで。だいたいわたし、呆気にとられてただけで――」 「細かいことはいい。用件だけ話そう」  喋らせてよう! 魔法使いみんなそう! 変なこと言うから、フレアたちが変な目で見てるじゃん。 「ここにいるハーディ・ガーディ殿をルハーマイのサンターンまで護衛して欲しい」  って、いきなりなにそれ! こーゆーときって、まずは世間話じゃないの? お天気の話とか、どこ出身ですかーとか、芋煮は牛ですか豚ですかーとか、魔女っ子はどこから見てますかーとか。いいけどさあ。紹介されたのは、グレーの髪と清潔なヒゲの端正なオジサマ。てか、それよりも。 「サンターン・イズ・どこ?」 「南のデス・アイルにあるモックスの集落だ。ここからはキア領を抜けてチミノーから船でルハーマイを目指すことになる」 「それを、なんでわたしらが?」 「報酬は払う。金貨千枚でどうだ?」 (金貨千枚? それって円換算でいくら?)わたし。 (金貨1枚が1万円だから、1千万)グレイス。 「い、いっせんまんっ!?」 (声が大きい!)グレイス。 「どうだ? 受けてくれるか?」 「も、もちろんですっ!」 「まって、アリスロッテ。依頼の内容も、護衛する相手の身元も聞いてない」  グレイスがインターラプト。 「おまえがグレイス・ミストか。ベルカミーナから聞いた。優等生だそうだな」 「ありがとうございます。こちらの要旨はもうご理解のことと思います。ご説明を」  こーゆーときのグレイス、なにげにコワイ。 「わかった。すべて話そう。まずは、こちらのハーディ・ガーディ殿だが、ガンフ・オルアの宮廷音楽家だ。音楽家と言っても、こちらのニュアンスとは少し違う。知ってるかもしれんが、ガンフの飛行船は音で浮かせている。その技術者ということになる」  知らなかった……。 「ガンフ・オルア教皇国宮廷楽長カペル・マイスターハーディ・ガーディです。よろしくお願いします」 「あ、いえ、こちらこそ」 (自己紹介っ!)って、ヴェルデにつつかれる。 「あ、ええっと、ウィッチリア魔女っ子部長国連邦村学園盛り上げ係、アリスロッテ・ビサーチェです……」 (この肩書変えていい?)って、フレアに。 (あとで!) 「そして、隣が妖精のフールエ殿。ハーディ殿の助手ということでよろしいのかな?」  シシリールーの紹介が続く。 「ええ、かまいません。フールエ……」と、隣の妖精に自己紹介を促すナイスガイ。 「フールエです。よろしくね」 「アリスロッテですー。よろしくですー」 「旅の目的は、サンターン、すなわち第6モックスサイトの魔術師ベテルギウスに会い、魔導書コデックス・オブ・ライフにかけられた封印を解いてもらうことだ」 「コデックス・オブ・ライフって!」 「そう。おまえがオッカネ山で賞金稼ぎとともに盗み出した魔導書だ。その後ガンフ・オルアに渡っていたが、モックスのまじない師によって強力な封印が施されていたことがわかった」 「それって、わたしがその本預かって、ヴィゴで飛んでって封印解いてもらってきちゃダメなの?」 「おまえ、自分がそこまで信用されてると思ってるのか?」 「それ、もうちょっとミルクと砂糖入れて飲みやすくして欲しい」 「とにかくだ。ラゴールの領空をガンフの船で飛ぶわけにもいかん。移動は馬車になる。山道で時間はかかると思うが、馬を替えるだけの経費も計上する」 「でも、なんでわたしたちに? デク人形にまかせればいいじゃん」 「デク人形とは僕のことですか?」  うわぁ! マリウスいたぁ! 魔法院のローブ着て後ろ姿だし気づかなかったぁ! 「マリウスも同行させる。だがあくまでも馭者コーチマンだ。途中で賊に襲われても、一切戦闘はしない」 「なんで?」 「魔法院がガンフ・オルアの要人を守ったら政治問題になるからよ」と、割り込んでグレイス。 「そのとおり。戦闘はおまえたちの仕事だ。ただし、襲ってきたのがもし魔法院の年寄りのジジィだったりした場合には、マリウスが相手をする」 「カルガモ卿?」 「あえて名前を出さなかったんだが?」 「あ、そうか。ごめん。年寄りのジジィね。ちなみに年寄りじゃないジジィっているの? OK、答えは求めてないわ。そんなことより、シシリールーは行かないんだ」 「ああ。政治的配慮がある。代わりにブラッド・アップルを同行させる」 「ブラッドアップルって、金切り声のゾンビメイド!?」 「あいよう! ブラッド・アップル準備万端だわよう!」  って、机の下からでてきたぁ! 「なんでそんなとこに入ってんのよう!」  だいたい、ここに集まってるの魔法院の重鎮じゃないの!? 首と両手両足に継ぎ目があるゾンビメイドが机の下に潜んでてもリアクションなしなの!? 日常茶飯事!? 「なんでだって!? このブラッド・アップルになんでと来たか!? 困りましたよ、さあ困りましたねぇ、ブラッド・アップル! なんで? なんでときた! なんと愚かな質問だろう! いやいや、ここはヒントを頂こう! まずは第一のヒントだ!」 「会話成立しないから話したくない!」 「おおっとっとぉ! そのとおりでいっ! 今日のアリスロッテは賢いアリスロッテだね! どこから連れてきたんだい? ずいぶん探すのに苦労しただろう? アタイもちょうど2~3人迷子になっていたとこだわさあ!」 「ああもう! なんでこんなのまでついてくるの!?」 「おまえたちが死んだときに、使えるパーツを持ち帰ってもらうためだ」 「ひとのココロはないのっ!?」  さっそく馬車へ!  宮廷楽長カペル・マイスター様が乗る馬車だから、すんごい馬車を想像してたのに、普通の幌馬車……。 「お尻痛くなりそう」 「旧国境の山脈をつっきるのよ? 高級な馬車なんかに乗ってたら身ぐるみ剥がされちゃうわ」って、グレイス。弱腰。 「そのためのわたしたちじゃないの? 悪党が襲ってきたら魔女っ子に変身して一網打尽で人気も急上昇!」 「そうだね! そのためにはカッコいいポージングとか決めておかないと!」って、フレア。バカ代表。 「ええ~っ、それ馬車のなかで決めるのぉ~? これからぁ?」って、ヴェルデ。優柔不断。 「たはっ!」わたし。ただの不規則発言。 「カッコいいポージング……。それって探求官サーチャーが言ってた『零度』なのかしら?」改めてグレイス。 「零度関係ある?」 「零度ってのは、冷静・中立だと思うの。偶像アイドルになるのは、少しばかり温度が高すぎる気がするわ」 「だって、悪を倒すんだよ!? 熱くならなくてどうするのよ。わたしはマスターがどうあれ、熱くいっくよ~!」  と、そこに。 「歓談中すまないが――」  と、割って入ってくるハーディ・ガーディ。 「――まずは礼を言っておきたい」 「れ、礼だなんてとんでもない!」 「お金もらえてホクホクなんです!」 「正直すぎるやろそれ」 「ルートには、ラハガキセの戦いの残党が残っていると聞くが、遠回りして時間をかけたくもない。大変だとは思うが、よろしく頼むよ」 「ご心配なく! まっかせてください!」 「魔女っ子モードでガッチリ護衛します!」 「ありがとう、頼もしいよ。では、馬車で待つ」  見た目は紳士だけど――。 「あれ、たぶんラスボスだよね」 「わたしもそう思う」 「しーっ! 聞こえるよ! もう!」  で、そろそろ出発したいんだけど、馭者コーチマンのマリウスは少し離れたところにじっと腰掛けてる。 「ねえ、マリウス」  呼びかけると、いちおうこっち向く。 「あのさあ。挨拶とかはしないの?」 「挨拶ですか? 意義が見いだせません」  これだ。 「馭者コーチマンって10回言ってみて」 「コーチマンコーチマンコーチマンコーチマンコーチマンコーチマンコーチマンコーチマンコーチマンコーチマン」  スカート捲って指差す。 「これは?」  ボカッ!  後ろからグレイスに殴られた。 「マン――」  ボカッ!  マリウスも殴られた。 「それじゃあ、変身タイム、いきますかぁ!」 「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」  まずはフレアからぁっ!   「ルビー・プリズムー! セーット! アーップ!」  ペンダントからプリズムスティックを取り出すとテーマソングとともに変身バンク!  スティックで宙を叩くと、周囲の景色がパリンと割れて、無数の鏡の破片が舞う「ミラー次元」突入! 可愛くウインク♡ スティックの万華鏡を覗くと、瞳の中に虹色の幾何学模様が映り込み、色彩が溢れだす! 「回れ! 運命のプリズム!」  勢いよくスティックのリングが回ると、カシャカシャカシャッと背景の模様が変化して、その模様が光のドレスとなって流れ込む!  ブーツがしゅいんっ! スカートがふわっ! グローブがしゅいんしゅいん! きらきらが集まってパススリーブ! 胸元のリボンが風になびいて、真っ赤な髪がふぁさーっ! ヘッドドレスがきらきらきら~ん!  鏡で分割された背景に、赤いハートがピタリと揃って、クルクルと落ちてくるスティックをキャッチ! 「燃える勇気は、太陽の輝き! 笑顔を照らす情熱の炎! ウィッチ☆ルビー、ここに参上!」   「サファイア・プリズムー! セーット! アーップ!」  スティックで宙を叩いて、回れ! 運命のプリズム!  ブーツがしゅいんっ! スカートがふわっ! グローブがしゅいんしゅいん! 「気高い希望は、星空の瞬き! ストップ! 地球温暖化! ウィッチ☆サファイア! お相手するわ!」   「エメラルド・プリズムー! セーット! アーップ!」  回れ! 運命のプリズム!  ブーツがしゅいんっ! スカートがふわっ! グローブがしゅいんしゅいん! 「清らかな知性は、大地の囁き。明日を育む安らぎの風。ウィッチ☆エメラルド、準備は整いました!」   「さ、行こ行こ」 「まって! わたしがまだ変身してない!」 「ラジカセ回収するね♪」 「持っていかないで!」 「はやくしないと遅れるよ!」 「あーもう! ちゃっちゃらー、ちゃらりらー、ふっふっふーん、といやっ!」  ポーズ決めっ! 「孤独を愛する神秘の瞳。闇のなかから、あなたを見つめる。ウィッチ☆ブラック、さあ、わたしのターン……」  がらがらがら……  って、馬車出してんじゃないわよ! 「まってよーう!」

第5話 皆殺しのドミノ

二〇二六年 二月 二十六日
ジュネーブで高級レベル協議。米国のウィトコフ中東特使やジャレッド・クシュナー氏、イランのアラグチ外相らが参加し、一時は「重要な進展があった」と報じられた。
A 街道の襲撃者
 ランタンの火が踊り、影が揺れる。わだちが寄せる振動は、馭者の未熟ゆえか、それともこの街道の舗装を怠る領主の怠慢の証か。  わたしは吐き気を催す泥の臭いと、何百の人間の汗を吸った革の座席が吐く湿度の中で、自身の膝が震えているのを自覚していた。それは恐怖ではない。自らの血の巡りが、この不条理な装置の震動と、不器用に同期してしまっていることへの嫌悪だった。 「……動いている。わたしを置き去りにして、状況だけが倒れ始めてる」  車窓の外、流れる景色はのどかな農村のそれだったが、わたしの眼はその奥に潜む「不純」を射抜いていた。 「重力……いや、この土地のごうというべきか。人はなぜ、自らの足で立つことを忘れ、こうも安易に『連鎖』という名の坂道を転がりたがるのか」  その時だ。  唐突に、馬車の前輪が悲鳴を上げた。  衝撃。  視界は、天と地を逆転させる。  弩御皇ドミノ。  その単語が脳裏をかすめた瞬間、馭者の絶叫よりも早く、街道沿いの古びた監視塔が、まるで見えない巨人の指に弾かれたかのように、不自然な角度でこちら側へ「折れて」きた。  倒れる。  構造物が意志を持ち、前のめりに、無慈悲に。  わたしは、逆さまになった視界の中で、自らの肺が酸素を拒絶するのを感じた。 「来るか。わたしを、ただの『駒』に仕立て上げようとする力が……!」  泥を噛む衝撃。  意識が遠のく境界で見たのは、崩落する塔の破片が、隣の民家を、さらにその先の納屋を、幾何学的な残酷さで叩き潰していく光景。それは、世界が最も安易な方法で終わりを選んだ、始まりの合図であった。  ――さぁて、ここからが地獄の正念場ぁ!  馬車が倒れれば、車輪は空を回る。車輪が回れば、積み荷の樽は弾け、中身のぶどう酒が泥に混じって不浄の川を作る。 「見ろ! 建物が……建物が意思を持っているように倒れてくる!」  叫んだのは、泥を噛んだ馭者の男であった。男が恐怖にまなこを見開いたその先、街道沿いの監視塔が、まるで見えない巨人の手で弾かれたかの如く、一分の隙もなくこちら側へとコウベを垂れるぅ! 「ドミノォォォォォォォォォッ!」  口から漏れるは、祈りでもなければ呪いでもない。ただ、この宇宙を支配する冷徹な法則を認めざるを得ない、諦念ていねんの吐息だっ。塔が倒れれば、風圧が民家を叩く。民家が潰れれば、そのはりが隣の納屋を突き破るぅ! 連鎖、それこそが、この大地に刻みつけた、逃れようのない「死の幾何学」!  パパン! 「やめろ……僕に、僕に世界を壊させるなッ!」  その絶叫は、崩落する石材の轟音がかき消す。救おうと足掻あがけば足掻くほど、惨劇の連鎖は加速度を増していくぅぅぅぅぅっ! 「なにそれ」 「ドミノ将軍が書いた自伝的小説、『泥のこま』の第一章」 「ドミノ将軍って?」 「知らないの? 皆殺しのドミノ。ラハガキセの戦でこの土地の兵を率いてた将軍」 「途中で文体変わったんだけど」 「ドミノ将軍は、文学賞クラスの作家の影響を強く受けながらも、筆が乗ってくると講談師か活動弁士のような地が出てしまうのよ」 「その評って、悪意こもってない?」  どんっ! 衝撃音がして馬車がゆらゆら。 「あんたのト書きもどうなのよ」 「時短」 「いったい何があったの?」って、グレイス。 「ひとが倒れていたので、踏んで通過しました」って、マリウス。 「はあ?」 「追い剥ぎです。マインドリードもかけたので間違いありません」  後ろを見るとたしかにだれか倒れてる。 「あれが道に倒れてたから、避けもせずに踏んでそのままスルーしたってこと?」 「向こうは避けようとして立ち上がりましたが、間に合わずに接触しました」  馭者マリウス・クライス、平常心。 「しーたーいーをーはーっけーん しーたーだーわーよーう!」  ゾンビメイドのブラッド・アップルが飛び出していく。 「あっ!」 「あれは、なんなの?」って、フレア。 「あれって、ゾンビメイドのこと? だったらシシリールーの助手。屍体を集めたり、オペの手伝いやったりしてる」  見てると、倒れてたひと……たぶん女の人だけど、起き上がって、ブラッドアップルを見留めて走って逃げてったし、「アーターイーのーえーもーのーっ!」って、ブラッド・アップルもそれを追いかけてった。 「ブラッド・アップルー! 置いていくよーっ!」  呼んでももう聞こえてない。 「トラブルを起こしたら面倒になりそうね」  グレイスが漏らすと、フレアが立ち上がる。 「わたしが見てくる。アリスロッテも!」  って、フレアは魔法の箒をわたしに投げてよこす。 「ええ~っ!? なんでわたしまで~っ!?」  と、そんなわけで、わたしとフレアとで、逃げた追い剥ぎとブラッド・アップルを追跡! 箒に乗るのは初めてだけど―― 「見よ! ドラゴン騎乗で鍛えた内転筋とバランス感覚!」  風を切る。箒が巻き上げるのは、新鮮な大気の粒子ではない。下界から立ち上る、赤茶けた街道の土埃と、命の終わりの匂いが混ざり合った、不快な熱気。わたしの肺は、この不純な空気を吸い込み、ただの推進力として変換することに、本能的な拒否反応を示す。古びた箒の柄は、長年の酷使で木の繊維が潰れ、手のひらに嫌な摩擦熱を伝えてくる。  だぁがぁ、しかぁし! 引くに引けぬは乙女の意地かぁっ! 目の前を飛ぶあの赤い閃光――フレア・ヴァーミリアの駆る魔導機がぁっ、わたしの神経をこれでもかと刺激するぅ! 木々の間を左へと抜ければ、お次は右へ! 崩れた教会の尖塔を擦って回れば、遠心力が頬を引っぱりぷーるぷるぅ! ついに追い越してあっかんべぇだぁっ! 「くっ……何人なんぴとたりとも、オレの前は走らせねぇ!」  振り返りフレアの姿を見留めるわたしの視界の隅で、ドミノの呪いは、無慈悲な法則を刻み続けていた。高速で移動する物体が、わずかな気流の変化を生み出す。その気流は、地上に残された瓦礫の「不安定な均衡」を揺るがし、次の崩落を誘発する。わたしは、フレアが自分を追うことで、あるいはわたしが彼女を誘い込むことで、無数の「目に見えないドミノ」を倒していることに気づき、吐き気を催す。この空のチェイス自体が、巨大な将軍の仕掛けた罠ではないのか?  かぁ~んがえるな! 感じるがいい! 赤き閃光フレアの箒が、くるり宙返りしたかと思えば、その後部から、眩いばかりの魔力光が吐き出されるぅぅぅぅぅ! せぇまり来る光の網がぁ、わたしの視界を埋め尽くすぅぅぅぅぅぅっ! 「それは昔、闇夜の峠を疾走する乙女たち……戦走女子! の物語である!」  byオーバーレブ90's 山口かつみ。著者の1年先輩!  加速すれば、肉体が悲鳴を上げる。内臓が、骨格が、脳髄が、この異質な運動を拒否する。それでもなお、わたしは箒にしがみつく。それは、生き残るためか、それともフレアを止めるためか。  パパンッ!  ところがどうしたことかっ! フレア・ヴァーミリアのマッスィーンが、突如として急降下ぁぁぁっ! 地上へと、真っ逆さまに落ちていく軌道! 追うわたしもまた、箒首を真下に向けての急降下ぁぁぁぁぁっ! 「ぎゃああああああああああっ!」 「激突するっ! 激突っ!」  パンッ! パンッ! パンッ! パパンッ! パンッ!  箒から投げ出されるとそこは泥濘ぬかるみと絶望が支配する地上。空中の華やかさなど、所詮は高度という名のまやかし。地に足をつければ、突きつけられるのは「肉体」という名の不自由な重み。 「魔法使いが、箒で殴り合うのが関の山か!」  フレアの吐き捨てる言葉には、己の高度な技術が、結局は原始的な暴力に還元されてしまったことへの苛立ちが滲む。衝撃が、手首を、肘を、そして肩の関節を、無慈悲に揺さぶる。一撃ごとに、自らの骨格が軋み、細胞が悲鳴びを上げる。 「甘いんだよ、アリスロッテ!」  フレアの箒が、わたしの脇腹を狙って閃く! 「くっ!」  わたしは箒の柄を縦に据え、辛うじてそれを防ぐ。が、防げば押し込まれる! 「君の魔法が、何人殺したっ! 命を救うなど言って、何枚のドミノを倒したっ!」 「うるさいっ! 倒れるのが決まっているとしても、せめて……わたしがこの手で支えてみせる!」 「ならば見せてみろ! 君の『支える魔法』が、わたしの『倒す意志』に勝てるかどうかをな!」  パパン!  てーつーの箒と木の箒ィ、熱き情熱と残酷な現実ぅ!  二つの影が、爆炎を背景に交差するぅ―― 「あ、さっきの追い剥ぎいたよ」 「ほんとだ。そこの集落だな。行ってみよう」  道というほどの道ではなかったが、その分岐の起点には小さな道祖神が見られた。その先は背が伸びた草に隠されているが、おそらくは草の成長が人の往来に勝るのだろう。足元には草を分けて人が踏んだ砂利道があった。すぐに豚の鳴き声が聞こえる。田舎では嗅ぎ慣れた獣の臭いが風に交じる。集落と小径とは小さな崖に隔てられ、いくつかそちらへ降りる草の切れ目もあるが、どれが正しい道かもわからず、とりあえず景色も開けてきたところで2メートルほどの急な斜面を降りた。集落と言っても家は3件ばかり。鶏が駆け回り、小屋には痩せた豚が飼われている。ブラッド・アップルの姿は見えない。 「すみませーん」  声を出して、人の気配を探る。放り出された藁打ち、置き去られた水瓶と、人がいた痕跡はあるが、その気配は息を潜める。 「ブラッド・アップルって子を探してますー」  集落のなかでも大きな建物の扉のまえにフレアが立って、目配せと、ジェスチャーで、そこに人の気配があることを伝える。「ノックして」と、わたしからもジェスチャーで返して、フレアが実行。  こんこんこん。 「すみませーん」  フレアのその言葉も終わらぬうちに、扉が開く。なかには粗末な服を着た少女の姿があった。 「ここにはわたしの家族しかいません。帰ってください」 「まって。あんた、街道に倒れてた子だろう? わたしたちの馬車がぶつかって迷惑をかけた。怪我はしてないか?」  フレアが気を使うと、少女はチッと舌打ちした。 「わたしはフレア。うしろにいるのがアリスロッテ。見ての通り、魔女っ子なんだ」 「そうそう。正義の魔女っ子だから悪気はないの。追い剥ぎだと思ってヒドイことしちゃったけど、やっちゃったことに関してはゴメン。それより、ゾンビの友人探してるんだけど、心当たりはない?」 「ゾンビ?」 「そう。シシリールーって魔法使いが作った自分の助手? みたいなヤツで、屍体を集めるのが趣味なの」  話してると、なかから呻き声。少女は家の中へ駆け戻る。  わたしはフレアと顔を見合わせて、放ってもおけないと「おじゃまします」とだけ断って中へ。少女は薄暗い部屋の片隅で、病人の寝汗を拭いていた。 「ごめんね。入ってきちゃった。なにか手伝えることがあったら言って」 「お金をちょうだい」  少女はそのままの姿勢で、顔も向けずに言い捨てた。 「えっ?」 「持ってるでしょう? いくらでもいいから置いてって。そして二度とここには来ないで」 「お金かあ……フレア持ってる?」 「いやぁ……円でよければあるけど……それよりも、その子は? さっきも言った通り、わたしたち魔法使いなんだ。力になれるかもしれない」 「……」  少女の顔にほんのりと期待の感情が浮かぶ。 「弟なの。貧乏で、食べるものがなくて、川のタニシを食べたら、寄生虫がいたみたいで……」 「わかった! こういうときはヴェルデがいてくれたらバッチリなんだけど、わたしにも生命力強化の魔法が使えるからやってみる!」 「ほんとに……?」 「うん! 名前は? 「わたしはラズベリィ、この子はスグリ」 「わかった。それじゃあ、スグリ! いっくよぉ!」  フレア……ううん、ウィッチ☆ルビーはプリズム☆ステッキを取り出して高く掲げる。 「ピュア・ピュア・クリスタル・マジーック! スグリの生命力を百倍に活性化させてっ!」  ぎゅおんぎゅおんぎゅおんぎゅおーんっ!  クリスタルに光が集まって、その光が少年に降り注ぐとぉ~! 少年の顔はみるみる紅潮してぷしゅーとか言って湯気吐いて、立ち上がって謎のダンスを踊り始めちゃったぁっ! 超高速でステップ踏んでるけど、でもなんか苦しそう! 少年苦しそう! 姉はパニック! 「スグリっ! 百倍の生命力で寄生虫なんて追い出すのよっ!」  なんて言って魔力を送り続けるフレア! 「ま、まってフレア! 寄生虫って百倍の生命力でなんとかなるもんなの!?」  ダンスは更に加速して激しくなって、少年は白目剥いてる! 「そこは! 努力と! 根性で!」  ラズベリィ倒れたぁっ! 「ど、どういうこと!? 寄生虫が出ていかないわっ!」 「出ていくかボケェッ!」
B 魔法銃クルシン・デシネ
「さっきはごめんなさい。悪気はなかったの!」  両手を合わせてフレアが謝る。 「わかってる。スグリもいつもより具合はいいみたい」  無表情にラズベリィが答える。 「ホッ、良かった」  って、フレアの顔に少し笑みが戻るけど、 「でも、二度とあんな魔法かけないで」  って、ラズベリィの顔が綻ぶことはなかった。 「ごめんなさいっ!」  フレアの平謝り。 「それより、なんでタニシなんか食べたの?」  わたしが訊くと―― 「それは……」  と、ラズベリィが視線を流した先には、一枚の肖像画があった。 「あれは?」 「ドミノ将軍……この国の英雄なの……死んじゃったけどね。将軍が死んでから、この国のひとはみんな貧乏」  肖像画の下にはテーブルがあって、一冊の本が置かれていた。ドミノ将軍が書いた自伝的小説、『泥のこま』……。 「そのひとって……皆殺しのドミノ……?」  馬車のなかで、グレイスが読んでいた本。 「そう。人間爆弾や、殺人円盤や、毒ガスや、コロニー落としや、ゲル結界や、月光蝶を使って、敵を皆殺しにしてくれた」 「なんか、知らん兵器ばっかりだけど」 「戦争やってるときは楽しかった。作戦が成功するか失敗するか、いつもドキドキして見守った」  なんて言って過去を振り返るラズベリィの顔に、ようやく笑顔らしいものが薄っすらと浮かんだけど、その話してる内容よ……。 「でも、戦争が終わると、父の仕事もなくなって、戦後はお城の石垣組みの人足をやってたけど、両足を怪我して働けなくなって……」 「あああ……それは災難……お父さんって、軍人さんだったの?」 「ええ。ドミノ将軍のように、俺も敵の兵士を残酷に皆殺しにしたい――それが父の口癖だったわ」  ノーコメント。 「殺人円盤も月光蝶も、父の部隊の発案だと自慢して、だけど直接の作戦には関わったことがないと口惜しそうに語った。他にも、超新星のエネルギーを利用した加粒子砲や、サイコウェーブを放射し人間の精神を退化させる装置などを嬉々として発案していたのを覚えてる」 「そ、そうなんですねー。他のご家族は……?」 「母は、生き残りの子供たちを基地に誘導する途中、味方の兵士からの誤射で戦死……」 「ご、ご愁傷さまです……」 「数々の殺人技を身に着けた兄は、戦争が終わると漫画家になると言って飛び出したまま……」 「そっちはそっちで戦場のような……」 「いっそ戦争が起きてくれればいいのに……」 「いや、いかんぞそれは。戦争だけは絶対いかん」 「戦争がいけないなんてわかってます。でも、わたしに必要なのはお金なんです。お金があれば、スグリだってタニシなんて食べなかった。みんな、戦争はいけない、花売りもいけない、タニシも食べちゃいけないし、追い剥ぎもやっちゃダメというばかりで、だれもお金はくれない。それは、死ねって言ってるのと同じじゃないの?」  かける言葉がない。 「わたしだけじゃないわ。この国の多くの人がわたしと同じ。もしわたしがお金をもらったなんて知れたら、まわりのひとたちから一斉に叩かれる。それは、この国では悪なの。この国で正しいのは、花売りと強盗と詐欺」  と、熱弁を奮われるが、どう返したもんか。力にもなれそうもないし、自分たちの無力を噛み締めるしかない。 「ごめんね。なにもしてあげられなくて……」  と、言いかけたわたしの脳裏に、レイチェルの言った言葉が浮かんだ。  ――わたしたちにはモロッコヨーグルがある 「そうだ! 駄菓子だったらいっぱいあるから、もってきてあげる! モロッコヨーグルって知ってる? 1個10円だし、いっぱい持ってきてあげる!」 「ありがとう」  よっし! 「できればそのモロッコヨーグルに、致死性の毒を入れておいて」 「なんでそうなるのよう!」 「そうすれば家族みんなで幸せに死ねるでしょう?」 「だからなんで考える先がぜんぶ谷底に向かっちゃうわけ? スパイラル募金箱なの? ベイブレードなの? アリジゴクなの? タカトク沈没ゲームなのっ?」  そうやってわたしが憤りを顕にすると、ラズベリィはフッと小さなため息をついた。 「わかりました。これからは心を入れ替えて働きます。ありがとう、魔女っ子フレアとアリスロッテ」 「なんなのよそれもー! 気ぃ使ってるだけで本音じゃないしぃー! 余計切ないよう!」  目を伏せてため息。そして、ふと顔を上げて、 「そうだ……あなたのお友だち、屍体を探してるって言ってたよね?」  と、こんどはラズベリィからの切り返し。 「ああ、うん、ブラッド・アップルのことね」 「ここから西の方に行くと、ドミノ将軍が最後に戦った古戦場があって、屍体がいっぱい埋まってると思う。もしかしたら、そこで会えるかも?」 「なーるほど……あてもなく探すよりはいいかも!」 「それじゃあ、今日はこれで」  そしてまたラズベリィは寂しそうなため息をひとつ。 「うん。それじゃあ。でも……本当にわたしたちになにかできることない? さっきはフレアがバカやっちゃったけど、魔女っ子っていろんなことできるからっ!」 「ううん、いいの。世の中が変わらなきゃなにも変わらない。いまわたしにできるのは、花売りと詐欺と強盗だから、それを頑張るよ」 「ちゃんとした仕事はないの?」 「街に出ないと、仕事なんてない。街に出るにしても、お金なんかないし、スグリやお父さんを残していくわけにもいかないし、無理だよ」 「無理かー。事情はわかるけどさー。でもなんかそーゆーの、正義の魔女っ子としては辛いんだよー」 「大丈夫。気持ちだけで十分」  ラズベリィは寂しく笑う。このほんの一欠片の砂糖をバケツに溶かしたような甘みが、それでもなんとか慰みになる。ラズベリィもそれが慰みになると知ってて、この笑顔を紡いでくれてる。 「わかった! わたしたちにいまできることはほっとんどないね!」  って、いままで言葉を抑えていたフレアが顔を上げる。 「割り切り早っ!」 「でも、できることが1コだけあるよ!」  と、フレアはひとさし指をいっぽん立てる。 「1コだけ?」 「そ! 友だちになろう! ラズベリィ!」  フレアは、右手を差し出す。 「友だちに……?」 「そうだよ! 手紙書くよ! また会いに来るよ! また話そうよ! モロッコヨーグル食べながら!」  フレアの目が潤んでる。ぎりぎり涙をこらえてる。 「いいねそれ!」 「わかった……ともだちだね……」  ラズベリィもゆっくりと右手を差し出す。 「じゃあ! 友情のマジカル・ハンドクロスだ!」  フレアはラズベリィの右手を引いて、顔の位置まであげて、グータッチして、手首をクロス!  ラズベリィは照れたように何も言わない。でも、作り物じゃない本当の笑顔がちょっとだけ見えた。  こうしてラズベリィの家から、西の方の古戦場へと向かうことになった!  わたしたちが降りてきた崖とは反対側に細い山道があって、ラズベリィとはそこで別れて、しばらく歩くとフレアがしゃがみ込んで泣き始めた。 「大丈夫だよ、フレア。友だちになったんだから、これから何度でも会いに来れる」 「……そうね……それだけでいいよね」 「うん。いまはそれだけでいい」  古戦場と聞いて、山間やまあいの小さな平地を思い浮かべたわたしの予想ははずれた。そこにあったのは、破壊し尽くされた巨大都市の残骸。たくさんの建物がドミノ倒しのように押しあって倒れた廃墟だった。 「ここって!?」 「クローバーシティ……ドミノ将軍の自伝で読んだことがある」  魔法の箒で上空を旋回。 「クローバーシティって……戦争を商売にしようとして、その戦争で滅びた……?」 「そう。噂が本当なら、この街のどこかにドミノ将軍が手掛けた垓亜駆軸ガイ・ア・ギアが残っているはず!」 「垓亜駆軸ガイ・ア・ギアってなに?」 「人間の魔力があるでしょう? これは人間の霊体からもたらされているものなの。その霊体を人間から分離して、純魔力に変換、これを放出することで巨大な破壊力を生み出す究極兵器よ!」 「そ、そんなものが……それって人間の命を弾代わりに使うってことでしょう? さすがにひどすぎない……?」 「でも、皆殺しのドミノだったら、そのくらいはやるわ」  そこに―― 「あーもう! なんなのよなんなのよなんなのよ! ホネしか残ってないじゃないのよう! フレッシュな腕や脚はどこにあるのよう!」 「ブラッド・アップルの声だ」  声は瓦礫の街のいずこかから聞こえる。 「探しましょう」  ふたりはすぐに地上へ。箒はミニマイズして魔女っ子ポケットにポイッ。 「はぐれないように魔女っ子リンクして」  魔女っ子リンクってのは、魔力通信チャンネルの固定化。精神を集中しただけで、いつでも会話が可能になる。 「わかった」  てってけてーのてー。  でも、地上に降りると完全な迷路。  たたたたたと、ブラッド・アップルの姿が見えたかと思うと、すぐいなくなる  たたたたた。いた! こっち! あれいない?  たたたたた。今度こそ! いない!  なんてアニメでも定番のカットをなぞらえてるうちに、わたしはなぞの地下室へ、というのも定番の展開。そのうすぐらい地下室にぼんやりと光る薄赤い光源……というのもまたお決まりのパターン。わたしがその光源でみつけたのは、大ぶりなひとつの銃だった。  全体が白い金属でできているのに、軽い。銃身の一部は透き通った硝子のようなもので出来ており、そこが赤白く光っている。手をかざすと、こちらの生体エネルギーに反応してるようでもある……。 「魔法銃、クルシン・デシネだ」  背後に声が聞こえた。  振り返ると、そこにいたのは、ラズベリィの部屋で見た肖像画の! 「皆殺しのドミノ!?」 「かつての将軍に向かってその呼び方はないだろう」  ドミノは唇を曲げて、片側の眉だけを上げた厭らしい笑みを浮かべわたしを見ている。その全身はぼんやりと、透けているようにも見える。 「幻覚?」 「そっちは魔法使いだろう? 魔法使いが見えたものを幻覚呼ばわりするんじゃないよ。自分にはそういう現実ならざる何かが見えるとは考えないのかね」 「一理ある。小賢しい幻覚だな」 「小賢しくて悪かったね。あんた、名前は?」 「アリスロッテ・ビサーチェだけど……」 「ああ、ビサーチェというと、エレイン・ビサーチェの血縁か?」 「娘ってゆーか」 「ほう。娘がいたか。あの女には苦戦させられたよ。だが、過去の話だ」 「あのう……あなたって、本当にドミノ将軍?」 「自分で自分がだれか証明できるものなんかいやしないよ。名乗った名前を信じるよりほかにない。こっちにだって、あんたがエレインの娘だって信じる根拠はないんだ。ここはそういうものとして話せばいいじゃないか」 「まあ、そのとおり。それでええっと、この銃について聞きたいんだけど」 「さっき言った通り。魔法銃クルシン・デシネだ。ここでは、人間の霊体をエネルギー源とした垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを開発していた。垓亜駆軸ガイ・ア・ギアってのは、人間を弾にして込めると町一個吹っ飛ばす火球を吐き出す悪魔の兵器だ。それの、簡易版。人間の霊魂を込めるだけあってね。人間に対して使うとじわじわ苦しんで死ぬことになる」 「人間を弾にして……ってのが垓亜駆軸ガイ・ア・ギアだとすると……もしかして、この銃も……?」 「察しがいいね。ソイツには過労で死んだ政策進行の血肉が詰まっている」 「制作進行の血肉!?」 「言っておくが、制作じゃないぞ? 政策だ。政策を練って、調整と管理を図る専門家だ。垓亜駆軸ガイ・ア・ギアはそのエネルギーを一気に放出したが、そいつにはリミッターがついている。人間ひとりぶんの魔力をちびちび消費して撃って、エネルギーが尽きたらそれまでだ」 「聞けば聞くほどひどい話なんだけど」 「そう思うだろう? だが、俺にも抑えが効かなかった」 「えっ? ひとごと?」 「年寄の長話につきあう気はあるか?」 「長さにもよる」 「とりあえず話そう。一晩はかからん」 「ん。眠くなったら帰る」 「最初の敵は、ポセイドン軍だった。とんでもない将軍が待ち構えていると思って、敵の懐に飛び込んでみたら、民間人のシェルターだったんだ。葛藤したよ。民間人を殺そうだなんて考えてもみなかったからな。だが、敵の懐のなかだ。背中を向けたらこっちが撃たれる。それで……俺は意を決して殲滅を命じた。  思えば、俺が皆殺しにしたのは、その1回だけだった。あとは俺の意を汲んだ下の連中が、俺に変わって動いてくれた」 「下の連中のせいにした?」 「まあ、そういうな。俺はポセイドンとの件を、詳細に報告したよ。己の感情を交えることなく、零度のポジションで、客観的に、果たして俺が悪なのか、それとも歴史の必然なのか、それを問うために、いかなる脚色もせず、己を英雄に仕立てることもなく……。それはこの戦争の愚かさを、部下に伝えるためでもあった。  だが、その報告によって、戦争は新しい意味を持ってしまった。『戦争はどちらが悪だとも言い切れない、生き延びるためには、ときに残虐に振る舞う必要もある』と。  そこからはなし崩しだ。最初のうちは自らの立てた作戦で涙を零すやつもいたが、その作戦が何人救った、何億の財を守ったと数字になることで、その罪は正当化され、前線で戦ったものは英雄と奉られ、やがてそこで起きる悲劇さえ己を正当化する餌として消費されるようになった。  挙げ句、ついたあだ名が皆殺しのドミノだ。  皮肉なもんだ。まさにパズルの最初の1枚を倒したのは俺だ。すべて俺の指揮の下で、俺の名誉のために遂行された作戦だ。その二つ名に嘘はあるまいが……後悔している……」 「ふうん。それ喋ってスッキリしたいから、オバケになって出てきたんだ」 「手厳しいな」 「さっき、戦争が終わって、仕事なくして苦しんでる子見てきたから」 「そうか。残念ながら、俺にはもうできることがない。だから、せっかくの縁だ。このドミノを終わらせてくれ」 「はあ? わたしが? 何言ってんの!? あんたがやるべきことでしょう!?」 「その銃は預ける。世界を葬らんとした銃だ。その銃で、世界を救ってくれ」 「いや、ありえないっしょ! 銃はその、使うけど……ってゆーか、なんなのよ!」 「頼む」  最後にその一言を残して、皆殺しのドミノは姿を消した。  直後、フレアから。 「ブラッド・アップル確保したよー」の連絡。 「グレイスたち、三ツ杉宿にいるみたい。日暮れまでには追いつきたい。上空で待機してるからすぐ来てぇ」 「わかった。すぐ行く」  わたしは魔法銃クルシン・デシネをミニマイズして魔女っ子ポケットにポイッ。  捨ててもいいんだけど。捨てらんないよ。呪いなのかな。

第6話 彼が自ら創りあげるもの

二〇二六年 三月 一日
二月二十八日、米軍はイランへの大規模な戦闘を開始、最高指導者ハメネイ師死亡。女子小学校にも3発のトマホークミサイルが打ち込まれ多数の児童が死亡。イランは報復としてイスラエルやバーレーン、カタール等周辺地域の米軍施設を攻撃。
A 第6モックスサイト
 三ツ杉の宿でグレイスたちと合流、ラプ――手のひらサイズのわたしの相棒――が迎えてくれた。ことのあらましはフレアから説明。それぞれの部屋で一晩を過ごし、翌朝は早目に発ち、昼過ぎにはチミノーの港につく。 「肩に乗ってるのは、ミニチュア・モックスかい?」  ハーディ・ガーディが尋ねる。 「そうだよ。よくわかったね」  ベルカミーナは手乗りモックスって言ってたけど、同じ意味だと思う。 「わかるとも。一見するとリスに見紛うが、毛並みや顔つきを見れば明らかだ」  なにそれ。文語体? 「ラプには秘密があるんだよねー」  わたしは肩から腕へとラプを走らせながら、ラプに話しかける。 「ほう。どんな秘密が?」 「言ったら秘密にならないでしょ」 「はっはっは。それもそうだ。これは一本取られたな」  いつの時代のひと?  船は乗り合いもあったが、資金は(ヒゲのおじさんの手元に)ふんだんにある。魔法船をチャーター。貴族や王族が乗るヤツ。船主はわたしたちの出で立ちを見て訝しげな顔を見せたが、金を見せるとほろほろに綻んだ。  海へ。ゆっくりとはしけを離れて、おもむろに速度を上げる。魔法船の足元に響く振動は、遠くに幻想の調べを浮かべる。船体が波を超えるたびにその波動は高まり、魔法球スフィア生成の唸りにも似た音がわたしを緊張させ、そして、愉快にする。波に跳ね上げられるごとにわたしの魂は肉体を踊り出て、じゃれ合う肉と魂とがふたつの波の軌跡を描いて絡み合う。肉体はただ精神に従属するレトリックに過ぎなかったことを思い出しながら、海上には多くの小島が浮かび、それぞれの島には集落があり、目的のデス・アイルかと思わせるほどの大きな陸の塊もあるが、それも脇を抜け去ると大海に浮かぶ岩塊になって消える。  小一時間ほどでデス・アイルへ。不気味な名前に似つかわぬのどかな港町の、小さな桟橋に船を寄せる。この不名誉な名前は、キア領の流刑地だったことに由来する。元は小さな漁村しかなく、いまのように魔法船もない時代は、大型の外洋船に乗るよりほかに外に出る手はなかった。だけどそれももう百年以上も昔の話。流刑地の記憶はただ島の名に留まり、ルハーマイには貴族の別荘に市場、小さなパサージュがある。  まだ日はあったが、ルハーマイで宿泊。目的のサンターンはモックスの自治区。話が長引けば、宿が取れるかどうか怪しかった。翌日、馬車をレンタル。念のため野宿の準備も整えてサンターンへ。山道を馬車で2時間。  グレイスの些細な疑問、「モックスって、ちゃんと話が通じるの?」という言葉に、ハーディ・ガーディが答える。 「そのためのフールエだ。言葉は通じる」 「フールエって通訳係だったんだ」 「そ。言葉は通じる。だけど、言葉しか通じない」 「どういう意味?」  ヴェルデが問い返すと、ハーディ・ガーディが引き取って答える。 「ガンフ・オルアの国教、オランドラス教と、魔法院のエスカト神智学は親子のような関係にある。たとえばオランドラス教には最高神フータンヌルイを頂点とした神話体系があるが、エスカト神智学ではフータンヌルイは神ではなく、宇宙の根源的な力と見做されている」 「なんでかわかる?」  割り込むフールエ。  ハーディ・ガーディは呆れながらもわたしたちの顔を見渡し、声が上がるのを待つ。 「フータンヌルイを神であるとするなら、その神を生んだ別の神の存在が必要になる。それに、フータンヌルイ神が自分の姿に似せて人間を作ったと言われているけど、それは男か女かという疑問もある。フータンヌルイが絶対神ならば男でも女でもないはずだし、それに食べ物を食べる必要も、排泄する必要もない。言葉だけで宇宙を創造したのが事実なら、手すら要らないはずよ。人間の身体は、神をモデルにしたという割には、物質界に最適化されすぎてる」 「そう。そこに整合性を取るために、エスカト神智学ではフータンヌルイを宇宙の根源的な力として定義した。そして、最初に生まれた人間も、『アダムカドモン』という人間の原型であると定義し、オランドラス教の天使たちも、アダムカドモンに宿る霊魂の原型とした」 「知ってるわ。モックスたちは、どちらを信仰しているの?」  流れるままの会話は、どこかで淀むことなど考えない。でもそれは、不意に訪れる。 「このどちらでもない」  そして言葉は、くるくると行き先を失う。 「信仰がないってこと?」 「そうとも言える。彼らは自分たちのことを『彼らが自ら創りあげるもの』と定義している」  それを聞いてグレイスは蔑むような笑みを浮かべ、目を伏せる。 「そんな考えだから、モックスに魔法使いはいないんじゃない?」  ヴェルデが穏やかに言葉を添える。 「かもしれない。だけど、そこが不思議なんだよ」  ハーディ・ガーディもまた、まるでずっと解けないままのパズルを改めて取り出すかの諦観を含んだ穏やかさで返す。 「オッカネ山で、魔女たちは無類の魔法技術を発展させた……。今回焦点となっているコデックス・オブ・ライフもそうだ。それらの多くはいま、魔法院に接収されて、エスカト神智学の体系のなかで解析が試みられているが、目立った成果が出ているとは聞いていない」 「魔女の技術がそれほどまでに優れていたってこと?」  これもさりげなく、流れるままに出た疑問。 「そう。だけどそれは、本当に魔女の技術と言えるのかな?」  そしてこれもまた、淀む。 「言えるのかな、とかじゃなく、答えを教えてよ」  と、こちらは単純ストレートなフレアの意見。 「モックスがその技術を教えたってこと?」 「端的に言えば、そうだ。それはわたしたちのオランドラス教教義と、エスカト神智学とが、ともに間違っている可能性を示している」 「でもそれじゃ、モックスの技術が、わたしたちの叡智を超えてるってことにならない?」 「グリーンの子、勘がいいじゃない」  ヴェルデが興味津々に乗り出す脇で、グレイスは憮然な表情で腕組み。 「カルガモット卿がなぜ異端とされるか、考えたことがあるかい?」  そして元気なバッタを追いかけるように理路が跳ねる。 「身勝手だから?」と、単純派代表。 「ある意味、そうだ。おそらく彼は、エスカト神智学を否定している。ベルカミーナ・ミランもそうだと聞く。このふたりにこのコデックス・オブ・ライフが渡れば、新たな技術の扉が開くだろうとも言われている。事実、ベルカミーナは数々の成果を挙げているらしいじゃないか」 「でもおかしいわ。どうしてそれを魔法院で第2階位でしかなかったわたしたちに言うの?」  馬車の振動に揺られながら、怪訝な顔でフレアが口にする。 「ハーディは亡命を考えてるんだよ♪」  フールエが無邪気に口を挟むと、ハーディ・ガーディの表情が固まった。目が泳いでる。馬車の揺れで小刻みに髭の先端が揺れる。考えてる。ローディング中。プログレスバー止まった。進んだ。98%。処理終了まで2秒未満。完了。 「はっはっは。フールエは勝手なことばかり言う」  笑って誤魔化した。  ――彼らは自分たちのことを『彼らが自ら創りあげるもの』と定義している。  ハーディ・ガーディから聞いたその言葉は、わたしには不快だった。それはベルカミーナが自分の卵子とコボルトの精子を使って戌神を作り出した話を思い出させた。それに……ラプも手乗りモックスとギガント・モックスにシェイプチェンジできるし、これだって、ベルカミーナがモックスを改造して作り上げた可能性がある。  オッカネ山の遺跡は古の時代に築かれ、ひとが離れてからは打ち捨てられた老人のように時の侵食を赦し、自らを覆った大木の根に割られ、多くの屋根を崩落させ、それを免れた一部の躯体も、木々の成長とともに隆起する土地に押されて傾ぎ、だがそこには確かに古代の叡智につながる細い糸が見て取れた。ハーディ・ガーディの言葉を聞いて、これから訪れる第6モックスサイトも同じような、あるいはそれがまだ老いることなく生き続けた場所のように思い描かれていたが、訪れた村は自然のなかに溶け込んだ古い茅葺きの家の並ぶ粗末な集落だった。村に近づくとともに路面も荒れ、道の左右から草が張り出し、最後の1キロほどは馬車を離れ、歩くことを余儀なくされた。フレアだけは魔法の箒にまたがり、先へ行っては様子を見てもどり、と繰り返していたが、やがてそれにも飽きて一緒に歩いた。  出迎えはなかった。  物珍しそうに見るモックスが何体かいて、こちらを警戒する様子もなく、彼らのうちの幾人かはわたしたちの後ろについて歩いた。彼らにはフールエが話しかけていた。通訳してハーディ・ガーディに伝える言葉が漏れ聞こえ、長老の家を目指していることを知る。お目当ての魔術師ベテルギウスに逢うまえに、仁義を通しておくということだろうか。間もなく長老の家に着くと、そこには出迎えがあった。子どものモックスと見える。物珍しさからただわたしたちの姿を見るために表に出てきただけなのかもしれない。  長老の前に通されると、まずはハーディ・ガーディから手土産が渡される。包みを開くと銀色に光る金属が見えて、お金かと思ったらハーモニカだった。音楽家らしい選択。フールエを通して世間話。交わされているのは先の戦争の話が多い。おそらくここでは、ゆっくりと時間が流れているのだろう。  ひととおりの挨拶を終えたら、魔術師ベテルギウスの家へ。先ほど屋敷の前で出迎えてくれた子がわたしたちを先導する。深く湿った下草。そこかしこにぬかるみがあり、そこに渡された板張りの多くは朽ちて、踏めば森の木々と同じ匂いを発する。モックスの子は裸足でその上を歩く。目的の家につくが、そこも他の家と同じ木造のあばら家。入口の扉もなく、垂らされた厚い布を手で避けてなかへ入る。なかはそう広くはなかったが、促されるままマリウス、ブラッド・アップルを含め全員が部屋に入った。  きゅうきゅうのきゅう。  魔術師ベテルギウスも、ごく普通のモックスだった。ろくに挨拶もせず、ハーディ・ガーディが手土産を取り出す間も与えずに「ん、ん」とだけ言って、棚から光る装置を取り出して、コデックス・オブ・ライフをそこに乗せるように促した。 「微粒子によるジャミング・ノイズを電磁気干渉操作で取り除くそうよ」  と、フールエが教えてくれる。 「どういう意味?」  グレイスが聞き返す。 「コクマー星霊の力をネツァク星霊の力で取り除くの」  フールエがわたしたちにわかる言葉に変換してくれる。  装置の板状の部分にコデックスを乗せると、前面にあるいくつかの緑色と赤色のランプがまばたきはじめ、小窓に数字のようなものが浮かんだ。ぶーんという虫の飛ぶような音と、チッチッチッという小刻みに何かを叩くような音が小さく聞こえる。わたしたちが知る魔法とは少し違う、別の魔法のよう。長老の家からついてきたモックスが、わたしたちに茶を配る。 「少し時間がかかるって」  と、フールエ。  ハーディ・ガーディが改めて手土産を渡すと、ベテルギウスは早速それを吹いて、デタラメに音を鳴らして喜んだ。 「少しお話を伺ってもいいですか?」  グレイスが聞いた。  ハーディ・ガーディが促し、フールエが訳し、ベテルギウスが頷く。 「あなたたちは神を信じることも、宇宙の根源の力を信じることもなく、自分たちのことを『自分たち自ら創りあげるもの』と言っていると聞きましたが、どういう意味ですか?」  チッチッチッチッチッチッと鳴る小さな装置に、マリウスはずっと目を落としている。  グレイスの問にベテルギウスは少し戸惑ったようだったが、棚の上にあったペーパーナイフを手にとって、それをわたしたちのまえに差し出して語り始めた。  曰く――  ここにあるペーパーナイフは、紙を切るための道具だ。  つまり、役割があらかじめ決まっている。ペーパーナイフは「何であるか」が最初に決まった状態で、この世界に生み出される。  ところが、我々人間は違う。人間は、まずこの世に投げ出され、その後で自分がなにものかを決める。  そのひとが「嘘つき」なのか、「誠実な人」なのか、あるいは「教会の信徒」なのか、それは最初から決まっている運命ではなく、そのひとがその都度、自分で「選択」して、その結果で決まっていく。  それは神が決めるものではない。教会が決めるものでもないし、学校の先生が決めるものでもない。自分が決めるものだ。  ――言葉が一段落つくと、グレイスの再質問。 「それによってもたらされるのは、ただの混沌です。教会や法律が決めて、それに従うから秩序が生まれるんです」  ――そうだね。秩序に従うのは楽な生き方だよ。だれかに従っていればいいんだから。もしだれかを傷つけても、自分の責任ではなく、『教え』の責任だ。たとえ間違っても神に、あるいは法に罰してもらえば、それで責任を果たしたことになる。でもそれはただの自己欺瞞アン・モーヴェーズ・フォアだよ。 「法は要らないと言う意味ですか?」  ――法は前提にはならないというだけ。従うか否か判断する必要があるなら、あなたが決めればいい。あなたが決めた瞬間から、それは与えられた法ではなく、あなたが選んだ法になる。あなたはペーパーナイフのように、誰かが使うただの道具になりたいのか、それとも自分で考える人間になりたいのか、それだけの話さ。  なんて話を、わたしもフレアも、そしておそらくヴェルデも、わかったようなわかんないような微妙な空気でふーんとか言って聞いてたんだけど、グレイスはわたしらよりひとつ上のレイヤで、それを自分なりに噛み砕こうとしていた。そのとき。 「なかなかおもしろいことが書いてありますね」  さっきからずっと本の表紙を見つめていたマリウスが不意に口に漏らした。 「おもしろいことが書いてある? この本?」 「ええ。アリスロッテ、あなたには魔法が使えないはずだってシシリールーから聞いたとき、その理屈までは聞かされていなかったんですが、謎が解けました」 「ちょっと待って。この状態で読めたの? 透視能力?」 「スタンダードアウトプットにデータが出力されています。この距離ならモニター可能です」 「わかるように言って!」 「奔放なる愛の星霊、勝利のネツァクが精神に語りかけてきます」 「そ、そうなんだ……わたしには聞こえなかったけど……ってゆーか、わたしが魔法を使えないはずって、前にも言ってたけど、それってなに?」 「それは――」  言いかけたマリウスの言葉が止まり、部屋の外へと意識を向けた。 「どうしたの?」 「僕の出番のようです」  マリウスは静かに立ち上がる。 「もしかして、カルガモが来たの?」 「ええ。カルガモット卿は僕が抑えます。ハーディ・ガーディを保護して、あなたたちは魔法院へ戻ってください」  そう告げるとマリウスは外へ。 「フレア! 箒貸して! わたしが囮になるから、あなたたちでハーディ・ガーディを守って!」 「いいけど、ひとりで大丈夫?」 「ラプもいるし、クルシン・デシネもある。なんとかやってみる」 「わかった。気をつけて」
B 生体人形
 爆発音。一斉に鳥が飛び立つ。二度、そして三度。わたしは箒を駆って空へ。風に揉まれながら見渡すと、立ち上がる土煙が見える。マリウスはおそらく例の光の剣で戦っている。カルガモの戦い方は知らない。ラプはおなかのあたりにしがみつく。立体機動戦を得意とするマリウスが森にいるのはどういうわけか。囮になるとはいったものの、カルガモの姿は見えない。ただ、ふたりの交戦地点が少しずつ移動しているのはわかる。それを追うしかない。驚いた小鳥のように視界を遮るもののない空へと出たのに、そこで小鳥と同じ不安に駆られる。異界点エミッター展開。様子見にフレイムランス数発を放つが反応はない。再度爆発の土煙が見え、遅れて爆発音。木々の頂きをかすめるようにして、それを追うと、空圧制動フォノ・プレッシャーの衝撃面へと突っ込む。魔法のジャミングのためのものだろうが、はたしてどちらが放ったものか。木々の葉を散らす球状の衝撃面が音速で広がってくる。2枚、3枚とその衝撃面を抜けると、くぐるたびに内耳に圧力がかかる。頭上に踊る光の剣が見えた。非同期に楕円曲線を描き、見えざる空の一点を追尾する。 「キィィィィィィィッ!」  ラプが金切り声を上げ、ふと見ると正面に障害物、急制動、ぎりぎりで大木を躱し、次に現れた木を両足で押しのけ衝突を回避、失速しバランスを取り直し地上スレスレで減速し立て直すと再度空へ。 「ここってどこなのかよくわかんない!」  とりあえず高度を上げてあたりを見回すけど、遠くに海があって港町があるのはわかるけど、サンターンの村がどこだったはわからない。でも、距離は離れたと思う。そこにアルケイン・レーザーの光の帯がわたしの頭上を薙ぐ。 「なにそれ、殺す気!?」  凄まじい威力。レーザーが走った空間がチリチリと帯電している。再度アルケイン・レーザー。こちらへ飛んでくることなく、遠くで一点に照射している。そしてそれを防ぐ球状のマナ・ウォール。マナ・ウォールがこんなに輝くをの初めて見た。遅れて雷鳴のように空気の膨張音が轟く。これじゃあうっかり近付けない。せめてマナ・ウォールとアルケイン・レーザー、どちらかマリウスかわかれば援護できるのに。マナ・ウォール側がプリズミック・ウォールまで展開。アルケイン・レーザーの射線を複雑に屈折させ、またレーザーの先端がわたしの頭上を薙いで疾走る。続いてエクスプロージョン。閃光とともにマナ・ウォールが消える。発する熱が気流の渦を作り瓦礫を舞い上げ、その衝撃面がわたしへと迫る。大急ぎでマナ・ウォール。ラプが危機を察してギガントモックスにモードシフト、箒で飛ぶわたしに覆いかぶさる。一瞬の爆音が聞こえたあとはきーんという耳鳴りだけを残して音が消え、気流がわたしの体を木の葉のように弄ぶ。体勢を立て直すにももうどちらが上かわからない。ラプに抱きかかえられたままゴロゴロと地上へ。  魔女っ子ドレスはライトニング・ビスチェ等々のお値打ち品アーティファクトでできているんで、なんとか耐えるものの、やばい。音がない。完全に耳が聞こえてない。でもただ足音だけは、体のなかを通って聞こえてくる。 「ああーーーーーっ!」  くっそ。完全にいったわけじゃないけど、治るのかなこれ。  地面に叩きつけられてたラプは、ぴょこんと起き上がって手乗りモードにシフト。駆け寄ってきて懐に飛び込む。 「あんたもたいがいタフよね」  戦闘は落ち着いている。決着がついたのかもしれない。 「マリウスたち、どっち行ったかわかる?」  ラプに訊くとまた懐から飛び出して、ぼんっと弾けてギガントモードに、わたしの手から箒を取って、地面に立てて―― 「それを?」  ――手を放して、倒れた方向を指して、「あっち」って。 「それはなんか特殊能力的な根拠があるの? ただの占い?」  しばらく箒で飛ぶと、爆心地とも呼べるべき場所にたどり着いた。聴力は半分戻ったかどうか。  人影が見え、こちらを伺っているが、交戦の意志はないように思える。立っている姿と、横たわる姿があり、間もなく、立っているのがカルガモだとわかる。わたしは魔女っ子ポケットから魔法銃クルシン・デシネを取り出し、右手に握ったまま地上に降りて、カルガモに近づく。 「まだ死んではいない。手当してやれ」  わたしが声を掛けるよりも先に、カルガモが口を開く。 「なんでそんなことしたの! なんのために!?」 「デク人形が本気で仕掛けて来たから相手をしたまでだ」 「なにその言い草」  わたしの泡立つ怒りに反応するかのように、クルシン・デシネが輝きを増す。 「ほう。亡霊が一緒か」  亡霊?  カルガモはクルシン・デシネのことを言ってる? 「そんなのどうでもいい! なんでわたしたちを狙うの!? 目的はコデックス・オブ・ライフ!?」 「そうだ」 「奪ってどうするつもり?」 「奪うなど、そんな単純な話ではない」 「そーゆーもったいつけて喋られるの嫌なの! ストレートに言って!」 「ならば言おう。あの本を魔法院に渡すな。奴らはそれを処分する可能性がある。もしハーディ・ガーディを保護しているなら、魔法院に届けずに直接彼の飛行船に乗せて本国へ返せ。さもなくば、オッカネ山魔女遺跡で最も重要なテクストが闇に葬られることになる」  くっそ、またどっちが正しいのかわかんない概念出てきたぁっ! 「あんたに指図されたくないっ!」 「やれやれ。ならば仕方がない」 「あ、待って。何するつもり?」 「俺が取り戻すしかないだろう」 「させるわけないでしょ! わたしが見逃すとでも!?」  わたしは魔法銃クルシン・デシネの銃口をカルガモに向ける。 「飽くまでもシシリールーの命に従うというのだな?」  そう、シシリールーの……。とは言え。たしかにシシリールーはわたしの命の恩人だけど、クズはクズだ。それに従うのも変な話。それはずっとわたしの胸の底に淀んでた。 「わたしが決める。動かないで」  とりあえず、魔女っ子リンクしてるフレアを呼び出す。 「フレア。聞こえる? いまどこ?」  ――あ、アリスロッテ? 無事だった? こっちはいま、ルハーマイの公営ポータル。帰りはびゅーんだよ。 「デルクモについたら、ハーディ・ガーディとコデックスを魔法院に渡さないで、そのまま彼の船に乗せて」  ――どうして? 「魔法院が、コデックスを処分しようとしてる。コデックスの内容が魔法院には不都合すぎるから」  ――そうなんだ。 「わかんなかったら、グレイスにも、ハーディ・ガーディ本人にも相談して。ベテルギウスが言ってたでしょう? 自分で判断しろって。その言葉をよく思い出して、ってグレイスに伝えて」  ――わかった。相談してみる。  わたしとフレアのやりとり、カルガモはたぶんマインドリードかけて聞いてたと思う。 「おまえたちを信用しよう」  そう言い残してカルガモは消えた。  とりあえずわたしにできる最低限の回復魔法をかけて、港町へ。  お金はないけど、野宿ってわけにはいかない。ダメ元で宿屋に駆け込むと、意識の戻らないマリウスを見た主が、金はいつでもいいと言って部屋を用意してくれた。わたしひとから優しくされたことないから、これだけで泣きそう。  以前、彼の部屋で介抱されたときのことを思い出した。あのときはわたし、グリアスの呪い受けて肌がただれてたから、パンツまで全身脱がされたんだ。マリウスをベッドに寝かせる。たぶん、エクスプロージョンの直撃食らってる。服もボロボロで全身傷だらけ。ズボンのベルトは苦しそうだったから緩めたけど、脱がすとなると壁がある。マリウス、よく躊躇なくわたしの服を脱がしたな。まあ、そこがお人形って言われる所以なんだろうけど。  宿屋の主人が、大量の消毒薬と包帯と傷薬を持ってきてくれた。 「なんの怪我かはわからんが、ちゃんと消毒したほうがいい。それに薬も。放っておけば破傷風になるかもしれない。必要なら医者を呼ぶが、今日はもう無理だ。無責任なようだが、俺も忙しい。あとはあんたと、この男の頑張りを信じさせてもらう」  と、宿の主は他の部屋の客に呼ばれて部屋を出ていったけど、これ完全にわたしがマリウス脱がす流れじゃん。  マリウスに介抱されたときの記憶がなかったら、逆に躊躇してないと思うの。あのとき散々変態ムーブかましといて、ここで脱がすのは――って、ええい! 迷ってる場合じゃない! とりあえず目立つ傷から消毒していくしかない!  傷は顔や手など、露出している部分はもとより、服が裂けた部分にも、服に覆われた部分にもあった。この服も魔法院から支給されたお値打ち品アーティファクトで、多少のダメージは防ぐんだろうけど、それでも多くのダメージが透過して傷を作っている。わたしは上着、シャツと脱がしてマリウスの傷を手当しながら、彼の体に関して不思議な感触を感じていた。  男の子の体じゃない。  それはただの直感だった。指先が触れる肌の感触や、皮膚を滑る感覚、脂肪の厚み、筋肉の量、その目に見えないデータがいくつも合わさって、方程式を解くように答えを仮定する。そういえば、以前介抱されたとき、マリウスはわたしの性器を見てもなんの反応も示さなかった。でも、同時に、女の子の体のことは何も知らなかった。じゃあ、どっち? いま触れてるマリウスの体だって、男の子とは思えないけど、じゃあ女の子かって言うと、それも否定される。胸から腹、脇腹、背中と傷を消毒する。改めて見ても、バストなんて皆無。パズルのピースがどうしても埋まらなくて、わたしの脳裏に蘇る言葉があった。  ――あいつは命令に従うだけのデク人形。判断力はブラッド・アップル以下。同じ人間だと思わないことね。  シシリールーは最初から彼のことをデク人形と呼んだ。ベルカミーナも。カルガモも。だけど、最初に双子原ふたごばるで戦ったとき、わたしは彼の心臓をえぐり出した。ほんの一瞬の間だったけど、人間だったのは確かだ。 「マリウス。ごめんね。ズボン脱がすね」  傷を探して、わたしはゆっくりと彼のズボンに手をかける。その下にも無数の傷がある。下着は女性のものだ。どうして? 少しパニックになる。だけど同性ならもう迷うことはない。 「ごめんね」  もう一度声をかけて、その布をずらすと、そこには、なにもなかった。  マリウスは、男の子でも、女の子でもなかった。  でも、ふっきれた。いや、自然にふっきれたわけでもなく、ふっきれるしかなかった。  マリウスは男の子でも女の子でもない。マリウスだ。わたしは、マリウスを助けるんだ。カーサ・ギヤマの家の庭でチューリップを育ててたマリウスを、みんなからデク人形って呼ばれてるマリウスを、母親は月に帰ったっていうマリウスを。  翌朝。スズメがちゅんちゅん鳴く窓辺。ベッドにはわたしの不器用な手で包帯ぐるぐる巻きになったマリウス。わたしは床でごろ寝。ベッドの上に置いてた消毒液の瓶が落ちてきて目を覚ます。マリウスが横になったまま自分の腕を見てる。ミイラみたいなぐるぐる巻きの腕。 「僕はどうなったんですか?」  だれに聞くでもないマリウスの質問。 「おはよう。カルガモにボコボコにされて傷だらけだったから、応急処置しといた」 「なるほど」  感情のない返事。 「なるほどって。ほかになんかないの?」  ちょっと笑った。  その後すぐに魔女っ子リンクでフレアに連絡して、お昼頃にはヴェルデが駆けつけてくれた。  ベッドの上のマリウスは雑な包帯巻きのほかは何も纏ってない。ヴェルデはそれを見て照れるでもなく、わたしを冷やかすでもなく、癒やしの魔法を唱える。 「アリスロッテひとりで応急処置したの?」 「うん。無我夢中で」 「さすがだね、アリスロッテ。ちゃんと消毒できててよかった。これならすぐ回復するよ」 「そっちはどうだった? コデックス奪われずに済んだ?」 「うん。ディメンションでそのまま船のなかに突っ込んで出発させた。船の中はラゴールもテルルも手を出せないからね」 「あなたたちは無事だった?」 「うん。なんか、コデックスの情報は共有するって約束だったらしいの。それを反故にしたせいで猛烈に追い回されたんだけど、なんか急にカルガモット卿が攻撃しかけてきて、そのスキついてなんとか逃げおうせたよ」  なんだ。あの爺ちゃん、いいとこあるじゃん。  無事で良かったって言うと、こうなるとわかってたんなら最初に言っといてよねー、って言われて、ごめんごめん、って。 「ところでヴェルデ、お金持ってない?」 「あるけど、円だから、ここでは使えないよ」 「そっか。宿代なんとかしなきゃいけないんだけど、あとでレイチェルに相談してみる」  ヴェルデの回復魔法で、マリウスの傷はみるみる回復。夕方にはもう、ベッドに座って話ができるくらいには回復してた。ボロボロだけど、元の服を着て。晩ごはんは――あ、朝ごはんもだけど――宿の主人が「金はいつでもいいよ」と言ってみんなのぶん用意してくれた。晩ごはん食べながら世間話して、そう言えば、って、わたしの魔法の話。 「わらひが魔法を使えらいはずっれ、太古の本に書かれれらっれ、変りゃらい?」  お肉もごもご。 「モックスには魔法が使えないんですよ」  と、マリウス。 「モックスに? それが――」  と、いきなり話が核心に触れようとしたとき、ヴェルデが席を立った。 「わたし、そろそろ帰るね。明日はフレアと、スグリって子の病気を治しに行く約束してるから」 「あ、そっか。わたしのこともよろしく伝えておいて」 「わかった。ふたりは今日も泊まり?」 「あ、うん。船代とかもいるし、明日どうするか考える」  ヴェルデはひとの過去に触れたがらない子だった。みんなと「ともだちでいつづけるために」多くを知りたくないんだという。それは過去ばかりか、現在にも及ぶ。わたしとマリウスがふたりで泊まるって聞いてもリアクションないし。 「ヴェルデはどうやって帰るの?」 「わたしとフレアとグレイスは、ハーディ・ガーディにお金もらって、ルハーマイのポータルに登録してもらっちゃった」 「えっ? じゃあ、いつでも飛んでこれるの?」 「うん。ひとり金貨7枚要求されたけど、ぜんぶハーディ・ガーディ持ち」 「金貨7枚って、7万円? いいな、お金もちってぇ」  なんて言って「わたしたちも外貨稼がなきゃね」って話しながらグレイスはパタパタと帰り支度して去ってって、長い中断を挟んでお話の続き。 「あの、正直ちょっと混乱してるんだけど、もしかしてわたしって、モックスだったりする?」  なーんてね。お人形にこんな冗談通じるかなあと、冗談にするつもりで、でも、変な予感もちょっと感じながら―― 「ええ、そうです。両親ともモックスだと、魔法が使えないんです」  来たかー。とも思うけど、まだ気持ちが定まらない。 「ええっと、ちょっと待って。それって本気で言ってる?」  来たところでー。 「ええ。あなたがコジロウと呼んでるモックスがあなたの母で、父親は事故で亡くなったようですが、こちらもモックスでした」  なにが来たんだかー。 「それはあの、モックスがよく取り替え子するって言われてるアレで、わたしもどこかの家族の子と取り替えられたーみたいな?」 「そうではありません。モックスの取り替え子と言われているものも、じつはすべて人間がモックスを生んだ事例なんです」  思えば、トロールのボスのミロヒーゴから忌み子って言われたとき、じつはもう気がついてた気がする。 「いや、待って。モックスが人間生んだり、人間がモックス生んだりって、ナンセンスでしょう?」  なのにいまも、認めないフリをする。 「そうですか? 人間は2万人にひとりの割合で、モックスの劣性遺伝子を持ってます。親がたまたま両方ともモックス遺伝子を持っていた場合、4分の1の確率でモックスに、2分の1の確率でデミ・フェアリーと呼ばれる症候が出ます」 「ちょっと待ってー。わかんない。わたしは? 両親がモックス?」 「そうです。こちらの原理はまだよくわかっていないんですが、そもそも人類はモックスだったんです。モックスのなかから人類が生まれると、モックスは劣性遺伝ですから、モックスと人類の間に生まれた子はすべて人類になります。そして、モックスの1年に2回の繁殖期と比べると、人類は年間に13回という速度で繁殖する。それでどんどん人類が増えて、モックスが駆逐されていったんです。魔法を使う遺伝子は、人類の繁殖過程で生まれたものだと、コデックスに記されていました」 「受け止めきれない」 「そうですか?」  そうですかってなによ。 「ちょっと失礼かもしれないけど聞いていい? あなたは人類なの?」 「僕は月の民が作った人工生命です」  あっさりそう言われてもリアクションに困るんですけど。最初に聞いておけば良かった。てゆーか、みんな知ってたってことでしょう? まあ、みんなお人形って言ってたし、気付かないわたしがマヌケだった説もあるけど。もうちょっとドラマチックに告白されたかった。 「うーん。てゆーかさあ。わたし、コデックス・オブ・ライフにはなんか凄い魔法の使い方とかが書いてあるんだと思ってたの。でも書いてあったのイデンシのことなんだ?」  イデンシがなにかはしらないけど。 「ええ。人類の遺伝子の完全なマッピングと役割の記述があり、いくつかの入れ替えのパターンが記されていました。おそらく人類は、モックスが自分たちの叡智で生み出した、人工生命です」 「更に受け止めきれない」 「だから人類は神を創造したんですよ。己の尊厳を守るために」

第7話 野生の思考

二〇二六年 三月 三日
米・イスラエルの攻撃が3日目に入り、イラン政権は存続しているものの攻撃は継続。アメリカ側は「最も激しい攻撃はこれから」と示唆。イランによってホルムズ海峡が閉鎖され、物流への影響の懸念が広がる。
A 試される理性
 生徒会室にて。 「でも、こうも考えられる」  グレイスが言った。 「カルガモット卿は、シシリールーにコデックス・オブ・ライフを渡したくなかっただけで、魔法院がコデックスを廃棄するなんてのはウソ」  黒板には勢力図が描かれている。魔法院という大きな枠のなかに、シシリールー派閥、カルガモ派閥のふたつの円がある。 「いまさらそんなこと言われても。あのときはマリウスがボロボロにされてたし、わたしが勝てるとも限らなかったし……」  わたしの反論はディミヌエンド。 「そのことはいいのよ。なにがどう動いているかを検討しているの」 「カルガモット卿は、コデックスがシシリールーの手に渡るより、ガンフ・オルアに渡るほうがマシだって思ったってこと?」  ヴェルデが頬に指を当てて尋ねる。 「そうよ。カルガモット卿は騎士団と内通している」  と、グレイスはカルガモ派閥から、騎士団へとチョークを走らせ、 「その件で、魔法院での立場が怪しくなっている。ここでシシリールーがコデックスを手に入れて力を持つと――」  コデックスの絵をチョークでとんとんとん。 「カルガモット卿は魔法院を追われ、孤立する」  チョークを置いて手のひらをぱんぱんぱん。 「だれが本当のことを言って、だれが嘘をついているのか……。これはね、わたしたちの理性が試されてるの」  って、グレイスはわたしの方をチラリ。 「でも、シシリールーとカルガモだけで魔法院を語るのって、大根と玉子だけでおでんを語るようなものじゃないの? 長老のなんとかとか、双児がなんたらとか……」  そこにがらがらがらっと戸が開いて、フレア。学園長に呼び出されてたけど、戻ってきた。 「おかえり。ギー学園長、なんの用だったの?」  まあ、時期が時期だし、魔法院とのトラブルの話かと思ったら―― 「魔法院が、魔女っ子を一人派遣してほしいって」 「派遣?」 「派遣ってなに?」 「形式上は留学生ってことになる」  留学生にしたって、初耳。 「えーっ。なんかそれ、人質を差し出せって言われてるみたいで気持ち悪いんだけど」  と、ヴェルデはワニのミルク飲んだみたいなイヤーな顔。 「じゃあ、どうする? だれか募集する?」 「違うよ。見習いは含まず、正式な魔女っ子からひとりだから、この4人の内だれかだよ」 「ええーっ。なんて答えたの? 断ったよね?」 「断ったけど、断れないって」 「どういう意味?」 「魔法院から資金提供受ける時の条件にあったんだって。年間何人までの交換留学に無条件で応じる、って」  えーっ。そんな細かい条件まで気にしてなかったよーう。 「そういうことなら、仕方がないわね」  ヴェルデはため息をひとつついて、背もたれに背を預ける。 「モノには『マナ』が宿るって、わたしのお婆ちゃんが言ってたわ。贈り物をあげると、それには『マナ』――魂みたいなもの?――が宿ってて、受け取った側はそれに縛られる」 「なにそれ、呪い?」  そんな呪いのせいか、みんなどんより。だれかなんか楽しいこと言わないかなって思いながら、心のなかで楽しいことを探す。楽しいこと、楽しいこと。遠足とか、運動会とか。あとはまあ、ごはんだな。食ってりゃハッピー。 「ねえ、学園祭やらない? わたしたちで」  って、口火を切ったのはフレア。 「わたしも言おうと思ってたの!」って、ヴェルデ。 「ずるい! わたしもそれ言おうと思ってた!」って、わたしも急いで乗っかる。 「学園祭ね……」 「って、グレイスは乗り気じゃないの?」 「悪くはないけど、お金がかかるわよ?」  って、結局はお金かあ。 「まあ、お金はともかくだよ! わたしたちでなにかできることを探そうよ! 最悪みんなでポルカ踊るだけでもいいわけだしさ! それがわたしたちの学園祭なんじゃない!?」  フレアの熱弁。 「そうね。じゃあ、学園祭の実行委員長は、盛り上げ係のアリスロッテで!」 「あ、わたし?」  というわけで、学園祭を開くことになったわたしたち! いまは留学のことなんて考ええないで楽しもう! と思って駆け込んだのはとうぜん駄菓子屋のレイチェルが部長を務める錬金術部! 「ねえ、レイチェル! 学園祭開くんだけど、お安く開けるナイスアイデアないっ!?」 「あぶっ!」  レイチェル、謎の奇声を発して薄い本をしまう。 「その本どうしたの? 硝子牙グラッシーファングの新作? うにもや? あ、いや、どうでもいいや。あのね、学園祭開くことになったの。でも、うちの学校、お金ないでしょう? 魔法院に出してもらうと、なんかいろいろめんどくさいこと言ってくんのよう。だからほら、あんたお金のことくわしいでしょう? なんとかなるんじゃないかなーと思って――」  と、ふと見ると、机の上に薄い本が何冊も。薄い本ばかりか、園芸部の果物の箱に、採掘部が掘り出した鉱石? 釣り部が釣ってきた魚? それに狩猟部の獲物に、レザークラフト部が加工した革製品に美術部の彫刻、陶芸部のツボ、飼育部のヤギまで、いろいろある。 「――これ、どうしたの?」 「ええっと、これは……『円』と引き換えに……」 「買ったってこと? でも、そんなにお金あったっけ?」 「簡単に説明するとね、銅貨だけだと流通量が足りなくなって、みんな困ってるっぽかったから、紙幣を発行したの」 「シヘイ? 軍備してるの?」 「私兵じゃないわよ! 紙幣! アクセントは最初! アフレコ用語でいうと『アタマだか』! それじゃあもう1テイク、シヘイの発音はアタマだかでお願いしまーす、の、『アタマだか』で幣!」 「紙幣ってなに?」 「これよ」  レイチェルは数字が書いてある紙を見せてくれた。 「これがなに?」 「お金。1枚で千円の価値があるのよ」 「えっ? わかんない。ただの数字書いた紙っきれじゃん。なんで価値があるの?」 「この紙幣があると、駄菓子と交換できるの。つまり、円と同じように使える。わたしがこの紙の円を駄菓子と交換することで、紙っきれの価値が保証されて、生徒同士の間でも、千円としての価値を持つことになるの」 「マジで!? それじゃ、これたくさん作ったら、学園祭の備品とかいっぱい買えるじゃん!」 「あ、でも、この学園の外では使えないわ。だから、駄菓子を仕入れるときは、いろんな部からかき集めた薄い本や魚やヤギを売って換金するのよ」 「なんかよくわかんないけど、すごい!」 「だから、学園内で手に入るものだったら、紙幣をたくさん刷ればいくらでも手に入る」 「ん? でもさ、こんだけいろんなもん掻き集めたってことは、みんなもういっぱい紙幣を持ってるんだよね?」 「そうだよ。各部の部長が一括で交換して、それぞれの部員に配ってるみたい」 「それって、余ったりはしないの?」 「ふっふっふ……学園に円があふれたら、もっともっと価値のあるものを投入すれば良いのよ!」 「というと?」 「駄菓子は十円からせいぜい百円でしょう? これだけだとみんなお金をもてあましちゃう。これをインフレと言ってね、お金の価値がなくなるってことなの」 「ふむふむ。しらんけど」 「だけどそこに! 千円とか1万円とかする商品が投下されたって考えてごらんよ! みんなそれを買うためにお金が欲しくなる!」 「なるほど! それってあんたが考えたの?」 「違うわ。外の世界ではみんなやってるのよ。たとえばアストルティアっていう異世界では――」 「どこそれ」 「エルフとかドワーフとかいて、勇者姫が――って、いいから聞いて! そのアストルティアでは、『冒険者のお出かけ便利ツール』ってのを使っていくらでもゴールドを稼ぐことができるの。そして、このゴールドはアストルティア内では、ほとんどが競売所を通して取引される。だから、その手数料の5%が取引ごとにシステムに吸収されるの」 「あ、うん、わからんけど」 「すなわち、取引ごとに、ゴールドの一部は消滅する。そして、それにプラスして、『しぐさ書』や『チャーム』や『マイタウン権利書』と言ったアイテムが、『お出かけツール』から供給されて、これらが数百万とか数億ゴールドで取引されるので、ユーザー間――」 「ユーザーってなに?」 「――もとい。国民の間でお金が余るなんてことはないし、取引額の5%は必ず消滅するので、インフレは低く抑えられてるの!」 「つまり、ウィッチリアでも『マイタウン権利書』を売り出すってこと!?」 「そうね……でも、駄菓子屋にマイタウンは難しいわ。そこでわたしが考えたのがこれよ!」  と、レイチェルは手のひらに豆を乗せて見せてくれる。 「それは?」 「これは……マタタビのように見えるけど、タマタマビタビタっていう人間の男に効く禁断の木の実……これを食べると……」 「食べると……?」 「タマタマが欲望でビタビタになって、ひとを愛さずにはいられなくなるのっ!」 「きゃ~っ! あなたってヘビよっ! 淫らなヘビだわっ!」 「これを1個1万円で売る」 「強気! 売れるの!?」 「売れるわよ。だってうちの学園の男って、非モテが染み付いた覇気のない男ばっかりでしょう? ブサイクブサイクって言われて育ってそうなっちゃったんだけど、綾野剛だって星野源だって、よーく見たら別にそんなにイケメンじゃないわよ」 「実名出すなコラ」 「ムロツヨシだって大悟だって、あ、いけるかな? って感じる瞬間ってあるじゃない?」 「実名~っ」 「で、じつはうちの学園のブサイクにも、部活で開花してキラキラ輝き始めた子がいっぱいいる! 中学に入って学生服着てるの見て、あれ? あいつあんなにカッコ良かったっけ? うそ、背も追い越されてるじゃん! やだ、わたしなんでときめいてるわけ? ってなったあの子みたいに! なのに! そんな子に限って奥手なのっ!」 「あー。わからんでもない」 「そんな子にこの実食べさせて、タマタマをビタビタにしてあげたいっ!」 「発想が犯罪者」 「それでね。コートで効果を試したいの」 「またコートで?」 「わたし、ほら、恋多き乙女じゃん? コート以外にも恋を楽しみたいし、ぶっちゃけいつ浮気しちゃうかわかんないのに、彼がすごくわたしに一途で、それが辛くて……」 「それを聞かされるわたしが辛いんですが」 「だから、この実を彼に食べさせてあなたとふたりきりにして、あなたに襲いかかる現場を押さえたい」  またそれかー。 「まあ、無理だったらフレアでもいいんだけど……」  しくしくしく……。  コートのためかどうかはわかんないけど、どうせ他のオンナとやるんだったら……。 「やるけどさー」  こんこんこん。  こんこんこん? ノックの音? だれだろう。 「はーい。入っていいよー」ってレイチェル。 「おじゃましますー。郵便部ですー」 「また例の」 「アリスロッテさんに、天文部からメモを預かってきましたー」って、郵便部はメモを手渡すと去ってった。 「もしかして、人類滅亡までのカウントダウン?」 「そう。惑星の配列でわかるの」 「どれどれ?」  と、レイチェルに覗き込まれながらメモを開くと、そこにあったのは――  ――人類滅亡まで、あと115日 「なんか、こないだと比べてめちゃくちゃ減ってない?」 「いやいや、こないだなんか8日まで行っててびびったもん」 「戻したんだ」 「うん」 「それ、信用できる数字なの?」 「いらっしゃいアリスロッテさん。ごめんなさい、散らかったままで」  って、何も知らないコートが迎えてくれる。 「いいのいいの。こんなのぜんぜん片付いてるほうだよ。わたしの部屋なんかゴミ溜めだもん」  ってゆーか、錬金術部もゴミ溜めだし、レイチェルも一人で暮らしてたらゴミ溜めになるタイプじゃないのかな。 「そうだ、コート、お客様のためにお菓子買って来てくれる?」 「あ、いいですよ。おいしそうなの選んできます」  と、レイチェルがコートを追い出し、作戦スタート! 「これ、『プリッピー』の新味ってことにしてコートに食べさせて」  って、レイチェルからタマタマビタビタの実をもらって、レイチェルはなぜかフルオープンでドレッサーに隠れる。 「なんで脱ぐ必要あるの?」 「これがわたしの戦闘服なのっ!」 「ああ、はいはい」  レイチェル隠れてスタンバイOK!  こんこんこん。と、ドアの音。  コート戻ってきて、「あれ? レイちゃんは?」って見渡すけど、「お花を買いに行ったみたい」ってシナリオ通りにことを運ぶ。コートが椅子についたところで―― 「これ、レイチェルから預かった『プリッピー』の新味。今度売り出すんだって」 「へー。プリッピーの新味ですか! 僕、プリッピー大好きなんです!」  えーっと。 「一応断っとくけど、すごい精力がつく豆らしいの。もう、自分がわからなくなるくらい」  一応、コンプライアンス的に。 「でも、レイちゃんが薦めてるんですよね? だったら僕も応える義務があります!」  あの女のどこをそんなに信用してんだこの男、目ん玉腐ってんじゃねえぇのか? とジト目で見てたら、コートがパクっ。 「プ、プ、プ、ププ……プ……プリッピィィィィィッ!」  みるみる紅潮する頬! 「お……おかしいです! ……なんだかすごいドキドキします!」  と、額の汗を拭き始める。 「な……なんか……どうしたんだろう……」  股間を押さえてモジモジ。 「どうしたの?」  いやん、アリスロッテ、しらじらしい♡ 「……アリスロッテさんっ!?」  コートは立ち上がって、わたしににじり寄って、肩を抱いて……近いっ! 顔が近いっ! ドキドキするわっ! 「くっ……いえ……僕にはっ……」  苦しんでる苦しんでる。肩に置いてた手をワナワナさせて、猛り狂うように服を脱ぎ捨てると、普段より何倍も大きくなった特大のチュロスがどっくんどっくん。先っぽはヌルヌル。テーブルを抑える手がプルプル震えている。 「ア、アリス……ロッテ……」  そして再度、その手はわたしの肩に! 痛い……男の子の握力……だけど! 「ぼ、僕にはレイちゃんが……」  コートはゼェゼェと肩で息をして、己のカラダをわたしから引き剥がし、手でアタマを掻きむしり、「うおおおおおおおおおっ!」と叫んで壁に向かい、そこに開いた穴にチュロスをぶち込んで、激しくストロークするとぐわんぐわんと部屋が揺れる! 「コートっ!?」  このままじゃまずい! 壁の穴は小さいし、チュロスがザクザクになっちゃう! こうなったらわたしが……。  いや、待てよ? これ、ディメンション魔法で、コートの凸ってるとこ、レイチェルの凹ってるとこに繋いじゃえばいいのでは?  よっしゃやってみよう!  と、実行するや、クローゼットの中から「ひゃうんっ!」という謎の奇声が上がる。 「レ、レイちゃんっ……!」  コートのチュロスにもその感覚が伝わったのか、いくらかその声は穏やかに。コートのストロークに合わせて、クローゼットからは、「ひゃんっ!」「あふん!」「んぴゃっ!」っと、特徴のあるレイチェルの声が響く。  うん、まあ、それはいいんだけどさ。わたし、どうすればいいのよ。
B 密室監禁! 姉と弟のタマタマビタビタ!
アマ祖根洲ゾネスの国って知ってる?」 「知らないけど、なんなの?」 「10年前の戦争で、男たちがみんな戦死しちゃって、女だらけになった国があるの」 「あらー。それって、高いとこのモノ取るときとか、ジャムの蓋開けるときとか、めっちゃ困りそう」 「それだけじゃないわ。祖根洲ゾネスでは若い男の奪い合いが起きないように、イケメンシェアシステムが導入されたんだけど……供給が少なすぎて需要を満たせてないの!」 「何人でシェアするかにもよるよね」 「そこでこれよ!  ターマーターマービータービーター!  ぱっぱぱらっぱーぱっぱぱらぱーぱー!」 「なるほど! これを売って外貨を稼ぐ、と!」 「そうよ! そしていずれは円が基軸通貨になるのよ!」 「きじくつーかってなに?」 「小麦を買うときも、大豆を買うときも、鉄鉱石を買うときも、みんな円で取引するようになるの! しかも小売だけじゃないわ。仕入れにも使うから、何億という円が動くことになる!」 「で、で、でも、何億って円を手に入れたひとがみんなで駄菓子を買いに来たらどうするの?」 「ふっふっふ。駄菓子と等価交換できることを保証した駄換紙幣だかんしへいだったら交換の義務はあるわ。だけど、わたしが発行する円は不換紙幣ふかんしへいって言って、駄菓子と交換できる保証はしていないの!」 「うわー。それただの詐欺じゃん」 「そうじゃないわ。駄換紙幣だかんしへいは在庫にある駄菓子の量までしか発行できないから、せいぜい数百万しか発行できない。これじゃあ大口の取引には使えないじゃない? これを発行額をばーんと増やして、みんなで使うことにすればー? なーんとなんと! 『みんな使ってる』って事実が紙幣の価値に早変わり!」 「つまり、発行し放題!?」 「そうね。でも、市場で余っちゃうと価値が崩れちゃう。価値がフラフラするような貨幣は信用して取引に使えないから、そうなると『騎士団が発行したドルで取引しようぜー』みたいな流れになって、あれよあれよという間に円は紙くずになっちゃう」 「うわー。そーゆーの見てきたように話せるところがすごいよね」 「逆に、円でしか買えないものをたくさん作り出せば、円の価値は上がるし、そのぶんたくさん発行できるようになる」 「円でしか買えないものって?」 「たとえば、ウィッチリア魔女っ子学園の部活動を応援するためのプロマイド。これを1枚5百円で売り出して、たくさん持ってるひとは学園祭で魔女っ子と握手できるようにするの」 「それたぶん、学校に禁止される」 「いいのよ! 例え話なんだからっ!」 「でも、5百円でしょう?」 「そうよ。だけど、数に限りがあるのよ? そうなると魔女っ子と握手したいひとは、5千円とか5万円とか出しても手に入れたいって思うでしょう? それをウィッチリア学園の取引所のみで取引できるようにして、そこでは円しか使えないってなると、みんな円を手に入れるしかなくなる!」 「おおっ!? だけどまって! 魔女っ子人気が衰えたらどうなるの!? 騎士団にも騎士っ子♡倶楽部みたいなのができて、みんなでそっちのプロマイド買うようになっちゃったら?」 「そうなったらオシマイよ。円は紙くずになる」 「ええ~~~~~っ!?」 「そうならないように、魔女っ子は常に研鑽して、新しい衣装を着て、新しいメンバー入れて、EVに対応して、世界基準のコンプライアンス守って、新しい魔法を身に着けなければいけないの!」 「うわぁ~~~っ! オタクが嫌いそうな要素混じってる~っ!」 「とりあえず、まずはそのきっかけとしてタマタマビタビタの実を売り込む! すでに原資となる円はODAとして何億か投入されているわ」 「いつの間にやってんの、それ」  てことでやってきました薬草部~! 「アリ姉、レイ姉、こんちゃ」 「よう、タルト、例のもの用意できてる?」って、レイチェルはさばさばとタルト――学園唯一の男の子の魔女っ子でヴェルデの弟――に声を掛ける。 「タマタマビタビタの実? それならもう木箱3つぶん用意できてるよ!」  って、タルトもさばさば返すけど。 「ねえ、レイチェル。あんた、薬草部にこれ栽培させてるの?」 「そうよ。園芸部からは拒否されちゃったから、しょうがないじゃない」 「それが普通でしょ。ヴェルデはなんでこんなもの引き受けたの?」 「ああ、ヴェル姉は硝子牙グラッシーファングってひとに夢中で、一粒食べせたい――」  ボカッ! 「勝手なこと言わないのっ!」  ヴェルデ登場。真っ赤。 「なーんだ。ヴェルデもちゃんと女子じゃーん。安心しちゃーう」 「うるさいわねっ! そんなんじゃないって言ってるでしょう!?」 「ためしにタルトも一粒食べてみる?」  ボカッ! 「わたしの弟にヘンなことしないでっ!」  殴られた。 「大丈夫だよヴェル姉。アリ姉もレイ姉も女として見たことないし、へんな気は起こさないって!」 「言ったなぁ? だったら試してみるかぁ?」  ボカッ! 「暴力反対っ!」  馬車部が用意してくれた馬車でアマ祖根洲ゾネスの国へ!  荷台には3箱のタマタマビタビタと、わたしとレイチェル、それにヴェルデとタルト。ヴェルデは薬草取扱資格持ってるから必須。タルトはジャムの蓋開ける係。 「交換留学生の件、学園長から詳しい説明を聞いたわ」  現地へ向かうまでの、長い街道でヴェルデが話した。 「長老の露払い役のウンズ=リィとメンズ=リィっていう双児がいるんだけど、そのふたりが魔女っ子を傍に置きたいんだって」 「えっ? 双児って変態なの?」 「そんなことないと思うわ。10歳くらいだって聞いたし、まだまだ子どものはずよ」 「じゃあ、純粋に魔女っ子への憬れ?」 「だったらいいんだけど、甘く見ないほうがいいわ。双児は、単に学生として魔女っ子が欲しいんじゃなくて、魔女っ子を媒介した『マブダチの構成』――つまり、魔女っ子留学生を通してウィッチリアへの影響力を持ちたいの」 「マブダチの構成とは?」 「たとえばわたしが双児のクラスに入って、毎年年末に利尻産の昆布なんかを贈るようになったら、受け取った側もお礼として地元で穫れた桃とかを贈らざるを得なくなる。魔女っ子側にも双児の管理する財産を手に入れるメリットがあるし、どちらにもメリットはある」 「メリットあるならいいんじゃん。じゃんじゃん交換留学しようよ!」 「でもね、ちょっと引っかかるんだよね」 「なにが?」 「留学は個人が主体でしょう? でも現実には、集団間の同盟だし、その交換は制度化されている。わたしたち個人の意思はどこに消えてるの?」 「そっか……断れないし、なんか不自由な決まりではある」 「これを彼らは『野生ヤンキーの思考』って呼んでて、そこには『努力』『根性』『運』『気合』『転校生』『アニメの第二期』『ホクロ』『ドンキホーテ』などが含まれてて、『魔法』ってゆうのは、それを操る力だっていうの」 「ええっと、転校生から先がわかんない」 「まあ、奥深いものなのよ」 「ほんでその、双児って言われてる子たちは、なにか企んでるの?」 「わかんない。いま、騎士団でアリアナ姫が危篤に陥ってるって噂もあって……」 「え、まって。アリアナ姫が? なんで?」 「もともとカラダが弱かったのよ。カルガモット卿の秘術で生きながらえてるけど、そろそろ限界が来てて……。もしものことがあれば騎士団は暴走する可能性がある。そのときに、魔法院と魔女っ子が対立してるとよくないって考えてるんじゃない?」  と、話していると馬車は停車。 「ついたよー」って、馭者台に座る馬車部の部長のパエトーナ。初出。 「この国は、騎士団の影響力が強いから、基本、魔法は使わないでね」  って、ヴェルデに注意されて、とある集落の庄屋の家の前へ。  アマ祖根洲ゾネスの国……わたしもレイチェルに聞くまでよく知らなかったけど、俗称を密林族アマゾネスと言い、焚き火キンドルを囲んで、多くの言葉を交わしていたという。そこには近親間でのエトセトラ、動物とのエトセトラなど、多くのタブーがあり、案内線ガイドラインを超えると、この世界アカウントごと消失バンされると言われている。 「相手はちょっと気難しいひとだから、ビジネスの話はぜんぶわたしがする」と、レイチェル。 「わたしたちの役目は?」 「話がこじれて力で捻じ伏せる必要が生じたら、お願い」 「うわー、ぶっそうな話」 「でも、魔法はダメ」って、ヴェルデ。 「魔法を使うと警報ガエルがゲコゲコ鳴き出して投獄されちゃうの」  魔法なしで戦えと言われても……いちおう、魔法銃クルシン・デシネは持ってきてるけどさあ……。  ずずずずずん、と扉が開いて、屋敷のなかへ!  広間へ通されて待つこと5分、庄屋様、メアリ・ショー・ジニィの登場!  ひととおりの挨拶と自己紹介を終えると、まずは向こうのターン。 「ウィッチリア魔女っ子学園の話は聞いている。魔法銃クルシン・デシネを手に入れたそうだな」 「えっ? どうしてそれを?」 「学園の生徒の間で噂になっていると、出入りの業者が教えてくれた」  あ、なーるほど。そのへんたしかにザルだわ。 「クルシン・デシネは、名前と裏腹に、絶対に死ぬことのない銃だと聞く。もともとは城や町を吹き飛ばすために作られたもので、皆殺しのドミノがその二つ名を返上せんがため、決してひとを殺さないように設計させたらしいが、死ぬのと同等の苦しみを与えることは避けられなかった。そしてそこがこの銃の恐ろしいところだ。並の銃ならば、苦しみは一瞬、死がすべてを解放してくれるが、クルシン・デシネは生涯に渡り死の苦しみを与える」 「あ……そ、そうなんですよ……ヒドイ銃なんです……」  知らなかったけど。 「その銃、いま持っておるのであろう? どうだ? わたしにその効果を見せてはくれぬか?」 「えっ? 見せろと言われても……」 「例の者を連れて参れ!」  庄屋様メアリがぱんぱんと手を叩くと、ロープでしばられた見すぼらしい男が連れてこられた。 「昨夜、当家に入り込んだ賊だ。知っての通り、この国には男手が少なく、死刑が禁じられている。おかげで、盗賊どもは何をやっても命までは取られぬと思い、我が物顔だ。そこで、だ。この男に『死の苦しみ』を与えて欲しいのだ」 「あ……いや……さすがにそれは――」 「この男、見張りに立っていた女を二人殺し、うち一人には死後に辱めを与えた。死んで償うのが当然のところを、苦痛で赦してやろうというのだ。わたしのこの寛大な判断に不服があるというのか?」 「いやー、不服ってゆーかー」 「やります! いますぐ準備いたしますのでしばしお待ちを!」  わたしが躊躇ためらっていると、レイチェルが割り込んだ。 (いま聞いたでしょ!? 殺されて当然の男よ!?) (それってわたしがやるの!?) (学園祭のためでしょ!? 覚悟を決めて!)  ええい、学園祭のためならいたしかたない! それにいままで二桁は殺して来たんだ! ここで躊躇するような人格者でもないし! ここはあっさりと!  わたしが魔法銃クルシン・デシネを男に向けて引き金を引くと、そこに吐き出された邪気は一気に男に流れ込み、男を苦悩に打ち回らせた。  銃撃は一瞬。  その一瞬が、男に生涯消えぬ苦しみを植え付ける。  その苦しみが身体のどこに、どう生じたかは不明だが、男は身体を床に打ち据え、初めこそ叫び声をあげるが、白目を向き転げ回るうちにその声も途切れ、ただ喘鳴を漏らしてのたうつだけになる。幾度も額を床に打ち据え、そこに血の跡がにじみ、メアリはほくそ笑む。「あがっ、あがっ」と、声にもならぬ声に耳を塞ぐと、突如、警報ガエルが一斉にゲロゲロと鳴き始めた。  ゲロゲーロ、ゲロゲーロ、ゲロゲロゲロロ、ゲロゲーロ……。 「魔法?」 「だれが?」  うなだれたまま、呪文を唱えているのはヴェルデだった。  回復魔法だ。男の苦しむ姿に耐えられず、なかば反射的に詠唱したようだったが、それがクルシン・デシネの苦しみを和らげることもなく、ただカエルがゲロゲロと鳴き続ける。  ゲロゲーロ、ゲロゲーロ、ゲロゲロゲロロ、ゲロゲーロ……。  その後すぐに、わたしたちは取り押さえられて水牢に叩き込まれた。 「ごめんなさい……。わたしが魔法使っちゃったばっかりに……」 「ヴェルデが謝ることないよ」  パエトーナは馬車に残ってるけど、連絡手段はない。水牢には警報ガエルが何匹もいて、たぶんこれ、双子原ふたごばるの庄屋の地下牢と同じで魔法を使うと水が流れ込むヤツだ。 「馬車に積んでる荷物、奪われてなきゃいいけど」 「ここを出て、もしそんなことになってたら、わたしヴィゴで屋敷踏み潰す」 「そうね……そのためにはここを出る方法を考えないと……」 「そうだ、アリスロッテ。クルシン・デシネって、城も町も破壊するんだよね? ここの壁壊せない?」  と、レイチェルが思いつくけど、 「殘念。さっき撃ったのでラストだったっぽくて、もう光ってないの」  わたしは灯りが消えて暗くなった魔法銃をレイチェルに見せた。  想像を絶する悲しみがわたしたちを襲った。  そして肩を落としたまま、レイチェルが呟く。 「……こんなときね……コートはいつも慰めてくれたんだ……」  こんなときに惚気のろけ!? 「僕たちにはモロッコヨーグルがある――どんな悲しいときも、辛いときも、10円持って駄菓子屋にいけば、また前を向いて歩き出せる――」  あううううう。それ聞いたことあるよ。ほんとはわたしがコートと結ばれるはずだったのに。なんでこんな惚気のろけ話を聞かされなきゃいけないの? 「わたし、駄菓子持ってきたのっ!」  って、レイチェルが急に笑顔になって、駄菓子を広げる。 「これ食べて、元気だそ!?」  くっそー。幼馴染に彼ピ盗られるなんてフィクションでしか聞かないと持ってたのに。 「そうね。おなかが膨れたら、いいアイデアが浮かぶかもね」  ヴェルデがモロッコヨーグルを手に取る。 「そうだよ。まずは腹ごしらえ!」  レイチェルはよっちゃんイカ。 「しょうがないな、もう!」  って、わたしはクッピーラムネ。 「それじゃ、俺も!」  って、タルトは新味プリッピー。  みんな一斉に「いただきまぁーす!」って、まって! タルトのプリッピーって!? 「プ、プ、プ、ププ……プ……プリッピィィィィィッ!」  みるみる紅潮する頬! 「うおおおおおおおおっ! みなぎってきたみなぎってきたぁっ!」  タルトは立ち上がり、服を脱ぎ始める! 「タルト! なにやってるのっ!」  隠すべきところがフルオープン! 「ご、ごめんなさい! あのプリッピィ、ほんとはタマタマビタビタの実なのっ!」  レイチェル謝るけどもう遅い! 「レイ姉ちゃんっ!」  タルトがレイチェルに襲いかかる! わたしじゃないんだ! わたし、レイチェルにも負けるんだ! レイチェルも「ざんねんあたしでしたーっ!」って顔してるし、おまえはなんなの!? 「だめよタルト! 落ち着きなさい!」  ヴェルデが諌めると、今度はヴェルデに! 「姉ちゃん、俺ッ! 俺もうがまんできないッ!」  コートのときと同じ! 猛り狂うチュロスが荒ぶって、水牢に溜まる水面に波紋疾走! 「ま、まって! 姉弟なのよっ!?」  しかし男の筋力は強い! しかもプリッピィパワーで増強! 女三人で抑え込んでも、すぐに払い除けられる!  わたしはクルシン・デシネを取り出して、タルトの首に回して後ろから抑え込む!  そのクルシン・デシネをタルトが掴むと、銃身が輝き始める!  こ、これはっ!  タルトの湧き上がるパッションでクルシン・デシネがチャージされていくぅぅぅぅ!  その後、わたしたちは、チャージされたクルシン・デシネで牢の壁を破壊、ついでに庄屋の屋敷も吹き飛ばして、箱に3つぶんのタマタマビタビタはそのままウィッチリア魔女っ子学園に持ち帰りましたとさ。  めでたしめでたし。

第8話 ニュー・アソシエーション

二〇二六年 三月 五日
日本人二名がイランから退避。現地の日本大使館が手配した車で首都テヘランから陸路で移動し、4日午前5時ごろ、隣国・アゼルバイジャンの首都バクーに到着。同日、日経平均株価が史上5番目の下げ幅を記録。
A ですの系の転校生
 雨の日だった。  ヴェルデがまとめた荷物が濡れないように、ポーチぎりぎりまで馬車を寄せて、傘をさしていた。 「いろいろ気がかりなことはあるけど、あとは頼むわ」  ヴェルデは寂しさを笑顔で隠して、その上に雨の雫に濡れた髪先を貼り付けていた。 「大丈夫よ。祖根洲ゾネスの通商連合には話をつけて来たんで、すぐに円で取引できるようになる。そうなるともう資金の心配はなーんもない!」  レイチェルはひとりだけレインコート。 「気がかりって、具体的には?」  グレイスが低い声で尋ねると、割り込んでフレア。 「見習いの封印を各自3つ解かなきゃいけない件とか。話題に出ただけで、その後なんもないし」  フレアの傘は、箒とリバーシブル。 「ああ、あれだったらみんな各自で解いてるみたい」 「そうなの? 12階位以上の魔法使いにしか解けないって言われてなかったっけ? これも神の計画ごつごうしゅぎ?」  濡れた傘を、肩の上でくるくると回す。 「それで? あなたの気がかりは?」  って、グレイスが訊いて、やっとヴェルデのターン。 「キア領で会った、ラズベリィって子、いるでしょう?」 「あの、貧乏でタニシ食べて寄生虫に当たっちゃった子?」 「そう。それは弟だけど、姉のほう。彼女おそらく、魔法を使えるわ」  小首を傾げてこちらを見て、わたしの同意を確かめる。 「ヴェルデもそう思った?」  フレアが乗る。 「そう。いつか魔女っ子服をプレゼントして、ここに誘おうと思ってたのに……」  言葉が途切れると、雨音がふと大きくなる。 「わかった。わたしたちでやってみるよ」  うん。小さく返事をして、寂しさを振りほどくように足を軽く上げて、馬車に乗り込む。森は古い樹皮の間に溜め込んだ匂いを、白い霧にして吐き出して、その深い湿度のなか、馬はゆっくりと足を踏み始め、雨にぬかるむ土を踏んで、静かに馬車は動き出す。 「あの馬車で幽鬼エニグマの森をつっきって魔法院まで行くの?」 「細かい設定のことは忘れて」  その雨のやまないうちに、交換留学生が現れた。  チノ・リキュー。黒い長い髪で、背丈はわたしと同じ、空が広いタイプ。黒いブラウスにミストグリーンのジャンパースカート。歳はわたしたちと同じ、時間軸異常フリークエンシー・カタストロフ補正込みで14歳。学園を出ると、わたしたち同様に24歳になる。これはこの世界、美少女劇スペクタクルの仕様。14歳のわたしたちを演じているときだけ、わたしたちは14歳。それはただ少女を題材にエロを描きたいためだけの神の計画ごつごうしゅぎと言われているけど、神はその弾劾を逃れるべく、複雑な哲学概念の網を張り、それは哲学そのものが人類を免罪するための仕掛けだと暴く粗野な暴力にも見える。免罪されてきたのは概ね男。そしてその男の罪が分解・解体され、零の地平に叩き落されたとき、美少女劇スペクタクルの新しい世界、零度のエクリチュールが姿を現す。それは限りなく透明で、真空よりも更に真空で、そこに生じた真空は連鎖的にこの宇宙を崩壊させるのだと、わたしたち魔女っ子のマスター、ベルカミーナは教える。 「魔法院って、男子しかいないと思ってたから、交換留学生も男だとばっかり思ってた」  わたしが言うと、 「やっぱり男が良かった?」  って、フレア。 「そりゃそうよ。転校生男子ってカッコいいって相場が決まってるもん」 「そうやって呪いをかける」  呆れたようにグレイス。 「呪いってなに?」 「物語の舞台に上がるのは美少女とイケメンだけ、という呪い。美少女でもイケメンでもない転校生は、どんな気持ちでクラスの前に立てばいいの?」 「そーゆーことは大学の先生になって、自分の講義で言ってよ。友達同士だよ?」  チノは魔女っ子じゃない――つまりベルカミーナのゼミ生ではなかったけど、カルガモット卿のゼミで第2階位のイニシエーションをパスしていた。つまり、わたしやグレイスやフレアと同じ。副生徒会長のヴェルデの穴を埋めるのにはちょうどいい。  転校してきたその日、生徒会室に来てもらった。  ひととおりの自己紹介を終えて。 「いま、学園祭の準備中で、生徒会役員が4人から3人に減っててんてこまいで――」  と、言いかけたわたしの言葉を、横からフレアがもぎとる。 「よかったらチノさん……ええっと……チノでいい? わたしのこともフレアでいいから――」 「ええ、かまいませんの」  ですの系。 「――チノもちょっと学園祭手伝ってくれない? ちょうど資金の目処がついたとこなんだ」  さて、このフレアの説明で、どのくらい通じるのやら。 「資金の目処と言いますと?」 「この3人とは別に、レイチェルってゆー駄菓子屋の守銭奴がいて、そいつが祖根洲ゾネスの通商連合に話をつけてくれたんだ」 「……祖根洲ゾネスの高利貸しに?」 「高利貸しなの? 詳しくは知らないけど、こっちで発行する円をベースにした取引になるって、レイチェル言ってたよ」 「……」  チノは小さくため息をついたかに見えた。 「どうしたの?」 「世界の滅亡が迫ってて、騎士団と魔法院は一触即発……ラゴールとガンフの間もどうなるかわかりませんのに……あなたがたは祖根洲ゾネスと戦争する気ですの?」 「あ、いや、なに言ってるかわかんない。お金の話だよ?」 「そうですか。カルガモット先生がわたしをここに派遣した理由がわかった気がしますわ」 「更にわかんない。なんかチノってさあ、ひとのこと勝手に納得する雰囲気の悪いひとって印象になっちゃってるよ? ちょっと払拭してみない?」  めんどうな言い回しで、フレアがチノに説明を求めて、チノは薄っすらと笑みの浮かんだ凹凸のない顔をフレアに向ける。 「わたし、カルガモット先生の『ニュー・アソシエーション』を支持してますの」  また新概念? 「――その論理では、ラゴールや騎士団に象徴される王制はカテゴリーB、祖根洲ゾネスの金貸しに象徴される資本主義はカテゴリーCに分類されてますの。そのなかでわたしたち、カルガモット卿派閥が目指すのは、カテゴリーD、すなわち、ニュー・アソシエーション」 (雰囲気の悪いひとって印象、払拭できた?)――わたし。 (別の印象で上書きされた)――フレア。 「ちなみに、カテゴリーAもあるの?」 「長老会が、『野生ヤンキーの思考』って呼んでるものが、カテゴリーA。そこには『努力』『根性』『運』『気合』『転校生』『アニメの第二期』『ホクロ』『ドンキホーテ』『爆竹』『駅前の裸婦像』『竹下のブラックモンブラン』『縁日の金魚すくい』『従姉妹のお姉さんの膝枕』などが含まれますの」 「まえに聞いたときより増えてる」 「相変わらず『転校生』より先がわからない」 「冷静に考えるからわからなくなりますの。こう……無心で目を閉じて……目の前に浮かぶ景色をただ見つめるだけ……」 「ええっと、駅前で不良がブラックモンブラン食べながらアニメの第二期のこと話してる場面しか浮かばない」 「わたしもそれが浮かびますの……」 「あ、いいんだ、それで」  まあ、いいか。キャラは掴めた気がする。でもそうだ。これだけ聞いとかないと。 「うちの学園って、女子はみんなベルカミーナ派閥なんだけど、チノはカルガモ――ええっと、カルガモット卿の派閥なんだよね? やっていけそう?」 「ええ。コガモ隊の隊長の誇りにかけて、がんばりますの!」  コガモ隊っ! カルガモのゼミ生、コガモ隊っ!  チノがわたしたちに馴染むのに、時間はかからなかった。事実、ヴェルデが「魔法を使える」と言ったラズベリィの家を訪ねるとき、わたしとグレイスとフレアの3人が乗る馬車に、チノも加わった。  グレイスは新しく仕立てたラズベリィ用の魔女っ子服を持ってる。色はちょっとフレアと被るけど、赤系。少し紫に近い感じの、深い色。魔法院が発注してるのと同じ仕立て屋に、同じ仕様で頼んだ。わたしたちの魔女っ子服と同様、これを着れば魔力は何倍にも高められる。  背の高い草の生えた細い小径を抜けて、目的地に到着。馬車を庭に停めて、ラズベリィを呼んで、事情を話すけど、ラズベリィはあまり乗り気じゃない。 「でも、スグリと父を置いて魔法学園には行けない」  弟のスグリの寄生虫は、ヴェルデの魔法で治療は済んでいたけど、父親の足の方はヴェルデには手の施しようがなかった。スグリはまだ幼く、農場の仕事はほとんどラズベリィが担っている。そうか。とんとん拍子に行くとは思ってなかったけど、手応えゼロは厳しい。どんよりしてると、更に追い打ち。 「それに、農地を整備した時の借金も返さなきゃいけない」 「借金って、いくら?」 「8百ゴールド」 「円だと8百万円か……レイチェルに言えば、なんとかなりそうな気がするけど……」  と、思案していると、 「返す必要なんてありませんの」  チノが言葉を割り込ませる。 「借金はおそらく、キア領の農地支援からだと思いますが、その基金を拠出しているのは祖根洲ゾネスの通商連合です。返す必要はありませんの」 「いや、そうは言っても借金は借金だし」  フレアは真面目に応える。でも、チノは続ける。 「祖根洲ゾネスの通商連合が持ってるお金は、もともとはカイ領マルロー伯から預かったお金ですの。マルロー伯は死の商人として数々の武器を周辺諸国に商いました。ひとを殺して稼いだお金ですの」 「それはおかしいわ」  反論するグレイス。 「マルロー伯は鉄と水銀の精錬技術に長けて、その技術を他国に売っただけよ? その鉄が武器に変わったからと言って悪人扱い?」  グレイスは、そもそもマルロー伯の支援で魔法学校に通っている。この反論が出るのもわからなくはない。 「カイのとなりのガルス領の鉱山開発はマルロー伯が主導していますわ。ご存知ですよね?」 「ええ、もちろん」 「その土地の農民から安く土地を買い叩いて、鉄と銅を掘って、周辺の農地はその鉱山が垂れ流す毒で汚染されましたわ。鉱山開発に人夫として駆り出されたのもその農民たちですが、彼らが帰るべき土地は破壊され尽くし、新たに農地を開拓するために、お金を借りるしかありませんでしたの。そのお金を貸したのがマルロー伯から資産の運用を一任されていた祖根洲ゾネスの通商連合。多くはその土地の領主を介して、国土開発の基金として下ろされ、いまも祖根洲ゾネスは各国の領主に圧力をかけて金を回収しようとしていますの。このお金は、返す必要があるお金でしょうか」  チノは畳み掛ける。とは言え、グレイスは卒業後にマルロー伯お抱えの宮廷魔法使いになる。2~3年で世界は滅びると言われているけど、その未来は不確定。だけど、グレイスの未来は確定している。 「もちろんでしょう? どんなお金であっても、借りたら返さなきゃいけないのは当然でしょう? それで世界は回っているのよ? わたしたちがそのルールを破れる? あなたも言った通り、領主が噛んでいるのよ? しかも、善意で貸し出されている。それを反故にすれば、悪党はわたしたちよ?」 「呪いですの、それが」  マルロー伯から魔法院へは20万ゴールド、円に換算して20億の援助が出ている。呪いとはそのことだろう。これだけの金額になるとグレイスだけじゃなく、魔法院が縛られる。 「負債は、貸方が借方を支配する、暴力の代替手段ですの」 「バカバカしい」 「その呪いは『所有している』という幻想からもたらされますの。『彼が所有し、わたしは所有していない。だからわたしは借りた』――その負い目によって、己の支配権を明け渡す。だけど、『所有する』という幻想はどこで生まれましたの? ガルス領で掘り出された鉱石は、いつ、どうやって所有権が発生しましたの? どうしてそれを一部の人間が独占できますの?」 「所有することが呪い? それは、すべての私有財産をなくして、国や集団で共有すればいいって言ってるの?」 「その状態はカテゴリーA。わたしが求めるのはカテゴリーD。わたしたちはカテゴリーBの『法によるコントロール』と、カテゴリーCの『高度な経済理論』とを持っていますの。事実、カテゴリーCの資本主義社会では、金属の硬貨は紙幣に置き換えられ、やがてそれは帳簿上の数字になりますの。そこでは資本は金に裏打ちされた価値ではなく、『信用クレジット』に裏付けられたものに変わりますの。カテゴリーDはその先。人々が生存のために、カテゴリーAの『贈与と互助』を再起動させざるを得なくなったとき、カテゴリーDが現出しますの」 「それがカルガモット卿の目指すところ……?」 「ごめん、わたしミリもわかんない。グレイスは?」 「……わかる……わかるけど、それは理想論でしょう?」  あの冷静なグレイスが混乱しているように見える。 「もちろんですの。もしあなたの理論が、一歩でも現実の問題を解決できたのなら、わたしの論を理想論と切り捨てることができますわ。改めてお聞きしますわ。あなたは、一歩でも前に進めましたの?」  カルガモ派、一歩も引かない。 「わかったわかった!」  緊張の対話にフレアが割り込んだ。 「ここで揉めたってしょうがないよ!」 「そ、そうね。チノの主張が正しかったとして、無理やりこの家族を魔法学園に連れて行くわけにはいかない」 「ええ。わたし自身、その呪いの外にいるとは考えてませんの」  ラズベリィはウィッチリアには来れないというので、魔女っ子服だけ置いていくことにした。  魔女っ子服は着たひとに合わせて調整が必要だった。  とりあえずラズベリィに着せて、わたしとフレアとグレイスで魔法力を注ぎ込む。5分もあれば調整は終わるはずだけど、まずい! そこに先の戦争で活躍したドミノ隊の再興を謳うドミノ・ズムの残党が襲ってきた! わたしたちは手が離せない! 大ピンチ! しかしそこに! 黒地に渋い抹茶色の魔女っ子服を纏った謎の魔女っ子登場!? 「静かなる時のなか、ひとの世の理を見つめ、問い直す! ウィッチ☆ヒスイ! いざ、時を駆ける!」  きゃーっ! わたしたちのほかにも魔女っ子がいたー! 黒のシンプルな魔女っ子服に、背中と袖と前身頃にコガモの紋! だれなの!? 彼女はいったいだれなの!? ドミノ・ズムの残党は一瞬で蹴散らされて敗走! 魔女っ子は、ガンフィンガーでウインクして立ち去る!  その直後、どこからかチノが戻ってきた。 「どこ行ってたのよ! いま、敵に襲われてたのよ!?」 「ごめんなさいですの、ちょっと花摘みに……」 「あー、もう、しょうがないなー」 「いま、謎の魔女っ子が現れて助けてくれたんだよ?」 「うわー、どんな魔女っ子ですの? 見たかったですのー」
B 時空の檻
 ウィッチリアに戻ると、黒とマジェンタのフリフリのゴスロリ服で黒いパラソルをクルクルと回して大きなキノコに腰掛けたベルカミーナがいた。体はわたしの同郷のデネア姉さま。それをベルカミーナが乗っ取ってる。説明終わり。 「新しい仲間が増えたのね? おめでと~♪」  ベルカミーナが、チノのことを言ってるのかラズベリィのことを言ってるのかは不明。 「今日は何をしにいらしたのですか、マイ・マスター」  わたしから見たらベルかミーナはクズなんだけど、グレイスたち魔女っ子にとっては大切な師。丁寧に話しかけるの見て、複雑な気分。そしてその身体。デネア姉さまも負けず劣らずのクズなんだけど、こうやって体を乗っ取られてることを思うと、これもまた複雑な気分。 「そろそろお爺ちゃん先生を閉じ込めておく檻を作りたいな~♪ って思って相談に来たの♪」  さらっと笑顔でコワイことを言う。ま、通常運転。 「お爺ちゃん先生というのは大審問長官にてアーチ・コンシストリー、カルガモット・アナス・ゾノリンチャのことですの?」 「あら、スゴイじゃない、新入りの子♪ カルガモ卿のフルネーム覚えてるなんて♪」 「おそれいりますの。わたしは、カルガモット卿のニュー・アソシエーション所属、コガモ隊隊長、チノ・リキューですの。生命探求官サーチャー・オブ・ライフ、ベルカミーナ・ミラン様とお見受けいたします。あなたは、カルガモット卿を捕縛するつもりですの?」 「そうよ♪ だって、目障りなんですもの♪ 長老会にあることないこと吹き込んで、アタシのこと邪魔するのよ♪」 「あ、あの!」  フレアがチノとベルカミーナの間に割って入る。 「ぶっそうな話だったら、わたしたち協力できないってゆーか、あと、ほら、学園祭も近いしぃ!」 「だいじょーぶよう♪ 話はぜーんぶ学園長のギー・ドゥボールディメンション・クリエイターと進めてるから、あなたたちの友情にヒビを入れたりはしないわ♪」  あ、そうなの? 勝手に? てゆーか、魔法院のひと同士だから、そうなるのか。しかしまあ、たしかにあの先生だったら、魔法使いですら抜けられない次元の檻を作れそうな気がする……。 「学園長はカルガモット卿の捕縛に賛成なんですの!?」 「ん~♪ あのひとはそーゆーことは判断しないみたい♪『悪ぅーい魔法使いを閉じ込めておく檻』って言ったら納得してくれたわ♪」 「ノンポリ?」 「納得できませんの。カルガモット卿が悪いことなどするわけがありませんの!」 「さーて、それはどうかしら~♪ お爺ちゃん先生が入れあげてるアルミナ姫の病状はどーんどん悪くなってるわぁ♪ でも、延命する手がないわけじゃない♪ どうすればいいと思う?」 「…………」  だれもリアクションなし! よしっ! ベルカミーナの問は無視するに限るよ! 「イエスの細胞を使うのよ♪」  自分で聞いて、自分で答える! 独り相撲でもお楽しみ遊ばせだわ! 「イエスの……細胞……?」 「そ♪ 受精卵から作った、胚性幹細胞♪ 体中のどんな細胞にだって変化するのよ? で~♡ これを作れるのはだ~れだ♪」 「まさか、マスター!?」  ああもう、答えちゃった! 「だいせいか~い♪ それが盗まれちゃったら、アタシ困っちゃ~う♡」  盗まれたがっているようにしか見えないんだが! 「と♡ ゆーところでぇ♡ アタシ、そろそろ帰るわ♪ まだ安定期じゃないし、お腹の子に響くもの♡」  あ? お腹の子? 「ちょ、ちょっとまって。師匠、妊娠してるんすか?」  フレアが尋ねる。 「そうよ♪ 雛菊牧場デイジーランチのキャバレーロってゆー騎士様に抱いてもらっちゃった♡」  え?  ――やばい。涙でてきた。瞬間沸騰。言葉出ない。いったいどういうこと? だれとして抱かれたの? デネア姉さまとして? ベルカミーナとして? どうやって? キャバレーロは何も考えなかったの? わたしのこと思い出したりしなかったの? 「あらぁ? ごめんなさいねぇ、アリスロッテ♪ でも向こうは花売婦カローリスタの代表よ? 毎晩とっかえひっかえだし、あなたも楽しんだでしょう? フリー聖Xせいクロスを♡」  チノ、無言で退室。フレアはわたしをハグしてくれる。 「彼、最高で12人の相手をしたそうよ♡」 「マイ・マスター、体に響きます。送りますので、お引き取りを」  グレイスがベルカミーナに促す。  わたしはただ、わなわなと震えて、泣いているだけ。  グレイスもフレアも、わたしの過去を探ろうとはしなかった。  紙袋いっぱいの駄菓子と、ヘーゼルナッツシロップトリプルのダブルトール・シュガーリーフラテをテイクアウトしてくれて、うにもやを呼び出して芸夢王カードのルールを覚えて、朝まで遊んだ。  魔法使い用の監獄の話はとんとん拍子で進んで、チノもそれが「犯罪を犯した魔法使い用」と説明されると、反対はできなかった。学園のホールの奥の地下深くに、異次元の穴が穿たれ、そこが魔法使い用の監獄となる。そしてついでに、中庭の隅に亜空間の扉が置かれて、そこには茶室が作られた。 「なぜ茶室?」 「カルガモット卿に連絡したら、なぜかこんな運びに……」 「チノが連絡したの?」 「ええ。そうしたら、カルガモット卿が根回ししてくれて、『まあ、お茶でも飲んで、気を鎮めなさい』って、茶室もついでに作ってくれましたの」 「どういうこと? この茶室を利用して脱出する計画?」  背丈の半分もない小さな入口を、フレアが興味津々で眺めている。 「ねえ。ここ、入ってもいい?」  あ、うん、って、なにか喋ってたけど、途切れるともう話の内容は忘れる。チノが頷くと、まずはフレアから。にじり口の戸を開けて、背を屈めて、なかへ。  わたしも続いて、にじり口の前に膝をついた。ずっと当たり前のように直立二足歩行で生きてきたのに、ここでは「立つ」ことを一度忘れなければならない。  頭を下げ、小さくなって中へ滑り込む。  その瞬間、空気が変わった。  そこは、驚くほど静かな、でも無音ではない空間だった。  まず目に飛び込んできたのは、薄暗がりの中に浮かび上がる床の間の一輪挿し。名前も知らない白い花が、凛としてこちらを見ている。  五感が研ぎ澄まされていく  畳に座ると、少しひんやりとした感触が膝に伝わる。  炭のパチッという微かな音。  それと、見覚えのある老人。カルガモ卿だ。びっくり。でもなんかもう、驚くことにも慣れた。あーはいはいって感じ。 「先生!? 先に来てたんですか?」  って、チノも知らなかったらしい。 「魔女っ子の諸君……久しぶりだね……また会えて嬉しいよ……」  地底を這うような深い声でカルガモが答える。 「ここは茶室、世界の外側だ。世界の内のことは忘れるのが作法……では一句ご披露致しよう。桃の花、梅の花には、咲きません」  その声は、耳というより直接脳の芯を震わせる。まるで、世界中の贅を尽くした闇を煮詰めて、ベルベットで包み込んだような響き。 「そうなの?」 「あ、ええ、そうでしたわ。ここではみんな、立場も、過去も、名前も忘れますの」 「そうか……マイ・マスターが言っていた『零度』に似てるかも」 「ところで御老体。どこから入ってきたの?」  まあ、ジジィでも良かったんだけど、茶室だし、少し言葉を選んでみた。 「ここは魂の茶室。深く考える必要はない」  いや、考えるでしょ。  お点前っていうのかな。チノが粉末の茶葉を湯に溶いて、シェーカーで振って、人数分の茶を淹れてくれた。なんか、作法みたいなのがあるっぽいけど、わかんない。 「ここは、生まれる前の世界だ。その入口の外には世界がある。ここで考えるんだよ。自分は生まれるべきか、とどまるべきか。何度も考えて、何度も生まれて、そして何度も戻ってきた。なのにいまでも、はたして自分がなぜそれを繰り返しているのかすらわからん」  と、御老体。急にそんなことをしみじみと言われても、返す言葉に困る。 「ねえ、カルガモ」 「それはわたしのことか?」 「そうだよ。あんたカルガモだよ。もしわたしがここであなたを殺したら、どうなるの?」 「さあな。やってみらんと、なにもわからん。そこの3人が手を貸すかもしれんし、止めるかもしれん。俺が死んだあとだれがどう振る舞うかも、まったく予想できん。しかもそれを見れぬと来たものだ。面白いものだな。人生ってヤツは」 「でもさ。立場も、過去も、名前も忘れるって言ったけどさ、それで得するのって、犯罪者だと思うんだよね。マルロー伯……ごめんねグレイス。ここだけの話だから聞いて。マルロー伯みたいな……世間で言う悪党がここに来てさ、立場も、過去も、名前も忘れました、さあ対等に話しましょう、って言ってもさ、わたしはともかく……たとえばヴェルデが……まあ、何があったかまで知らないんだけど、それでも過去なんか捨てて、対等な人間同士で心を開いて話さなきゃいけないわけ?」 「人それぞれだろうな。事前に決まっていることなどなにもない。この空間がすべてを解決するわけでもない。立場も、過去も、名前も忘れると言っても、そうそう忘れられるものではない。ただ、ここでは、自分という重荷を脱ぎ捨てることができる。敵同士が酒を酌み交わすこともできるし、師弟が対等に話すこともできる。それだって、だれかが強制したルールではない。ルールは自由だ」 「そっか。じゃあ、逆にさあ、ここが世界とは切り離された空間だってことはさあ、ここでは本当のこと言うってのはどう? 学園じゃお互いのことなにも聞かないって暗黙の了解があるじゃん? それをここで話して、外に出たら忘れるの!」  という、わたしのナイスアイデアに、「わたしはパス」ってフレア。 「ひとりずつ過去を告白して『さあ、みんなで告白してくれた彼女の勇気に拍手を贈りましょう』って? そういうの、告白の強制みたいになっちゃう。アリスロッテがどこで何人の男の相手をしてきたかだって、聞きたくないし。告白して、受け入れられて、それで満足です、って告白する側はともかくとしてさあ、聞いて受け入れるほうはそれなりに負担があるわけじゃん? 過去を打ち明けあったら、こんどはそのヒミツが負担になるだけだよ。それに、他人だったらいいんだよ。ラズベリィみたいに……って、もう他人じゃないけど、戦争のせいで貧乏してます、詐欺か花売りしか金を稼ぐ手段がありません、って聞いて、義憤に駆られて、よっしゃいっちょう世界を変えてやろうかっ! って思えるけど、いままで何も知らなかった友人から聞くのって、やっぱ戸惑うよ」 「まあ、そうか。でもさあ、受け入れるのが負担になるだろうから、何も言わないってのも、寂しいよね。それを最初に『負担になるから言わないで』って断るのも」 「あー、そっかー。そーなるかー。正義のひとであるわたしにあるまじき発言だったかも」 「まあ、なんか、そーゆーのは、ルールにしないで、言いたきゃ言う、言いたくなきゃ言わないでいいのかもね」 「そうだね。賛成。うん。嫌いじゃないな、この空間。昔から押し入れに籠もるの好きだったし」 「ああ、ちょっと似てるかも」  なんていい感じで話してたら「それじゃあ、俺はこれで」ってカルガモ。 「ああ、また気が向いたら遊びに来なよ!」 「わかった。外に出たらいきなり敵になるが、よろしく頼む」  と、言い残してにじり口から外へ。 「どういういう意味?」 「わたしたちも外へ!」  外に出るといきなりの警報音!  ミリタリー部が駆けつけて報告。 「いま、トビチノ村から救難信号が上がってます!」 「トビチノ村!? 性欲モンスターズの3人とバケモノのミュゼもいるはずだけど?」 「真鬼トゥルクが現れたそうです!」 「真鬼トゥルクって……カルガモの仕業じゃん……」 「乗箒ほうきライディング部、先に行ってる! アリスロッテはヴィゴで来て!」 「わかった! グレイスは?」 「とりあえず、ここで指揮。チノはどうする? 箒で飛んだことある?」 「ハァ……」 「なにそのため息」 「魔女がなぜ箒に乗るか知りませんの?」 「えっ? そういうものだからじゃないの?」 「魔法使いウィザードは馬に乗るのに、魔女ウィッチは箒! ……果たして、なぜか……それは……魔女は馬に乗せてもらえなかったんですの! 男様からっ!」  そういうとチノは「ジェイド・プリズムー! セーット! アーップ!」で、ウィッチ☆ヒスイに変身! 「あのときの魔女っ子ってあなただったのー」 「うわーびっくり」 「モード! キングフィッシャー!」  チノはくるっと回ってカワセミのような翼をばさーって広げてそのまま空へ! 「カモじゃないんかーい!」 「能力盛りすぎーっ!」  わたしもヴィゴを呼び寄せて大急ぎでゴー!  すぐにトビチノ村上空へ! 大型の真鬼トゥルクが暴れている! 地上からはチチ・ユレール、カァイィ・リップス、シリィ・スレンダーの性欲モンスター隊が応戦、村長のミュゼも斧でガッコンガッコン衝撃波を走らせて、空中には乗箒ほうきライディング部の5人! 真鬼トゥルクはおそらく全高50メートルを超える。物理や魔法で破壊されても、仕込まれた異界点エミッターの効果でみるみる再生する。これじゃあ疲弊するだけ。カルガモがどこかにいるはずだから、そっちを狙わないと。と、思っていたら、カワセミ・モードのチノがヴィゴに飛び乗ってきた。 「コガモ隊がどこかにいるはずですの!」 「コガモ隊って?」 「カルガモット卿のゼミ生! どこかからクヮクヮって鳴き声が聞こえますの!」 「それって人類なの?」 「極秘潜入の特殊スーツの通気音」  極秘潜入がクヮクヮ音立てたらあかんやろ。 「もしかして!」 「なにか心当たりが?」 「ベルカミーナは、受精卵から作ったイエスの細胞を狙ってるって言ってた! だとすると! ヴィゴ! 真鬼トゥルクを抑えて!」  わたしはヴィゴを飛び降りて滑空! 人工保育班の建屋へ! ビンゴ! 鍵をカチャカチャして忍び込もうとしているコガモ8羽を発見! クヮクヮクヮクヮ! 「あんたたち何やってるのっ!?」  コガモパニック! あたふた逃げ回りながら、たまに羽を飛ばしてくる! 「何が起きてるんですか?」  って、なかのひと! このタイミングで扉開く!? コガモがクヮクヮ鳴きながら内部へ突入! 「人工保育装置を狙ってるの! 奪われないようにしてっ!」  しかし時すでに遅し! カルガモの雛が排水溝に吸い込まれるように、つぎつぎと建屋のなかへっ! そこへ! 背後から! 「あんたたち! おイタはいけませんの!」  チノの声が轟く!  すると建屋のなかから、不安げにコガモたちが顔を覗かせて、外にポロポロ溢れてくる。 「あなたたち、マスターの命令でなんか盗もうとしてるんでしょうけど、すべてベルカミーナの罠ですの! それを盗んだら、マスターは次元の檻にブチ込まれて、二度と外には出れなくなりますの!」  顔を見合わせるコガモたち! しかし、すぐに解決! コガモたちはクヮクヮ鳴きながらいっせいにチノに駆け寄ってきてハグ!  わたしは、トビチノ村入口の処女聖アリスロッテの像に飛び乗り、魔法銃クルシン・デシネを構える!  こないだ、コートの家に押しかけて満タンにチャージしといたクルシン・デシネ!  魔女っ子リンクでフレアに伝言! 「クルシン・デシネを撃つ! すぐに射線から離れて!」  フレアから乗箒ほうきライディング部員へ、性欲モンスター隊へ、村長ミュゼへと情報は伝播し、射線クリア! エイム完了! 撃つっ!  ぼかーんっ! 「いやあ、なんとか乗り切ったね!」って、フレア。 「ところで、カルガモは見なかった?」 「真鬼トゥルクは遠隔操作みたい。姿は見なかった」 「でも、カルガモ、イエスの細胞が要るんでしょう? また襲ってきたらどうする?」 「うーん。守備を固めるしかないけど、とりあえず魔法院にもクレームを入れておくわ。それより――」 「隊長、ひどいであります! 自分も交換留学に行きたかったであります!」 「隊長がいない魔法院なんか、行きたくないであります!」  と、チノを慕うコガモ8羽。 「あのう、生徒会長にお願いがありますの……」  チノからフレアに。 「えっ? わたしに?」 「この子たち……特別にウィッチリア魔女子学園に転入させてもらえませんか? 20メートルくらいだったら飛べるんですのよ?」  ささやか! 飛べる距離がささやか! 「あっ、いいよ! もうすぐ学園祭なんだ! いっしょに盛り上げよう!」  って、以前やってきたヤシガニ3百匹も放置されてんのに、またキャラ増やすの!?

第9話 魔女っ子たちの神話

二〇二六年 三月 七日
アメリカのトランプ大統領はイランに対して無条件降伏を求めると主張。CNNのインタビューで、イランの指導部は「今や完全に無力化されている」との認識を示すが、実情では苦戦を強いられていた。
A リヴァイアサン
「出たな! 単純生存体サヴァイヴァラー!  おまえたちの企む単純都市計画デス・アーバニズム、この町を漂流デリーヴするわたしたちが許さない!  セット・アップ! 転用デトゥルヌマン!」  と、講堂に設置された特設ステージでは、学園祭のメインイベント『ぐるぐる☆デリヴァー!〜あしたはどこへ漂流デリーヴする?〜』の練習が始まっていた。 「このシナリオって硝子牙グラッシーファング? うにもや?」 「骨子はファングで、うにもやがバカ担当」 「山田隆司と大和屋暁的な?」 「そう。小山高生とあかほりさとるとか、飯岡順一と浦沢義雄とか、辻真先と雪室俊一とか」 「それ、ほんとにバカ担当で一括していいの?」  学園祭にはそれぞれの部活の模擬店が並ぶことが決まっているけど、みんなが何よりも楽しみにしてるのがこの『ぐるぐる☆デリヴァー!』だった。魔女っ子を演じる魔女っ子見習いたちばかりでなく、衣装を用意する服飾部、背景アートを描く美術部、小物は工作部、時代考証は歴史部、数々のイリュージョンはマジック部と化学部、仕出しは調理部と、いろんな部のメンバーが技術を集結させた。  そんななか、騎士団のマルロー伯の銀狼騎士団が、魔法院の管理地である「雨の森」へと侵攻を開始した。  かつて雨の森は騎士団の土地だったが、10年まえの戦禍で荒れ、いまは魔法院が管理している。シシリールーが拠点とする夜哭城やこくじょうも、元は騎士団の城だった。  銀狼騎士団の噂を聞くと同時に学園長から呼び出しがかかる。そこで、マルロー伯がグレイスを招聘していることを知らされる。  直後の生徒会室。 「学園祭はもう軌道に乗ってるから、なんとかなると思うわ」と、グレイス。  学園祭ではブースを作ったり、資材を買ったりと、多くの資金が必要になる。その最たるものは『ぐるぐる☆デリヴァー!』で、ほかにも大型の出し物は少なくない。その管理をしているのが生徒会副会長のグレイス。限りある資材を分配し、設備の割当などを行っている。 「わたし、盛り上げるのはいいけど、管理とか向かないと思う」  という弱気なわたしの発言に、フレアは「わたしがやる! 根性で乗り切って見せる!」って言うけど、いやいやいや。 「チノに声をかけておくよ。たぶん、一番向いてる」 「グレイスは、銀狼騎士団で戦うことになるの?」 「戦うかどうかは聞いてないわ。魔法院で第14階位のイニシエーションを受けてから向かうことになるから、向こうでは少佐扱いみたい」 「中隊長じゃない! それに、いきなり第14階位ってなに!?」  森での戦いは氷系が有利だって言われている。グレイスの得意属性。トビチノ村の性欲モンスター隊をひとりで抑え込んだ実力もある。当然と言えば、当然なのかも。 「フフフ。階位をお金で買ったっていいたいの?」 「そうじゃないけど、なんか凄いなって」 「わたしも驚いてるわ」  騎士団の長アルミナ姫は病に伏せり、危篤だとも言われている。その隙を狙って、マルロー伯が動いた。雨の森は、わたしとカルガモ卿が死闘を繰り広げた因縁の地。 「もしわたしたちが、魔法院の要請で夜哭城やこくじょうに派遣されたら、戦うことになるね」 「そうね。この社会は、万人の万人に対する闘争――仕方がないのよ」 「そのフレーズ、聞いたことある。なんだっけ、それ」 「人間は自然状態ではお互いに戦い合うだけだから、強力な法による統一が必要だって話」 「マルロー伯がラゴールを再統一するって言いたいの?」  ラゴールは10年前のラハガキセの戦いで統一はされていたが、いまも各地に埋み火が燻っている。 「マルロー伯が統一するって決まったわけじゃない。この戦いに勝ったものが統一するのよ」  まあ、埋み火の最たるものがマルロー伯なんだろうけど。 「そうやって簡単に言うけどさあ、わたしやフレアやチノやヴェルデが死ぬかもしれないけど、それでもいいの?」 「それも仕方がないでしょう? 百年後の平和を築くために悪役にならなきゃいけないなら、喜んで引き受けるわ」 「酔い過ぎだよ、それ」 「そうかもしれない。でも、冷静に考えて。戦争になればたしかに多くの人が死ぬかもしれないけど、たとえばその死者数を10万人とするでしょう? 他方、『万人の万人に対する闘争』で毎年1万人が死ぬとすれば、百年続けば、百万人が死ぬことになる」 「なによその雑な計算」 「ラゴールも、大昔にモックスたちを虐殺して生まれた国よ? モックスの住む集落は『第何モックスサイト』と呼ばれて名前すらない。彼らが人間だって話、聞いたでしょう? じゃあ、彼らが不幸そうに見えた? 普通に受け入れてたでしょう? わたしたち、そうやって平和を作って来たんじゃないの?」  グレイスは、自分に何かを納得させようとしてるかにも見えた。どこまでが本音で、どこからが仮面なのか。 「そういう大きな話じゃなくって。なんてゆーかな。魔女っ子が押し寄せてきたらさあ、グレイス戦える?」 「やるしかないでしょ。戦争なんだもの」  あーあ。もう。すっかりカイ領のひとなんだから。 「――でもたぶん、わたしの役割は別だと思う」 「別というと?」 「あの地には、リヴァイアサンが眠っている。それを目覚めさせるの」 「リヴァイアサン?」 「伝説の巨大な龍。ヴォルカニック・ドラゴンなんかより、遥かに巨大な。わたしがそれを目覚めさせたとき、騎士団の支配は完了して、永遠の平和が訪れる」  グレイスはすぐに荷物をまとめ、魔法院へと旅立った。その後、マルローの騎士隊と合流するけど、カイから雨の森までは距離がある。  まだ間に合う。  こんこんこん。 「すいませーん。アリスロッテですー。コンシストリーはいますかー」  ヴィゴを駆って雨の森、夜哭城やこくじょうへ。 「あいよう!」  古くて大きな扉の向こうから声が聞こえる。  ブラッド・アップルの声。パタパタと扉に駆け寄ってきて、貼り付いて、扉越しにくぐもった声で尋ねる。激しいデジャビュー。 「アリスロッテ様はえー、どちらのアリスロッテ様で?」 「めんどくせーこと聞くと殺すぞ」 「へい! いつものアリスロッテ様でいっ! 入っておくんなし!」  ありえないほどに賑やかな軋みを上げて扉が開くと、外の風雨がホールに響いて死霊の笑い声になる。カタカタと歯を鳴らすように、鉄と陶器の調度品が揺れる。 「コンシストリーに会いに来た」  首と両手両足に継ぎ目があるゾンビメイドが、ぎょろっとした目でわたしを見て笑う。 「そう来ると思っていただわさあっ!」  と、ブラッド・アップルはホールを走り回って、立ち並んだ棺桶の鍵を外して、甲冑飾りをノックして、灯りという灯りに火を灯し、紙巻きのバレル・オルガンのレバーを回すと壁面から覗く数多のホーンから荘厳かつポップな音楽が流れ始める。棺桶からはゾンビのメイドと執事たちが現れ、甲冑たちもぎくしゃくと動いてぇ、レッツ! ダンシン!  ゾンビ執事のシャウトボイス!  Hey, Ladies and Gentlemen!  音楽に合わせてゾンビたちのダンス!  The reflection in the mirror is nothing but a fraud!  階段にスポットライト、シシリールーが背中を向けて登場!  Dress in the latest trends and swallow every god!  振り返って、マントをばさーっ!  Freedom is just a word printed in a catalog!  セクシーな足取りで階段を降りてきて――  Trade your passion now for a seat in this monologue!  ポーズをつけて紙吹雪ぃ~っ!  って、乗ってられるか。 「いろいろ聞きに来た」  ぶしつけは承知で用件だけ伝える。 「残念ッ! いまのワタシにはッ! テンションの低い言葉は聞こえないッ!」  はあ? 「わたしはッ! いろいろッ! 聞きに来たのッ!」  くっそ、合わせるしかないのかっ。 「テテテ、テンションッ! 高いッ! ウユララのッ! お告げ所ッ! み、み、み、南ッ! 南のッ! お告げ所ッ!」  わけわかんないっ! 「ああっ! わたしはっ! マルロー伯のッ! 軍をッ! 止めたいのッ!」 「そうよ! 止めたいわ! ワタシも止めたいのよッ! だけど相手は2万3千騎ッ! 抹殺してもいいけどッ! 今度こそ魔法院をクビになるッ!」 「騎士団はッ! アルミナ姫が倒れてッ! 指揮が乱れてるッ! アルミナ姫をッ! 回復させたいのッ!」  血管切れそう! 「それなら簡単ッ! ベルカミーナのッ! イエスの細胞をッ! 手に入れてッ! カルガモット卿に託せばッ! 彼がなんとかしてくれるッ!」 「ごめんそれわたしッ! 阻止しちゃったッ! だって事情をッ! 知らなかったんだものッ!」 「だったらこういうのはッ! どうかしらッ! ワタシがマルローの騎士団のッ! 新鮮な屍体を集めてッ! ゾンビを作るのよッ! それにあなたが持ってるッ! 姫とエンタングルした金魚ッ! そこに宿ったアルミナ姫の分魂をッ! 移すのよッ!」 「なるほどッ! それでゾンビのアルミナ姫がッ! 複製できるって言うのねッ!」 「そうよ冴えてるわアリスロッテッ!」 「発想がッ! 悪役だけどッ! 仕方ないッ!」 「わかったわッ! あなたのそのテンションッ! 本物ねッ! わたしこれから戦場に出てッ! アルミナ姫と似た年格好の少女を屍体にしてッ! ゾンビに作り変えるわッ!」 「あ、待って。いやな予感がする。アルミナ姫って何歳だっけ?」 「聞こえないッ!」 「ああ、アリアナ姫ッ! 姫のお年はいくつなのッ!」 「時間軸異常フリークエンシー・カタストロフ込みで14歳ッ! 騎士団を離れると24歳ッ!」 「ちょっとやめとこう、これ。すごい悪い予感がする」 「聞こえないわッ!」 「やめましょう! こんなことっ!」 「それがいいわっ! わたしたち、踏み外すとこだったわ!」 「ところでっ! ヴェルデの居場所っ! わかんないっ!?」 「わかるわっ! もうすぐっ! 森のっ! 北の駐留地にっ! 着く頃よっ!」 「ありがとう! あとで行ってみるわっ!」 「そのままじゃ無理っ! 極秘部隊よっ! でも大丈夫! あなたの今日のテンションに免じてっ! 第16階位の免状をっ! 与えてあげるっ!」 「そんなことまでできるの?」 「聞こえないッ! 聞こえないわッ! 免状は欲しくないのッ!?」 「欲っしいわッ! 欲しいに決まってるッ! もらえるとめっちゃくちゃうれしいなッ!」  アルミナ姫の兄、ファデリー・フォルハートは、雛菊牧場デイジーランチで療養している。シフィリス感染症の末期と言われ、長く牧場ランチに身を寄せているわたしも、姿を見たことはない。蒼鯨そうげい騎士団に追われて、いまはコボルトの村に匿われているらしい。わたしは、ファデリーの現状を確認すべく、コボルトの村へ向かった。  人里に近いこんもりとした森のなか、雑に隠したお宝のようにコボルトの村があった。村の名は、ポチ。ヴィゴの姿が見えたのか、村の入口までエレーナが迎えに出てる。 「マルロー伯の件?」  挨拶も交わさぬうちに本題。 「そう。このままじゃ雨の森で魔法院とぶつかる。アルミナ姫が危篤らしくて――」 「わかってる。あなたがここに来た目的も」 「だったら話が早い。ファデリー閣下の症状は重いの? シフィリスだったら、魔法院に運び込めば治せるかもしれない」 「魔法院……」 「そう。わたしが連れてってもいい。動かせる?」 「残念だけど……無理だと思う」 「どうして?」 「カルガモット卿って知ってるでしょう?」  知ってるもなにも……。 「そのひとが来て、定期的に手当してる。魔法院で治せるんだったら、とっくに治してると思う」 「ぼんやりは聞いてた。でも、カルガモでしょう? カルガモはアルミナ姫の治療が第一で、おそらくファデリーもそのために利用してるんだわ」  足音と、ひとの気配。 「その先は、わしが少し話そう」  戌神。ベルカミーナが自分の卵子とコボルトの精子で作り出した人工生命。苦手なのはチョコレートと超音波。 「知ってるの?」 「すべてではないが、ベルカミーナ様から聞いたことくらいは」  わたしが息を飲んで小さく頷くと、戌神は近くにある広場のベンチを指さした。歩きながら会話続行。 「アルミナ姫は、デミ・フェアリーだという話だ」  デミ・フェアリー? 「人間とフェアリーの中間。姿は人間と同じだが、片親でもデミ・フェアリーだと2分の1の確率で、子もデミ・フェアリーになる。概ね短命で、30まで生きるものは稀、多くは10代で命を落とす」 「それって……ファデリーも……?」 「それはわからん。確率は2分の1と聞く。モックスたちがシフィリスが感染るからと会わせてくれぬ」 「カルガモはどう絡んでるの?」 「卿はおそらく、騎士団の維持のために、症状の良いアルミナを延命させようとしておるのだろう」 「助ける手は?」 「ベルカミーナ様が作った、イエスの細胞があれば、アルミナ姫、ファデリー閣下、ともに救える可能性がある」 「そうか……それを手に入れてベルカミーナに……いや、ベルカミーナはなにしでかすかわかんないし……カルガモに渡せばいいの?」 「ああ。それで助けることはできるかもしれんが……助けたところで、わしらの望み通りに動くとは限らん。カルガモ卿がファデリーよりもアルミナ姫を生かすと判断した理由もあるはずだ。それよりも、ファデリー閣下に准騎士として叙勲されているキャバレーロを頼るほうが確実であろう。あの男なら、思いは通じる」 「わかった。エレーナ。キャバレーロに会わせて」 「もちろん。キャバレーロはいま隣の町で、反マルロー派の騎士たちと会合中。すぐ戻るはずよ」
B 未開のひとびと
 日も傾く頃、キャバレーロが戻った。コボルトの村長の家の離れにしつらえられた騎士団の集会所で、キャバレーロと話す。ベルカミーナとの関係のことが脳裏にチラチラ浮かぶけど、いまそんな場合じゃない。 「マルロー伯の侵攻を抑えたいの。力を貸してもらえる?」 「もちろん。こちらもそのつもりで動いている」  味気のない問に、味気のない答え。でもとりあえず良かった。 「そのつもりって、どこまでの覚悟がある? アルミナ姫の代わりに騎士団の長に収まる気はある?」 「それは難しいな」  前のめりになった途端の失速。 「俺は、死んだことになってる。すでにアルーネ公の采配で従兄弟がクロワ家の跡取りになって、俺は……魔法院に洗脳されたデネアを刺して、その場で毒を飲んで死んだことに……」 「なにそのオペラみたいな話」 「俺も最初に吟遊詩人に聞かされたとき、面食らったよ。でも、その話で酒場じゅうの冒険者が涙を流すんだよ。口々に魔法院への呪詛を唱えながら」  なんてこった。 「アルーネ公はマルロー伯の配下に入ってるの?」 「入ってるどころか、主力部隊だ。俺とデネアの物語に感化された志願者が腐る程押し寄せてる」 「どうすんの、それ」 「もっと強い物語を被せるしかない。アルミナ姫とファデリー閣下の兄妹愛の物語を」 「……物語か……それを書けそうなひと、心当たりある……」  でも、そのやり方が正しいの? 「そうか。それは良かった」  まあ、やるしかないか。 「……それとあの……責めるわけじゃないんだけど……あなたが抱いたデネア姉さま、中身はベルカミーナって魔女なの。知ってたならごめんなさい。あなたが騙されてるといけないと思って」 「俺が……抱いた……?」 「とぼけなくていいよ。別にあなたがだれを抱いたって、わたしには関係ないし。あなただってそうでしょう? お互いを縛るような関係じゃない」 「いや……夢に見たことはあったけど……デネアがここに来たことはないよ?」 「夢……?」  もしかしてベルカミーナ、夢の世界でキャバレーロをブチ犯した? そんな能力ってあるの? いや……死んでも生き返った女だぞ? ありえなくない。 「でも良かった」 「良かったって?」 「お互いを縛る関係じゃないって、君が考えてくれてて」 「ああ、うん」  なんか、恋人を前提としたみたいな会話で、ちょっと痛いこと言った気がしてた。 「俺もう、5人の子の父親なんだ。まだ生まれてないけど」  おいおいおいおい。まてまてまてまて。今更そんなことで絶望もしませんけど。はしゃぎすぎでしょ。  ポチ村を発つとき、エレーナが教えてくれた。 「キャバレーロはいまも牧場ランチの子みんなの彼ピなんだよ」 「そうみたいね」 「あれ? もう少しショック受けるかと思った」 「なにそれ。わたしがふつーの女子に見える?」 「そうだね。アリスロッテだもんね」 「その言い方も」 「ここの子はみんな、花売婦カローリスタでしょう? 本当なら生まれてくる子はみんな、父親がいないの。でも……キャバレーロのおかげで、牧場ランチを救った騎士が父親だって言えるんだよ。ほんとの親が誰かなんてわかんないし、血なんかどうでもいいんだけどさ。でも、血でバカにされて泣いてる子だっているし。だから……もうしばらく彼のことはわたしたちに預けて」 「それ、いちばん割食ってるのわたしな気がする」 「フフ」 「なによ」 「ふつーの女子の感想かよ」 「うるさい」  アルミナ姫のことは、どうするのが正解かわからない。これもいつか判断しなきゃいけなくなる。判断を保留するとしてもそれは同じで、アルミナ姫の分魂が宿る金魚を持ったわたしが何もしないと、何かするより大きな影響があるかもしれない。魔女っ子リンクでフレアに連絡。魔法院が駐留するという森の北へ。空中でヴィゴから離脱、箒で駐留地へ。  魔法院の漆黒のツイードのローブの群れのなかで、わたしのウィッチ☆ブラックは艶やかで少し幼く見えた。それでも、居並ぶ魔道士たちはわたしの階位が見えるかの如く道を開けて、黒いローブを着たヴェルデがすぐにわたしの姿を見つける。 「どうしたの、アリスロッテ? わたしに会いに来てくれたの?」  ヴェルデは手を上げて人払いを命じる。そこにいたローブの人影が、一礼して姿を隠す。 「わたし、第8階位の免状をもらったの」  少し得意げに口にするけど、わたし16階位だし、グレイスも14階位もらっちゃったんだけど、言っていいものか。 「うん、おめでとう。今日はグレイスのことで来たの。グレイス、マルロー伯の軍に加わった」 「そう……そうなるの、わかってたけど……辛いわね……」 「マルロー伯の狙いは、この森に封じられてるリヴァイアサンだって。それをグレイスが召喚? 呼び覚ますの? なんかそういうことみたい」 「リヴァイアサン……万人の万人に対する闘争を終わらせる巨龍……」 「知ってるの?」 「ええ。騎士団が依拠する愚かな思想」 「愚かなって。どういうこと?」 「人類は、『万人の万人に対する闘争』の状態だった。だから『リヴァイアサンという強力な統治機構が必要』だという欺瞞」  ヴェルデは少し遠くを見る。言葉を探してる。 「リヴァイアサンは、国家を正当化したいために作り出した幻想。『万人の万人に対する闘争』なんかそもそもなくて、武器や貨幣が生み出されるまえも、人類は平和裏に暮らしていた。『国家』はそれを略奪すべく現れ、自ら災いの種を蒔いて、それを治めるのは自分たちだと言い募った」  口調は穏やかだけど、強かった。 「それはマルロー伯のこと?」 「マルロー伯というか、みんなそう。カイ領もそうだし、ガルス領も、騎士団も」  ヴェルデは悲しさに塗れたため息を吐き捨てて、いままで語らなかった過去を、ゆっくりと口に含める。 「わたしの村――サモフェア村には、お金がなかったの。最初の頃のウィッチリアと一緒。そこでは、どんな経済が成り立ってたと思う?」 「経済とかよくわかんないけど、物々交換?」 「はずれ。経済なんてものはなかったの。それぞれの家に――たとえばわたしの家は弓部ゆみべだったから、弓をたくさん作ってて、必要なひとがそれを持っていった。食べ物も、着るものも、それぞれ担当する家があって、ちょうどウィッチリアのクラブ活動みたいに、みんなのぶんまで作って、それを共有してた」 「そっか。でもそれ、村で手に入らないものとかどうするの?」 「隣の村と、月ごとの祭りがあって、そこで交換するの」 「それは物々交換では?」 「それが、違うのよ。祭りの前になると、交渉人がお互いの村にやってきて、何が欲しいか伝えあうの。そのなかには『女』あるいは『男』も含まれていて、祭りの日は、参加する男女が自由に交わり――つまり、乱Xして、その祭りの記念として、男女の村人を含む物資を交換しあう。わたしはまだ7歳だったけど、毎月のその祭りが楽しみでしょうがなかった」 「乱Xって。ヴェルデの口から聞くとは思わなかった」 「祭りの日はフリーで交わるのよ。一夫多妻制だったし、夫がなくて女だけの家も少なくなかった。いまの世間が考えるような、富を持ったひとりの男が妻を独占していたわけでもない。だって、数値化された富なんてものがないんですもの」 「それって、いつ頃までそうだったの?」 「7歳を最後にその祭りがなくなったから、17年前? マルローの軍が来て、わたしたちに『貨幣』をもたらして、そこからなにもかも崩れていった」 「貨幣をもたらすって?」 「たぶん、交渉人が『貨幣によっていろんな物資が手に入る』って言いくるめられたんだと思う。それから数字による資産の管理が生まれて、トラブルの解決にも『お金』が必要になった」 「トラブルをお金で解決するようになったの? それまでは?」 「それまではトラブルはなかったわ。たとえば麦が実らない年でも、麦部が責めを負うことはなかった。なのに、貨幣での管理が生まれたら、麦部は『負債』を負うことになった。提供すべき麦がないから、って。その『負債』って、なに?」  チノからも同じことを聞いた。それをうまく噛み砕けていれば、ここでヴェルデに話せるのに、わたしには何も言えることがない。 「おかげで、争いも増えたわ。それを見て、彼らは言うのよ? 万人の万人に対する闘争があった。だから我々が支配するのだ、って。それが、正しい?」 「でもさあ。いまの世界で、ヴェルデの村……サモフェア村だっけ? みたいな制度にするとしたらさあ、そっちのほうが非難を浴びると思うんだよね。乱Xがふつーに行われてるんでしょう?」 「貨幣経済を変えられない以上、わたしの村のようには戻らないのはわかってる。だけど一方では、貨幣経済が一夫一婦制と戦争を生み出した。なぜ貨幣経済は責められず、わたしたちの乱Xが責められるのかわからない」  混乱しながらウィッチリアに戻った。  わたし、いったい何のためにふたりに会いに行ったんだっけ。  茶室にて、チノとフレアに報告。サモフェア村のことはわたしよりもチノの方が詳しくて、チノがうまいこと説明してくれて、わたしもそれでなんとか飲み込める部分があったりとか、そのレベル。 「がっかりだよ」って、フレア。 「ヴェルデが乱Xだなんて」 「いや、ヴェルデは7歳だから乱Xには参加してないよ。それに、わたしたちの価値観で裁くことじゃないよ」 「でもヴェルデは、その社会に戻したいんでしょう?」 「うーん。そーでもなかったよーに思うなあ」 「自由な恋愛は悪くないと思う。乱Xでも隙にすればいいと思う。だけど、『愛は自由だ』ってスローガンに追い立てられて、望みもしないのに脱がされる女子だっているんだよ」 「その問題はおそらく別ですの」 「だ、だよねー」 「ふーん。そういうもんかなぁ」 「とりあえずさあ、このままだと、騎士団と魔法院がぶつかるじゃない? そこにはグレイスとヴェルデがいる。これを止めなきゃいけない、ってことだよね」 「でも、戦争はイヤだけどさあ、わたしたちに止められるものでもないよね」 「ああ、うん、そうだけど、後ろ向きだなあ」 「騎士団と魔法院のどっちが正しいかもわからない。どっちが勝つとどんな世の中になるかもわからない」 「フレアはそうかもしれないけど、わたしは雛菊牧場デイジーランチの子たちを助けたい」 「それにしたって、勝手に巻き込まれてるわけで」 「でも、蒼鯨そうげい騎士団が雛菊牧場デイジーランチを壊滅させたんだから、勝手にってのとは違う」 「でも、いま身を寄せてるポチ村にとどまることはできるんでしょう?」 「それはいつまで? コボルトたちだって事情はあるだろうし、出てってくれって言われたらどうするの? あなたレッドでしょう? もっと情熱燃やしなさいよ!」 「違うよ。戦争が正解なのか、って聞いてるんだよ。戦争を止めるために戦争をするのが正しいの?」  狭い茶室で、わたしとフレアの声が響く。 「こんな話がありますの」  割って入るチノ。 「暴力には、神話的な暴力と、神的な暴力がある――神話的暴力というのは、物語によって共有された、制度と一体化した暴力。死刑や島流しなど、体制が制度として用いるので、ひとは逆らうことが出来ない。一方、神的な暴力は制度のなかに固定化され、無意識にひとびとを苦しめる『見えざる暴力』を破壊する暴力」 「よくわかんない。もっとなんか、例え話で」 「例えば、人間の所有者のいないモックスには、移動の自由が与えられていませんの。モックスサイトと言われる居留地に住むことが義務付けられて、野良のモックスは狩りの対象になりますの。モックスは遺伝子的には人間と同じと言われてるのに、暴力意外の手段でこの制度を変える手段はありませんの」 「それはモックスの話でしょう?」 「そうとも限りませんわ。キア領で話した『負債を返す義務はあるか』などは、典型的な神話的暴力ですの。これを覆しうるのは神的な暴力と言えますの」 「それにしたってわたしは、暴力ではなく、正当な手段で変えたい」 「お金のことで死んでるひとはいっぱいいるよ? 正当な手段がみつかるまで、何人も死んでいくよ? それでも?」 「それでいいとは言わないけどさぁ。カルガモ卿はなんて言ってるわけ? その……ニュー・アソシエイションだっけ?」 「まずはいま構築された社会を分解し、零に還すのですわ」 「零って、ベルカミーナが言ってる零?」 「いいえ。ベルカミーナ様は、人間の原点を探って、そこに零を設定しようとしていますの。だけど、ニュー・アソシエイションは、歴史のなかで動く零を探す」 「ちょっとよくわかんない」 「わたしたちの零は動き続けてるけど、たとえば『万人の万人のための闘争』のように無条件に正しいと信じてきたことを、ひとつひとつ慎重に分解して、それを見つめ、いまのわたしたちの立ち位置を明らかにする。それが『零』なのだとカルガモット卿からは教わりましたの」 「やっぱりわかんない」 「わたしも。でもなんか、遠い道のりだってのはわかった」 「そうですの。でも、時間をかけなければ物事は解決しませんの。どこかにものごとを一発で解決できる魔法の弾丸があると信じれば、必ずそれが争いを生み出しますの。だから、ゆっくりと、時間をかけて」 「そういうもんかなあ」  それからすぐ、マルロー騎士隊が雨の森へと侵攻。  しかし、マルロー軍はリヴァイアサン召喚の鍵となるグレイスを前線には出さず、先行する騎士隊は集中砲火を浴びることになった。森のなかでの魔法戦は氷系が有利と言われているが、ヴェルデの隊は氷系魔道士のほかにも多くの植物系魔道士を揃えていた。足止めや撹乱に強い植物系と、森での攻撃力に長ける氷系との連携を前に、騎士たちは手も足も出ずに敗走。隊の立て直しを余儀なくされた。  まだ勝敗が決まったわけではない。騎士隊も、グレイスを前に出すしかないと気がついたはずだ。とはいえ、魔法を使えるのはたったひとり。今後も供給されるだろう魔法院の部隊とわたりあえるとは思えない。グレイスが撤退の判断をしてくれるかどうかだが、それを騎士隊が認めるかどうか。

10話 アウシュヴィッツの後に詩を書くこと

二〇二六年 三月 九日
イラン周辺国からの退避に備え、自衛隊機がモルディブへ出発。米国は特殊部隊を投入する計画を競技しているとメディアが伝える。
A 永遠の平和のために
 硝子牙グラッシーファングは学園祭の出し物のシナリオで悩んでいた。 「セリフが多すぎて、ト書きが書けないwww」  うにもやはバカなので、こうアドバイスした。 「ト書きなんか誰も読まないっすよwww 大丈夫っすよwww」  雨の森に派遣されたマルローの兵は2万にのぼったが、地形的な制約から森へと侵攻する人員は半分に満たず、多くの部隊が迂回を余儀なくされた。森へ入った部隊も経路は限られ、前線も伸び、百に満たない魔法使いに苦戦を強いられる。魔法使いの多くが遠隔盗視クレアヴォイアンスを使え、遠隔で血液を凍らせることができた。あるいは耳から蛭を侵入せしめるのも造作ない。同じ魔法使いになら対抗手段はあるが、そうでもなければ新しい魔法の実験材料だ。一気に押し込めない状況では、魔法使いに勝つ手段はない。だが、間もなく魔法院の動きにストップがかかる。このとき、夜哭城やこくじょうへと向かった魔法使いはわずか92名だと言われているが、その半数が開戦の翌日には引き上げた。理由は、それぞれの所属する領からの帰還命令。マルロー伯は魔法院に対して多額の支援を行ってきた。そも雨の森の作戦に参加する魔法使いは本国の意志に縛られない者に限られており、騎士団のなかでもマルローに与する者が増えるとともに、騎士団に対抗しうる魔法使いの数も絞られていった。  結果マルロー軍は、数百の犠牲は払うものの夜哭城やこくじょうに到達、その地下に封じられるリヴァイアサンの解放に成功する。解放、使役したのはウィッチリア学園出身の魔女っ子、グレイス・ミストだった。マルロー側の作戦は「ミッション:永遠の平和のために」と題され、リヴァイアサンを手にしたあと、従来のヴァラー騎士団に代わる「新騎士同盟」を提起した。  ラハガキセの戦いから10年が経つが、天下統一がなされたとは言いがたかった。国境では相変わらず諍いがあり、元の国から独立して新たに建国するならず者もあとを断たない。原則的にはラゴールの王室がこれをコントロールするのだろうが、王室は実質的にヴァラー騎士団の傀儡と成り下がっていた。そのヴァラー騎士団も、正統の後継者は行方不明、その総代となる妹のアルミナも病に臥せっている。マルローによる魔法院管理地への侵攻は、本来ならばクーデターであるが、おそらく多くの者がこれを望んでいた。そして、この勝利によって、ラゴールには平和が訪れるものだと、多くの者が確信した。  この話を、茶室でチノから聞いた。 「で?」  こっちがわたし。 「で? といいますと?」  こっちがチノ。 「マルロー伯の政権掌握でなんの問題もない気がする。わたしたち魔女っ子ってなんだったのって感じ」 「でも、リヴァイアサンを使ってマルローが何をしでかすかまではわかりませんわ」 「でもそれ、しでかさないと裁けなくない?」  そもそもが騎士団内部の問題だった。 「カッコつけて」 「そもそもが騎士団内部の問題だった。これでかまいませんの?」 「OK」 「騎士団の権力がアルミナ姫から、マルローなり誰なりに委譲されてたら、そもそも国が混乱することもありませんでしたの。わたしたちは、アルミナ姫が正しいという前提で動いてましたけど、根拠はありますの?」 「いまさら? フォルハート家はそもそもラゴールの王室に40代仕えてきた、神話の時代からの英雄なのよ?」 「ええ、知ってますわ。だけど、それが正義である根拠になりまして?」 「……いや、……って、あれ? まあそうだけど、でもそうなると、悪役、いない?」  がらがらっと、にじり口からフレアの顔が覗く。 「ねえ! 『ぐるぐる☆デリヴァー!』がおかしなことになってんだけど!」 「おかしなこと?」 「すぐ来て! 練習見たらわかるから!」  講堂の特設ステージ。 「出たな! 我が祖国、ゾネスより働き手の男たちを徴兵し、死に至らしめたヴァラー騎士団!」 「ぐうぇっへっへ。すべてはアルミナ女王様の野望のためだっ! その少年もいただいていくっ!」 「そうはさせないっ! ゾネスコーラを飲んで変身よっ! セット・アップ! ゾネス☆ウィッチィーズ!」  会場にはゾネスコーラの広告がたくさん貼ってある。 「なにこれ?」 「うにもや連れてきた!」  シナリオを書いたうにもやが耳を引っ張られて連れてこられる。 「痛いwwww たまらんwwww」 「説明して。なんでこんなくだらない改変入れたの?」 「それはwwww レイチェル殿がwwww」 「あんのアマ~」  レイチェルも耳を引っ張って連れてこられる。 「痛いっ! 痛いって言ってるでしょう!? 離しなさいよ!」 「レイチェル! 説明して。なんなのこれは」 「なんなのって? ああ、ゾネスとのコラボの件?」 「コラボぉ!?」 「そうよ。ゾネス通商連合がスポンサーになってくれたのよ。パビリオンの建築にはお金がかかるでしょう? チケットも大口で買い入れてくれるっていうし、来訪者も増えるわ」 「ちょっと待って。パビリオンってなに?」 「ラゴール全国の州や独立領が、それぞれのパビリオンで出し物を催すのよ。すでに、ハイバラッド、シーダ、イルガヤのパビリオンが内定、カイとトーサも前向きに検討中よ!」 「なに言ってんの!? 学園祭でしょう? なんで各州のパビリオンとか建つわけ?」 「はあ~? あんたこそ、いつからそんな常識に凝り固まったつまらないオンナになったの!? あんただって、トビチノ村のオンナでしょ!?」 「トビチノ村関係ないし!」 「パビリオンはいいとしてもよ!」  フレアが口を挟む。 「ヴァラー騎士団を悪しざまに言うのは許せない! うにもや! シナリオを戻して!」 「それは無理よ! ゾネスとの契約違反になる! そうなったらあんた、違約金払える!? ざっと10億はくだらないわよ!?」 「あんたが勝手に契約したんだから、あんたが払いなさいよ!」 「残念ながら、わたしの駄菓子屋は帳簿マイナスで支払い能力はないし、わたしだって有限責任の株主だから、投資した資本金の10万円までしか債務を負う義務はないわ!」 「ぐぬぬぬぬぬ! ねえ、チノ! これってどうなるの!?」 「まずは契約書の確認、それから先方の意志を確認することではありませんの?」 「わかった。生徒会調査部に依頼するわ」 「へぇ~、勝手にすればいいわ! でも、お金を集めてるのも、宣伝してるのも、チケットの販路を拓いたのもわたしだって忘れないでね!」 「勝手にするわよ! もしシナリオを変えられないんだったら、生徒会長権限で学園祭は中止よ!」  ぽんぽん。  わたしはフレアの肩を叩いた。 「とりあえず、調査を待ちましょう」  マルロー伯の狙いは明らかだった。ヴァラー騎士団体制の転覆。ヴァラー騎士団には、40代に渡り王家に仕えてきた伝承があるが、同時に、王家の犯した罪のすべてをヴァラー騎士団が負っているのも事実だった。反政府組織の髑髏党が支持を集めているのも、ヴァラー騎士団の暴虐を背景にしている。  他方、ベルカミーナは弱体化する騎士団からスーサの塔を取り返す。その翌日にはニコラス・ケイジ天文台も。こうなると魔法院でもベルカミーナの存在感が増し、ヴァラー騎士団に肩入れしていたカルガモット卿の立場は危うくなる。日を追うとともに魔法院VS騎士団の対立構造は、ベルカミーナVSマルロー伯の対立へと変化していった。そして、それはとりも直さず、師ベルカミーナと、弟子グレイス・ミストの対立を意味していた。  わたしとフレアとで茶室に入ると、チノとヴェルデがいた。魔法院に行っているはずのヴェルデが。 「ヴェルデ? 戻ったの?」 「ううん。魔法院にもにじり口があって、入ってみるとここだったの」  さすがは次元創造官ディメンション・クリエイターギー・ドゥボールが作った茶室だ。常識を超越している。これは果たして、神の計画ごつごうしゅぎなのか、次元を超越した漂流デリーヴなのか。 「学園祭はどう? ちゃんと準備進んでる?」 「その話よ」  フレアが不機嫌に吐き捨てる。 「あのレイチェルってクソアマが、勝手にアマ祖根洲ゾネスの国のスポンサーつけて、ゾネスコーラの広告入れやがった」 「レイチェル、相変わらずみたいね」 「あいかわらずじゃないわよ、もう」  チノのお点前が始まる。茶器を清める布の擦れる音さえ、上質な音楽に聞こえる。無駄のない動き。指先の一つ一つにまで神経が通り、その軌跡が空中に見えない線を描く。その茶筅で回すは、なつめのお薄か、この宇宙か。 「あいつは男子生徒を次々に食い物にしてるし、うにもやに未成年BLを書かせてるクソだ」  あ、レイチェル、やっぱそういうことやってたんだ。 「でもそれは風紀委員の管轄で、わたしが感知する話でもない。だけど、ヴァラー騎士団の愚弄は許せない。ラゴールの発展を支えてきたのは、騎士団だ」  フレアが怒りを顕にする。 「お茶をどうぞ」  チノが薦め、フレアが受け取る。 「でも、ヴァラー騎士団は、マルロー伯に蹂躙されるわたしの村を助けてはくれなかったわ。使者も出したのよ?」  諌め、言い聞かせるように、ヴェルデ。 「それは……騎士団にだって考えはあるだろうよ」  口を尖らせるフレア。お互いに目を合わせることなく、ヴェルデが続ける。 「わたしの叔母はその後、マルローの騎士団に従軍させられたわ。どんな格好でだと思う? 全裸でよ? 逃げ出さないように。しかも、最後には殺されるってわかってて従軍するのよ? 1分でも、1秒でも生きたいから。最後に銃殺されるときも、処刑場へのわずか10メートルを、逃げ出しもせずに、自分の足で歩くの。同郷の女たちが何人も折り重なっている壁の前に。自分で歩けば、その10メートルを生きていることができるから。たった5秒か、10秒長く生きるために、自分の姉妹、従姉妹たちが折り重なる、壁の前に、歩くの」  重い。 「でもそれは、マルローの部隊がやったことだから」  フレアの声も沈む。 「じゃあなぜヴァラー騎士団はマルローを裁かないの? 従軍記者の手記にあるし、アルミナ姫も知ってるはずよ」 「お茶をどうぞ」  チノが薦め、フレアが受け取る。  にじり口をノックする音。  戸が開き、グレイスの顔が見える。 「あら。夜哭城やこくじょうにもにじり口があったんで、入ってみたら、ここに通じていたのね?」  ギー・ドゥボール、恐るべし。  ヴェルデは立ち上がり、席を外そうとするが、チノが留める。 「ここにいて。ヴェルデ」 「どうして?」  苛立ち紛れに吐き捨てるヴェルデに、チノは応えない。グレイスのためにまた茶を点て始める。 「グレイス。説明して。マルロー伯のせいで、ヴァラー騎士団が責められてんだけど」  フレアが問う。緊張が走る。 「過去にいろいろあったことは知ってる。でも、過去のことでしょう? 百年後のことを考えて。マルロー伯が騎士団を掌握して、ラゴールの中枢に入れば、戦乱は抑えられるし、やがて来る世界的な破局にも対抗できる。これは、わたしたち人類が生き延びて、永遠の平和を築くためなのよ?」  ヴェルデは拳を震わせている。 「許せっていうの? マルローの犯した罪を。ラズベリィ見たでしょう? 花売りか詐欺しか生きていく術もない、命がけで馬車に当たって、タニシ食べて死にかけてるの見たでしょう? それが過去の話?」 「戦争なんだから仕方がないよ。ドミノの軍だって、被害は承知の上で戦ったんだ」  マルローに恨みがあるはずのフレアが。グレイスを庇う。 「ラズベリィとスグリがどんな覚悟をしてたって言うの? 戦争の被害者でしょう!?」 「たしかにそうだ」  受け答えるグレイスは穏やかだった。 「わたしの言い方が間違っていた。『わたしたちには、過去を変えることはできない。だけど、未来なら変えることができる』ではどうかな?」  その冷静さがまた、ヴェルデを苛立たせる。 「法治国家ってなんだと思う? 暴力を国家が独占することで成り立ってるの。ひとを殺すと罰される――それは、国家が暴力を独占し、国民は国家にそれを委譲してるからなの。それが成立してるのは、国家が理性を持って運用されていると信じるからでしょう? マルローたちが国家の中枢にいて、『法治国家なのだから、暴力の行使は委ねてください』だなんて言って、従えると思う? それが平和な国家と呼べる? わたしには無理。罪は等しく罰されなければおかしいわ。マルローとその側近、将校たち全員の処刑は最低条件」 「そうか。それじゃあしょうがない」 「しょうがないって?」 「わたしが死ねば、リヴァイアサンを制御できる者はいない。マルロー軍は滅びる。それがもっとも簡単にマルロー伯を止める手段よ」  場が凍りついた。わたしにはそれが、グレイスの覚悟を示す言葉か、あるいはヴェルデの口を封じようとした言葉かはわからなかった。 「答えを急いではいけませんわ」  炉の炭が爆ぜて、その炭を静かに組み替えて、話に噛むことのなかったチノが、流れに入る。 「答えを疑え、特に心地よい答えを――ひとつの答えに満足する仕草を『同一性思考』として批判したテオドール・アドルノの言葉ですわ。答えを導けば、それは教義ドグマとなって、わたしたちを愚行へと駆り立てる」 「お茶をどうぞ」  チノが薦め、グレイスが受け取る。 「わたしたちは互いを知ってしまった。ともだちでいるためには、走り続けなければいけない」  にじり口をノックする音。 「また?」 「こんどはだれ?」  戸が開く。 「失礼仕るwwww」 「こんなところにみなさんお揃いでwwww」  硝子牙グラッシーファングとうにもやだった。
B 垓亜駆軸ガイ・ア・ギア
「――という、美少女劇スペクタクルwwww」 「はあ?」 「本日は新しいゲームを持って参りましたwwww」 「名付けて、貧弱栄養ひんじゃくえいようwwww 戦略型ボードゲームでござるwwww」 「おまえらちょっと空気読めよ」 「貧弱な子をスカウトして、栄養を摂らせると、モンスターを召喚するwwww」 「半熟英雄はんじゅくヒーローのパクリwwww」 「あーあ、言っちゃったよ」 「半熟英雄はんじゅくヒーローもそもそもエポック社の戦国大名のパクリだから問題ないwwww」 「その発言が大問題だわ」  とりあえず、貧弱栄養で遊んだ。戦略的な思考も必要になるが、サイコロ運も必要になる。確実に勝つには他のプレイヤーとの取引も重要になるという奥深いゲーム。第一戦、自軍に3百、敵軍に7百の死者を出してヴェルデが勝利。 「わたしの軍の兵士を殺して、どんな気持ちだった?」  グレイスが尋ねて、ヴェルデはなにも答えなかった。 「立ち止まってはいけませんの!」  チノが立ち上がると、ミュージックスタート!  全員立ち上がってレッツ・ダンシン! 「しかのこのこのここしたんたん♪」 「なんで踊らなきゃいけないの?」 「しかのこのこのここしたんたん♪」 「立ち止まらないためですの!」 「しかのこのこのここしたんたん♪」 「いやあ、タイトルには著作権がありませんからなwwww タイトルを連呼するだけの歌詞の使い勝手の良いことwwww」 「しかのこのこのここしたんたん♪」 「これが、Bling-Bang-Bang-Bornだと、微妙に歌詞とタイトルが違うwwww」 「しかのこのこのここしたんたん♪」 「JASRAC案件wwww」 「しかのこのこのここしたんたん♪」  第二戦。第一戦の反省を踏まえ、まずは同盟を組める相手を探す。わたしとファングとグレイスで組んで、他の4人を分断させる。 「戦略を俯瞰すれば問題ないのに、ミクロだと人道的な問題になるの、なんでだろう」 「逆じゃない? 戦争や虐殺でひとの命を奪ってるのを、あえてマクロな見方をすることで、勝ち負けに還元してる。ゲームみたいに」 「そうか。ゲームみたいに数字化してしまうから麻痺するんだ」 「立ち止まってはいけませんの!」  チノが立ち上がると、ミュージックスタートぉっ!  全員スタンダ~ッ! お次のナンバーは愛のコリーダぁっ! 「あーい の こりーだ♪ ふんふんふーん ふんふんふーん♪」 「愛のコリーダ♪のとこ以外はみんな『ふんふんふーん』で歌う『愛のコリーダ』wwww」 「昭和あるあるwwww」 「おまえらいつの時代の人間だ」 「たとえば、『魔法使いの多くが遠隔盗視クレアヴォイアンスを使え、遠隔で血液を凍らせることができた。あるいは耳から蛭を侵入せしめるのも造作ない』のナレーションを読んだとき、どう思った? ヴェルデが叔母をマルロー軍から辱めを受けて殺された話を読んだときのようなショックを感じなかったでしょう? この違いは?」 「立ち止まってはいけませんの!」 「リンダリンダ~♪ リンダリンダリンダ~♪ リンダリンダ~♪ リンダリンダリンダ~♪」 「立ち止まる以前に考えさせて!」 「いいの? これいいの?」 「リンダリンダ~♪ リンダリンダリンダ~♪ リンダリンダ~♪ リンダリンダリンダ~♪」 「これがアウトなら、リンダさん生きていけない!」 「踊りながら考えますの!」 「ホネホネロック~♪ ホネホネロック~♪ ホネホネ~♪ ホネロック~♪」 「身近なことと、人類の未来を、分けて考えるよね」 「微妙! これは微妙! これがありならBling-Bang-Bang-Bornもいける!」 「オタクコワイwwww」 「考え方の違いって、どこで止まってるかだけの違い」 「おまえが言うなwwww」 「Let It Be~♪ Let It Be~♪ Let It Be~♪ Let It Be~♪」 「ヤバいwwww」 「人類の未来のためだって言えば、すべて免罪される。そういうのはぜんぶ欺瞞よ」 「ずんずんずんずんずんずんどっこ♪ ずんずんずんずんずんずんどっこ♪ ずんずんずんずんずんずんどっこ♪ ずんずんずんずんずんずんどっこ♪」 「女々しくて♪ 女々しくて♪ 女々しくて♪ 女々しくて♪ 東京さ行ぐだ~♪」 「わたしたちもこうやって」 「東京行くなwww」 「USA! USA! USA! 東京さ行ぐだ〜♪」 「東京wwww」 「全速力で止まってる」 「ミッキーマウス! ミッキーマウス! 東京さ行ぐだ〜♪」 「アウトwww」 「みなさんさようならwwww」  わたしたちの分断作戦、見事成功かに思えたけど、最後はファングが温存していた兵ですべてを持ってった。  ――もっと強い物語を被せるしかない。アルミナ姫とファデリー閣下の兄妹愛の物語を。  そう語ったのは、キャバレーロだった。 「だから、それよりも強い物語を書いて訴えたいの」  硝子牙グラッシーファングに相談。 「それってのはwwww」 「キャバレーロ、魔法院に洗脳されたフィアンセを刺して、自分も毒を飲んで絶命したことになってて、その美しい物語のおかげでアルーネ公のとこに志願者押し寄せてて、マルロー軍の主力をなしてるって。だからヴァラー騎士団にもそれより強い物語を書くの」 「キャバレーロを落としたほうが早いのではwwww」 「キャバレーロを落とすって? 例えば?」 「じつは死んでなくて、花売婦カローリスタの集落で愛欲に塗れて自堕落な日々を送ってるwwww」  それ、なにげに図星なんだけど。 「花売婦カローリスタを悪く言いたくない。彼女たちは、社会と結婚してるの。社会ってゆー、クソDVの男と」 「じゃあ、アルミナ姫、悪い魔法使いに騙されて、薬を盛られてる説wwww」 「お……? つまり、カルガモ卿が?」 「しらんけどwwww 悪い魔法使いがアルミナ姫を弱らせて、コントロールしようとしているwwww」  ぶっちゃけ、それが真実って可能性もあるなあ。  いくつかのことが同時に起きた。  まずはスーサの塔でのギガントモックスの開発。  ニコラス・ケイジ天文台に保管されていた人造アダムカドモン、すなわちデネア・スイーベルが生んだウロンコロンが利用され、短期間で80体ほどの巨人型のモックスが用意された。デネア姉さまがウロンコロンを生んだのは、まだベルカミーナに乗っ取られる前。ベルカミーナが自分の肉体を捨ててデネア姉さまに乗り換えたのは、子を生むために若返ったのだと言われている。すなわち、改良された第二のウロンコロンを作り出すために。  他方、雛菊牧場デイジーランチのキャバレーロは周辺国との連携を深め、一大勢力を形作りつつあった。キャバレーロが生きていることで、アルーネ公の欺瞞は暴かれ、それを擁するマルローの行動にも疑問が投げられようとしている。  そしてもうひとつ、フレアに召喚命令が下った。  地元の支援者の元へ帰るのだという。魔法院の動きを察知してのことだろう。このまま魔法院に残れば、フレアはベルカミーナの下で戦う。相手はマルロー伯の率いる騎士団になるが、いままでの口ぶりから察するに、フレアの地元と騎士団は近い関係にある。  そして、フレアの離脱によって、学園祭の準備は暗礁に乗り上げた。  魔女っ子劇脚本の改変以来、文化部はレイチェルを推し、体育部はフレアを推して対立していたが、このバランスを失い文化部が学園祭を掌握、体育部は正式に離脱を表明、学園祭当日に体育祭をぶつけると宣言した。ここで揺れたのが、マーチング部とダンス部だった。吹奏楽部は早々にレイチェル側の支持を表明したがマーチング部はチアリーディング部、並びに応援団との関係が深い。ダンス部もまた、表現において軽音部、クラッシック部、吹奏楽部とのつながりが深く板挟みになる。山岳部もそうだ。サイクリング部も巻き込んで、どちらへつくかの舌戦が繰り広げられた。  そして、事件が起きた。  体育部連盟は建築中のパビリオンを囲んでトラックを整備、侵入する馬車を妨害した。 「ちょっとキア領まで行ってくる」 「急にどうしましたの?」 「また魔法院から呼び出し。交換留学生を出せって言うんだけど、もう無理じゃん。だからわたしがヴィゴでスポット参戦。それでお茶を濁すことにした」 「どうしてキア領?」 「マルローの軍が侵攻中。グレイスもいるみたい」  キア領にはドミノ将軍が作りかけていた垓亜駆軸ガイ・ア・ギアが残されている。人間の霊体を弾にして吐き出す狂気の兵器。その携帯機である魔法銃クルシン・デシネはわたしが持ってるけど、キアにはその本体が眠っている。 「貴族の紐付きの魔道士しかいない魔法院にはもう、戦える人材がいない」 「わかりました。死なないでくださいの」  ヴィゴを駆って上昇、マルローの主力部隊は南陽街道を行軍中と聞き、そちらへ、全速力。いくつかの騎士隊が合流しているらしく、飛翔してくる魔法使いの姿が見える。距離をとって、警告のためか、いくつか魔法弾を打ち込んでくるが、こちらから応戦の姿勢を示すとすぐに退散する。マリウスやカルガモクラスは混じってない。ヴィゴのぶんこちらが有利か。刹那、水系の異界点エミッターが展開される。  空中戦で水系?  メイルシュトロームもツナミも意味がないし、アシッドレインは範囲が広すぎる。ウォーターガン? それにしたって、距離を取れる空中では不利だ。異界点エミッターはゆっくりと、巨大な渦を作り出す。渦を構成する流体は水蒸気か? 直径2キロはあろうかという巨大な渦……しまった! そう気がついたときには、わたしを囲んで巨大な龍が姿を現していた。リヴァイアサンだ。 「ヴィゴ! スライスバック! 下方から離脱!」  が、リヴァイアサンは全身を壁にしてわたしの離脱を防ぐ。  魔女っ子リンクでグレイスが話しかけてくる。 「邪魔しないで、アリスロッテ。抵抗しても無駄よ」 「マルローは何をするつもり?」  ヴィゴで旋回。全方位リヴァイアサンに囲まれ、こちらの高度に合わせ躯体をくねらせる。 「極秘だけど、教えてあげる。垓亜駆軸ガイ・ア・ギアの復活」 「なんのために?」 「抵抗勢力の手に落ちるのを防ぐためよ。これを使ってどこかを侵略するつもりじゃないみたい」  周囲はリヴァイアサンと、その作り出す気流とに囲まれている。巨龍の頭部はわたしの周囲を円を描いて巡り、突如向きを変えてわたしに向かってきた。 「避けて!」  間一髪。 「ごめん、アリスロッテ。攻撃命令が出た。わたしも自分の命を守らなきゃいけないから、攻撃させてもらうわね」 「なに勝手なこと言ってんのよっ!」  リバイアサンが駆けた空に濃密な霧が軌跡を曳く。それは霧と呼ぶにはあまりにも重く、質量を伴い、轟々と音を鳴らしては幾重にわたしを取り囲み、空に浮く水流を形作る。 「離脱をっ!」  ヴィゴに命じるが、高度を下げることを躊躇う。確かに、この水流を操る敵と地上では戦えない。しかしこのままでは―― 「ピンチのようだな、魔女っ子」  って、この空の上で声をかけてくるのはだれよ!? 「俺だ。皆殺しのドミノだ」  わたしの背後に、半透明のドミノ将軍!? 魔法銃クルシン・デシネが輝いている。 「ジジィ、この銃に取り憑いてたのっ!?」 「名監督をジジィ呼ばわりはないだろう? いいことを教えに来てやったんだ」 「助けに来たのではなく?」 「あれを見ろ。光り輝く点が見えるだろう?」  ドミノが指す方を見ると、たしかに閃光がある。 「あれがなに?」 「あれが垓亜駆軸ガイ・ア・ギアだ。このリヴァイアサンをエイムしている」 「だれが操作しているの!?」 「おまえの師、ベルカミーナ。ギガントモックス軍を率いて乗り込んできやがった」  師じゃないし! 「まって! 垓亜駆軸ガイ・ア・ギアって人間を弾にするんじゃないっけ? だれを弾にしてるの!?」  魔力の高い人間ほど威力が上がるはず……思い浮かぶのはひとり……。まさか……ラズベリィ? 「さあな。そこまでは知らん」  空全体が光るような閃光、わたしの視覚、聴覚、体感、瞬時にしてすべての感覚が失われた。  戦争は平和である。  たしか、ジョージ・オーウェルってひとが言った言葉だ。  わたしたちが、物語のなかで平和を求めるとき、同時に戦争を描かないことはなかった。平和が単独で描かれるとき、それは平和と呼ばれることはなく、その世界でわたしたちはただ歌って、踊って、キスして遊んだ。ことさらそれを「平和」と呼ぶとき、それは戦争の一部になる。永遠に続く暴力を駆動するための、装置の一部。だとしたら、その装置とは?  貨幣は鋳造された自由である。  こちらはドストエフスキー。  貨幣なんてなかった頃は、ひとは家に縛られ、食べ物も着る物も分かち合うしかなかった。だけど、貨幣でひとは自由になった。お金こそが自由だ。だけど逆に言えば、お金がなければ、ぐるぐるに縛られてるのと同じ。そうやってひとはお金に縛られる。  人間は自由の刑に処されている。  そう言ったのは、ジャン=ポール・サルトル。  性の解放が、人間を解き放つ。  ヘルベルト・マルクーゼ。  性の解放を叫ぶこと自体が、権力に組み込まれている。  ミシェル・フーコー。 「わたしは何者であるか」というアイデンティティの呪縛から逃れ、「わたしは何を感じるか」へと移るとき、わたしたちは零になる。  森の中に倒れて、こんな日に素敵な彼が現れないかと、空を見上げていると赤系のドレスを着た魔女っ子が視界に入り込んだ。 「やっとみつけた」  ラズベリィ? 「よく無事だったね。森が1個消し飛んだのに」

11話 重力と恩寵

二〇二六年 三月 十二日
商船三井が所有するコンテナ船がペルシャ湾で攻撃受け船体の一部損傷。トランプ大統領は「イランには攻撃目標が残っていない。戦争はまもなく終わる」との認識を示す。
A 愛と死のドミノ
 羊がいっぱいいた。  ラズベリィと草っ原に寝転んで、雲を見上げた。 「羊っていいね」 「めえめえ鳴くしね」  垓亜駆軸ガイ・ア・ギアで消し飛んだ森のすぐ傍。先の戦争で難を逃れた羊たちが作ったコロニー。寝転がるとき油断してると、草に紛れてウンコがある。でも、いいか。横になってると、羊が周りの草を食べに来て、ぽろぽろとウンコして去っていく。 「学園祭、どうなったの?」  ラズベリィが葉っぱくわえて聞いてくる。 「中止になった」  パビリオンの建築が阻止されたおかげで、ゾネスが資金を引き上げて、莫大な違約金を払った。学校も施設もレイチェルが勝手に担保に設定していたらしく、ウィッチリアの魔女っ子学園どころか、レイチェルの実家の駄菓子屋も、トビチノ村の女神像も、魔導器による育成施設も、すべてゾネスに差し押さえられてる。 「――って、魔女っ子リンクでフレアに確認して聞いた」  しかも、そのゾネスが金の力で傭兵を集めているとの話もある。失業した兵はヤシガニほどいるから、それを集めて一大勢力を形作っているとか。 「トビチノ村って最強の戦士がいるって聞いたんだけど」 「あいつらバカだから、差し押さえがなんなのか理解してない」  レイチェルに案内されて「差し押さえ」の札をペタペタ貼るの呑気に眺めてたって。コリスのフーセンガムもらって、みんな喜んで。まあ、あいつらなら、さもありなん。たぶんもう、人工保育装置のイエスの細胞も回収されてるし、女神像のOSも解析されてゾネスの手に渡ってる。 「これからどうなるの?」 「わかんない。羊ともふもふしたい」 「わたしも」  この羊だって、いつかは血塗れになって毛を刈られて、シチューになる。なにも知らないから、空想のなかの羊たちともふもふできる。でも、それが悪いことなのかな。  いや、知ってるんだよ、羊がシチューにされてることくらい。それを「知らないふり」しているのは、そこがわたしたちが向かうべき、天国だからだよ。天国は、わたしたちのイメージのなかにある。それを否定すれば、現実の地獄しか見えなくなる。天国を否定して、戦うことを余儀なくする、地獄しか。 「ヴィゴ、死んだのかな」 「呼んでみた?」 「……」  怖くて呼べないよ。  魔女っ子リンクでフレアとヴェルデの生存は確認できたけど、グレイスは不明。死んでしまったのか、意図してリンクを切っているのか。 「ラズベリィはどうするの? ウィッチリア学園にくる?」 「ここの羊を、わたしの農場に運んでから。牧草地はあるから、羊たちにとってもいいんじゃないかな」 「そっか。農園ができれば、借金も返せるね」  返す義務があるかどうかもわからない借金を。 「うん。かたがついたら訪ねるよ」 「わかった。待ってる」  近くの集落から、乗り合いの馬車に乗った。  難民はタダで乗れるという。言葉は訛りが強くて聞き取れない。詐欺かもしれない。でも、詐欺だったら叩きのめして金を巻き上げる口実になる。満員の客を載せて二便が出たあと、ようやくわたしの席を確保。スカートの裾をすぼめて、座席に貼り付けるようにゆっくりと腰をおろして、嗅ぎなれない異国の習俗の匂いに眉を歪める。目の前の老人の足元に置いた包のなかの食材が、場所もわきまえずに発酵を続けている。暗く湿った涼し気な土間の、大きな樽から引きずり出されて、大衆の鼻の前に晒されて、なおも発酵を止めることのできない田舎の漬物と、それを血に通わせた薄汚れた子らが鮨詰になった馬車で、わたしは緊張したまま峠を超えて、チミノーの町へ。  馬車に揺れている間、ずっとマリウスの影がわたしに纏わっていた。  ――どうしたの?  ――僕は月へ帰ります。  ――どうして?  ――役目を終えました。  白昼夢か。あるいは、わたしの知らない魔法で語りかけてきたのか。  チミノーのワープポータルは難民のためにすべて解放されていた。町には怪我人があふれる。垓亜駆軸ガイ・ア・ギアでマシロヒの町が消失していた。アウシュビッツも、マシロヒも、アニメでしか知らないわたしたちは、空想の羊と戯れる。ドミノ倒しの札に書かれた数字にはなんの意味も、法則もなく、雑多だった。わたしは、ポータルを乗り継いで、学園へと戻る。  レイチェルとコートが住んでいた愛の巣も差し押さえられて、売りに出ていた。魔女っ子たちも大半は魔法院に帰り、残る数人の魔女っ子もヤシガニたちともども寮を追い出されて、藁葺の小屋を建てて暮らしていた。魔女っ子女子寮は、ゾネスからの観光客用にホテルに改装されるのだという。わたしの部屋はまだそこに残る。レイチェルはコートとともに、寮の管理人として共同便所横の部屋で暮らす。訪ねると、コートがいた。 「レイチェルは?」 「借金を返すために、お金の工面に出かけてます」 「どんな感じだった?」 「相変わらずですよ。フレアさんのお陰で大赤字を出したって、ものすごい剣幕でした」  狭くて雑多な部屋。解きもしない荷物がいくつか積み上がったなかの、小さなちゃぶ台。薄いクッション。コートは出がらしのお茶の葉を捨てて、新たなお茶を淹れる。 「わたしのこともなんか言ってた?」 「ええ。裏切者って」 「ひとりで暴走しておいて、それはないよ」 「ですよね」って、湯呑を差し出して愛想笑い。 「でも、これで道具から解放されたんだと思います」 「道具?」 「貨幣経済っていうんですか? レイちゃんは、それを構成する道具だったんです。だから、いまのこの環境だって、僕は不幸になったとは思わないんです。やっと『道具』から『人間』に戻れたんです。ちっぽけで、無力で、なにもできない、『人間』に」  コートはいい子だ。なんでこんな子が、あの変態色情守銭奴クソアマとくっついてんだろう。 「言いたくないんだけどさあ。別れるって手だってあると思うんだよ。トビチノ村に戻れば、新しい恋だってできるし」  わたしとやりなおさない? と、言いたいのはやまやま。それは二の矢、三の矢で。 「そうかもしれません。でも、レイちゃんは僕の一部ですよ。手を怪我したからって捨てられないように、レイちゃんも捨てられません」 「悔しいなあ、もう! そう言われるの!」  思わず本音。 「そんなに好きなんだったら、わたしになんか転ばなきゃ良かったじゃない。完全にその気になってたわたしはなんだったのよ」 「ごめんなさい。でも、いまいちばん苦しいのはレイちゃんなんです。レイちゃんを癒せるのは、僕なんです」  なんて話を聞きながら、わたしは思った。あの女はいまごろ、どこか知らない町で別の男に股を開いてあんあん言ってる。でも、それをコートに言ったところで、コートはそれでいいって言うんだろ、どーせ。 「わたしも傷ついてるんだけど」 「ええ、わかります」 「わたしのことは、癒やしてくれないの?」 「ごめんなさい。僕わりと、ギリギリで抑えてるんですよ、アリスロッテさんのこと。空想のなかでは、レイちゃんより、アリスロッテさんのこと思い浮かべること多いです。でもそれは――」 「でもそれは、もこもこの羊ともふもふしたいだけの話だよね」 「――なんですか? それ?」  バリカンで血塗れになって、鼻は裂けて、目も潰れて、そうやって羊毛を奪われてる羊さん。それがレイチェル。  まあ、わたしも同じなんだけど、わたしはわたしで別の癒やしを探すしかない。  学園長のギー・ドゥボールも、額縁だけを残して消えていた。魔法院に召喚されたのか、ふらっと漂流デリーヴしているのかは不明。額縁は異次元性の揺らぎを生み出し、ワープ用のポータルに使えそうな雰囲気を醸していた。とりあえず、ここに置きっぱなしにするのもなんなので、茶室に隠すことにした。  結局、学園に残ってるのはチノだけ。  茶室。チノは相変わらず。フレアとヴェルデがいるかと思ったけど、いなかった。もちろんグレイスも。 「グレイスはどうなったの?」 「わかりませんの。垓亜駆軸ガイ・ア・ギアはキアの領主が押さえて、ベルカミーナは消息不明。ただ、カルガモット先生の話では、死んではいないみたいですわ」 「わたしたち、あの3人と戦うことになると思う?」 「わたしたち? わたしは戦う気はありませんの。あなたは知りませんけど」  チノは静かにお茶を点てる。 「あんたはいいよね。自分の世界持ってて」  そういえばここ、世界の外側だった。 「とあるひとが言いましたの。『宗教は、民衆のアヘンである』と」 「なんか聞いたことある気がするけど、なんで急に?」 「宗教が――要するに、ガンフ・オルアのオランドラス教が、民衆を惑わせるアヘンとして用いられている――という意味ですわ」 「ああ、うん。わかるけど。それで?」 「そして、その民衆をアヘンから解放するために、闘争が始まりましたの」 「闘争! すなわち、わたしたちの戦いは、アヘンから解放されるため!?」 「そう。曖昧で呪術的な宗教から抜け出して、理性的で合理的な世界へと変わるべく、数々の闘争が生まれましたわ」 「知ってる! いわゆる、左翼ってヤツだね!?」 「ええ、そう言い換えて問題ありませんわ。左翼たちは、やれ社会主義だ共産主義だアナーキズムだトロツキズムだ打倒天皇制だ安保粉砕だ女性解放だポリコレだ憲法9条だ賃金上げろだ週休3日だ税金減らせだ言っては分派して、革命革命と気炎を上げましたの」 「きゃ~♡ 左翼コワイ~♡」 「そうして世界中のあちこちでお祭り騒ぎ。どこの国でもゲバ棒持ったお兄さんが暴れまくりましたわ。だけどそんななかで、ひとりの思想家は、こう言いましたの。『民衆のアヘンは、宗教ではなくて、革命である』と」 「きゃ~♡ 右翼きたわ~♡ 助けて右翼~♡」 「――その革命を批判した思想家は、オランドラス教に深く傾倒したひとでしたわ。神を否定されて、意趣返しとしてそう言ったのでしょうから、一般化はできませんけど……」 「なるほど、神はアヘンだって言われてアタマ来たから、アヘンは革命のほうだろって言い返した、と」 「そう。それに、革命を唱えた側も様々に分派しましたけど、そのなかのひとりは『完全なる他者ガンツ・アンデレ』という概念にたどりつきますの」 「わかんなくなった。概念増やさないで。編集者ブチ切れ案件だと思うの。読者が知りたいのは、右翼と左翼はどっちが正しいの、ってことよ」 「答えを急いではいけませんの――。完全なる他者ガンツ・アンデレは、実質的に『神』の言い換えだと言われていますの」 「ん? つまりは右翼も左翼も、結局は神に行き着いたってこと?」 「近いですわ」 「近い! 恋人同士の距離でいうと、何メートルくらい?」 「960キロ」 「きゃ~♡ 東京から長崎の出島まで行けちゃうわぁ♡ ほとんど外国よ~♡」 「わたしたちの社会は、義理と人情で結びついた右翼的なヤンキー社会から、契約と論理で結びついた左翼的なガリ勉社会に変容すると言われていますの」 「きゃ~♡ ヤンキーとガリ勉~♡ わかりやすい~♡ ゲマインシャフトとかゲゼルシャフトとか言われたらどーしましょーって思ってたら、ヤンキーとガリ勉~♡」 「そう。だけど、魔法院長老会が唱える『野生ヤンキーの思考』は、それを時間軸の上では見ませんの。決してヤンキーがガリ勉に変わるわけじゃない。ヤンキーは常に、ガリ勉と同時に存在していますの」 「きゃ~♡ 薫る花が凛と咲いてる~♡」 「ちょっといちいちツッコミがわかりにくいですの」 「オタクですから」 「理性的に考えることは、一見正しいことですが、この場合の理性は『道具』に過ぎないこともわすれてはいけませんわ。道具としての理性は『理性の腐蝕エクリプス・オブ・リーズン』まで行き着き、独善的な管理社会を作り出しますの。それを防ぐために必要なもの……『完全なる他者ガンツ・アンデレ』……それは……革命家が否定した『神』そのもの! オランドラス教の信じるフータンヌルイ神そのものですの!」 「わかったわ! 要は漫画にはすべてが詰まってるってことでしょ!?」 「?????」 「やじきた学園道中記とか、愛と誠とか」 「あー、うん。まあ、そうかもしれませんの」 「かもなんかじゃないわ! そうに決まってるよ! チノ大好き!」 「そうですわね! カテゴリーB:力による法治社会と、カテゴリーC:貨幣による経済システムが完成され、その矛盾が明らかにされたとき、カテゴリーA:野生ヤンキーの思考が高次元で回復され、カテゴリーD:ニュー・アソシエーションが姿を表しますの!」 「ハァ~ン! E気持ちぃ!」  しかのこのこのここしたんたん♪ 「この音楽はっ!?」  しかのこのこのここしたんたん♪ 「立ち止まってはいけませんのっ! 踊りますの!」  しかのこのこのここしたんたん♪ 「やっぱ踊るのね!?」  しかのこのこのここしたんたん♪ 「そうよ! わたしたちはサメよ! 立ち止まったら死にますのっ!」  しかのこのこのここしたんたん♪ 「JASRAC大丈夫なの?」 「タイトルには著作権はありませんのっ!」  おーくせんまんっ♪ おーくせんまんっ♪ 「これは?」 「コーラスにも著作権はありませんのっ!」  ババンババンバンバン♪  は! ビバビバビバ! 「コーラスと掛け声!」  ババンババンバンバン♪  は~、ビバノンノン! 「これって歌詞じゃなかったの!?
B 蠢くものたち
 とある村を訪れた旅人が言いました。 「この村の女たちはみな働き者で素晴らしい」  その言葉は、女たちをエンパワーメントして、そしてその村の者は、ことあるごとに、「この村の女は働き者だ」と口にするようになりました。  だけど日が経つに連れ、その言葉はいつか「この村の女は、働き者であるべきだ」を意味するように変わっていったのでした。  さて、どこで変わったのでしょう。  繰り返し言われたからですか? それとも、男たちが言外にそれを期待したからですか? わたしはそのどちらでもないと思います。言葉は、現実を描写すると同時に、現実を規定するんです。すべての言葉、すべての物語がそう。言語化によって『アイデンティティ』が生まれる。まったくなにも意識しなかったとしても、言語化は、そういうもの。  魔法使いウィザードはその究極にいる。  ならば、魔女ウィッチは?  周囲の森を巻き込んでマシロヒの町が消しとんだ夜から、魔女の笑い声を聞いたという噂が絶えなかった。  声だけでどうして魔女だとわかったか、という疑問が生まれると、すぐに姿を見たというものが現れ、どこで見たかと問い詰めれば、空を飛んでいた、翼を広げて、あるいは箒に乗って、と様々な尾鰭がついていったが、それが魔女であることだけは変わらなかった。  事実、垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを操作したのはベルカミーナ、魔女だった。魔女、そして魔女っ子の存在は、リヴァイアサンを使役したことで公になり、魔法院の公式な資料から、フレア・ヴァーミリア、グレイス・ミスト、ヴェルデ・クローバーの3人が認識されていた。ベルカミーナも魔女ではあったが、公式には死んだとされ、その依代となっているデネア姉さまは、魔法院では研究職という扱いだった。  事件の直後、キアの領主は垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを占拠、ドミノ将軍の雪辱を晴らすべく、アンノウン将軍がその後釜に座る。アンノウン軍は、マルロー軍のグレイスこそが、惨劇を招いた魔女だと指弾。一方、マルロー軍は、騎士団のアルミナ姫こそが魔女である、なぜならばカルガモット卿が肩入れしているではないかとの論を展開、また、アンノウン軍攻撃の口実とすべく、魔法院とアンノウンの間に密約があるとあげつらった。  また、これと同時に、アルミナ姫回復の報が入る。トビチノ村から運び出されたイエスの細胞が、なんらかのルートでカルガモの手に渡ったのだろう。ただし、騎士団に入った亀裂はもはや、アルミナ姫の手では修復しきれないほど深刻になっていた。  ヴィゴの消息はしれなかった。  トビチノ村に残してきたデンゼルにその消息を追うよう指示し、わたしは箒を駆ってアルミナ姫の居城、フラウロス城へ。ヴィゴで降り立てば、どこの城でも城主がヘコヘコと現れるのだけど、箒だとザコの衛兵が絡んでくる。  めんどくさ。 「アルミナ姫とエンタングルした金魚を持っている。アルミナ姫と面会したい」  ヴァラー騎士団の弱点は金魚だった。かつて、騎士たちの「魂の予備」として、それぞれの騎士の分魂が金魚に封じられていたが、その最も重要なアルミナ姫の金魚は、わたしが持っていた。困惑するアリスロッテシリーズ第一巻『魔法のアバンチュール』参照。 「カルガモット卿がいるはずだ。処女聖アリスロッテが来たと伝えてくれ。こちらではアルミナ姫、その警護のエルロンとフラップ、カルガモット卿の気配も探知している。それと、コンシストリー殿もおいでのようだ」  城の2階奥、中庭に面する姫の寝室へと通される。そこにいたのは予想通り、アルミナ姫と、魔法院の2大魔法使いと、警護の2名。アルミナ姫はベッドの上、身体を起こしている。 「切り札にとずっと持っていたけど、金魚は返す」  まずは水筒に入れた金魚を差し出す。 「アルミナ姫、回復おめでとうございます。今日はお願いがあって来ました」  意識がはっきりとしないのか、返事はない。 「ともだちを救いたい。グレイス、ヴェルデ、フレア、この3名の魔女っ子を戦場から引き上げさせたい。そのためにこの破滅的な戦争を終わらせたい。どうかマルロー伯の部隊に停戦をご指示くださるようお願い申し上げます」  中庭に向かって大きく開いた窓が、わたしたちを一枚の絵画にする。高いコントラストに、色彩の消えた家具と、否応なく日を照り返す血の赤いカーペット。騎士団の実質的な長、アルミナ・フォルハートの左右に、魔法院の2大派閥の長、大審問長官カルガモット・アナス・ゾノリンチャと、死人しびと魔法使いシシリールーが立つ。 「わたしには無理です」  姫は静かに漏らしたあと、ゆっくりとその視線をカルガモに向ける。 「どうして兄ではなく、わたしを助けたんですか? 騎士団の正統な継承者は兄のはずです」  カルガモはじっと足元を見るだけ。 「言い難いなら、わたしが言おうか? 御老体」  シシリールーが差し挟む。 「いや。わたしから言おう」  一片の風すらない空間が、そこに発される声の残響を長く留める。かすかな溜息すら、重く陰鬱に耳に残る。 「姫、あなたは星霊のひとり、王冠のケテルの依代だ」  星霊……デネア姉さまから聞いたことがある……だけどそれが何だったか…… 「兄ではなく、わたしが?」 「さよう」 「しかし、いま騎士団をまとめられるのは兄しかおりません。もしわたしがケテルの依代だとしたら、それは兄ファデリーを救うためです」  どこまでも兄を立てる姫。腕力によって階級が定まる騎士団の掟を内面化しているということか。カルガモは押し黙る。ファデリーはよほど具合が悪いのか、助かる見込みがないのか。 「以前、シシリールー殿にお願いしたことを、もう一度申し上げます。ベルカミーナ殿に会わせてください。その方なら生きている人間の命もコントロールできるとお聞きしました」  シシリールーが、その向けられた視線に応える。 「残念ながらベルカミーナは垓亜駆軸ガイ・ア・ギアの発現以降、消息を消している。マリウスも気配がない」 「マリウスも……?」 「そう。ヤツはコデックス・オブ・ライフの中身を記憶しているはずだ。ヤツがいればイエスの細胞を作り出すこともできようが――」  シシリールーはそこで言い淀み、他の手がないかと、頭のなかで探る。引き取って、カルガモ。 「それに、イエスの細胞を作り出すには受精卵が必要だ。万全を期すならば肉親の受精卵が良い。それはすなわち――」  そしてカルガモも言い淀む。たったひとつの手段が、姫の尊厳に関わるからだ。 「姫にだれかひとり男を選んでセックスしてもらうことになる。わたしたちの前で」  それをシシリールーが言語化する。  わたしの脳裏に、よりにもよって嫐城うわなりじょうのお沈穂ちんぽ太夫の姿が浮かぶ。あの日、アルミナ姫は男の色香に耐えられず、太夫の懐におひねりを挟んだ。  姫は入口付近に立つ従者に視線を移す。 「エルロン、フラップ、ふたりのうちどちらかにお願いできますか?」  ベルカミーナに対して感じていた嫌悪と同じ匂いが鼻の上に駆け上がる。受精卵とて身体の他の細胞と同じだと言えなくはない。卵子など毎月排出されて捨てられている。それが精子と結びついたからと言って、いきなり神聖なものになるわけでもない。モックスの子宮を胎児の育成器に作り変えた魔法院にとっては、普通のことかもしれない。そのおぞましさが、吐き気を催させる。その原因は肉体の感覚ばかりではない。常に女がその献台に上がって来たことへの嫌悪。その献身が、魔法院のなかで常態化し、ベルカミーナがそれを内面化して弄していることへの嫌悪。そしてアルミナ姫が、躊躇なく部下に精子の提供を求めたことへの嫌悪。命も性交も、ものとして取引されることへの嫌悪。 「コデックスの内容を知っているマリウスは、おそらく死んだ――」  シシリールーが言った。不意のことに、意識がすべて霧散し、指先を通る血がざわざわと騒ぐ。 「おそらくベルカミーナは、マリウスを弾として垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを起動させている」  なにそれ。思考がポロポロと崩れ落ちる。視界が意味をなくして、いくつかのマリウスの姿が思い出される。鮮やかなのは、チューリップの咲く庭に立つマリウスだ。紫色のネグリタを咲かせると約束した。そのマリウスを? 弾として? 「リヴァイアサンを一撃で滅ぼす魔力だ。並の魔法使いで足りるはずがない。あの火力を出せるのは、マリウスでないとすれば、ベルカミーナ自身だ」  エルロンとフラップからもざわざわとした動揺が感じられる。  だけど、アルミナ姫は動じない。 「そうですか」  病み上がりだからか、それが騎士団の姫という立場なのか、あるいは、これがデミ・フェアリーの性格なのか。 「兄はいま、どこに?」 「コボルトたちの集落、ポチ村で保護されている。准騎士キャバレーロを軸に、一大勢力が形成されつつある。安全面では問題ないだろう」  陰鬱な会話が続く。だけどこれは、姫かその兄かという問題ではない。  ラハガキセの戦いよりもずっと前、マルローの兵たちは、多くの郡を侵略し、我が物にした。その土地は武勲を上げた家臣に分け与えられ、土地を追われたものたちは、生きていくために借金を負った。それらが「理性的に」遂行されている。「万人の万人のための闘争」は、マルローを始めとする騎士団の活躍で幕を閉じた。 「ファデリー閣下はともかく、姫はどうお考えか、お聞かせ頂きたい」 「どうと言いますと?」 「いままで騎士団が行ってきたことが、姫の意思に沿うか否か」  聞いても意味がないことは、薄々感じていた。姫騎士という言葉から、少し高尚なイメージを抱いていたが、凡人のひとりだ。 「数多くの問題があったことは承知しています。その裁きは、死後与えられるのだと思っていました」 「死後?」 「死後、わたしはフータンヌルイのもとへ行けないのだから、それが裁きになる。それで今生では、国の秩序のために殉じよう、と」  騎士団には、ガンフ・オルアから伝わったオランドラス教が根付いていた。もちろん、全国津津浦浦の騎士団までというわけでもない。だが多くの騎士が規範とする騎士道は、オランドラスの聖典と深く関連している。 「だけど、わたしは――」  姫の言葉は、そこで途切れた。 「姫」  怒りを叩きつけたいのはやまやま。 「神代エルフの本で、こんな文章を読んだことがあります」  姫を捉えていたのは重力だった。人間が生み出す重力が、姫を捉えて離さない。そして姫にとって、それを解放してくれるのが兄のファデリーなのだろう。 「あなたが裁きにあうのは、死後ではない。  いま、その恩寵のないことが裁きだ」  ウィッチリアに戻ると、アリスロッテ像の建立が進んでいた。  トビチノ村にあったアリスロッテ像が、アマ祖根洲ゾネスの国の豪商、メアリ・ショー・ジニィの像に作り変えられて、それでこっちに新しい像を作るとか言って、密林で巨大な女神像を拾ってきて改造し始めた。ブサイクたちの執念は凄い。  村ではレイチェルの姿も見かけたけど、一瞥しただけで、挨拶もなく去っていった。そのお腹には、生命反応が見えた。本人、気がついてるかどうか知らないけど、きっとコートはいいお父さんになってくれると思う。いまのレイチェルにはきっと、甘やかしてくれる誰かが必要なんだろう。でも、そうやって甘やかされてるうちに怪物になる姿も見えなくはない。  ひさしぶりにリズに会うと、お腹がとても大きくなっていて、聞けばもう来月には出産の予定なのだという。魔法院のシステムを使わずに、自然分娩で。 「子どもが生まれたらイルガヤに帰って、イディの実家の染物商を継ぐの」 「えっ!? あ、でも、あんたならそっちのほうが合ってるかもしれない」 「うん。わたしもそう思う。ちなみに、正妻で迎えてくれるって」 「妾はいるんだ」 「そうみたい。御縁のある名家の娘さんだから、娶らないといろいろ面倒になるらしい」  なんか2号3号のほうが家柄が良いとかでトラブルになる未来が見えたけど、口にするのはよしておこう。 「面倒になるならここにいればいいのに、リズがいなくなるの寂しいよーう♪」  マリウスを失った穴は大きかった。いまも噛み砕けないでいる。キャバレーロもいないし、デネア姉さまもいない。そのうえリズもいなくなるのか。 「あんたには友だちいっぱいいるでしょう?」 「一番気が合うと思ってたのがぶっ壊れてて困ってんだよーう♪」 「そんなの、自業自得よ。わたしの気持ちがわかったでしょう?」 「うえーん、レイチェルといっしょにされたぁ~♪」  男と女って便利だ。うまい具合に凸と凹がある。凸凹を合わせるのは、蓋を閉めるようなもので、ふだん開きっぱなしになってる心を、閉じることができる。恋という重力は、真っ白だ。凸凹を合わせれば、からっぽになれる。 「恋したい」 「うんうん」 「カラダとカラダで」 「うにもやがあんたのこと好きらしいよ?」 「ごめん、パス。聞かなかったことにして」  それから間もなくして、祖根洲ゾネスがファデリーを回復させたとの話を聞いた。同時に、ハーディ・ガーディがガンフから祖根洲ゾネスに亡命したとも聞いたので、要は、コデックスが祖根洲ゾネスに渡り、イエスの細胞が作られて、ファデリーの病も治療されたということだろう。これでアリアナ姫に受精させる必要はなくなったわけで、エルロンとフラップに転がり込んできた姫との「性なる儀式」も回避できた。彼らにとってそれがどんな意味を持つかは知らないが、思えば身近にいるなかで数少ない清廉なキャラだ。  祖根洲ゾネスは素浪人を集めて騎士団のようなものを編成していたというし、そこに騎士団長のファデリーが加われば鬼に金棒。アルミナ姫のヴァラー騎士団と合流して、マルローの新騎士団を追い込むかと思ったら、あーら不思議。復活のファデリーを擁する祖根洲ゾネス騎士団は、マルローと連合して、アルミナ姫のヴァラー騎士団に攻撃の矛先を向けましたとさ。  さて、残すは2話。おおよそ2万文字。  次回、排出アブジェクシオン。はたしてどう展開することやら。

12話 アブジェクシオン

二〇二六年 三月 二十日
十九日、「世界中から戦争がなくなりますように」と記された、白い花を咥えた一羽のウサギが座っている水彩風の作品が公開され、政治姿勢を示す投稿に嫌悪感を示すコメントがついた。トランプは「48時間以内にホルムズを解放せよ」と最後通牒を突きつける。
A お金で買えないもの
「お金で買えないものってさあ――」  って、茶室でのチノとの話。レイチェルのこと考えながら、とくに深く考えもなしに口にしてた。 「いろいろあるよねー。友情とか、愛とか、あと、幸せ?」  なのに。チノから返ってきたのは―― 「そんなことありませんの。それらはお金で買うことができますの」  身も蓋もない予想外の答え。 「友情買える? 愛も?」 「買えますの。大人の社会では常識ですの」 「ひゃー、大人汚い~♪ でもさあ、じゃあ、お金で買えないものはないってこと?」 「そうは言いませんわ。お金で買えないものがただひとつだけありますの」 「ただひとつだけ……って、そこでもったいつけないで、ぜんぶ言いなさいよ」  この喋り方って、オタクあるあるなんじゃないかな。オタクは焦ったときわざとどもるし、驚いた時に「ドキッ」って口で言うし、アニメ仕草が身についてる。話の途中で「なぜだかわかる?」っていちいちもったいつけて言うヤツはリアルにはいない。 「お金で買えないもの。それは、てんてんてん、母」  てんてんてんって。 「母? 父は買えるの?」 「買えます」 「えーっ。わかんないわかんない。説明求む」 「んー、それにはまず、貨幣経済の話からしなければなりませんの」 「あー、うん、お金の話だからね。簡略にお願い」 「まず前提として、貨幣経済のまえに、物々交換の流通があったという説は、聞いたことありますの?」 「あ、なんかそれ、まえもちらっと聞いた気がする。そうじゃないって話だっけ?」 「そう、貨幣経済のまえにあったのは、交換経済ではなく、共有経済。共有している財を必要なひとが必要なだけ使う。いまも家族ではそうしていますけど、それと同じですわ」 「あーわかるわかる。丸ボーロとか黒棒とか戸棚にあったの勝手に食べてた」 「チロリアンとか、ひよことか」 「あとよく博多のひとあったの、うち。叔母が福岡の警固にいたんで」 「閑話休題。そこになぜ貨幣経済=交換経済が生まれたか。それは『所有』という概念が生まれたからですの」 「あ、これもわかる。所有してなきゃ交換なんかしなくていいもんね」 「所有という感覚は、コミュニティから離れることで生まれましたの」 「コミュニティってのはええっと、家族の外に出る、的な?」 「そう。家の中では共有経済、外に出たら交換経済……」 「なるほど。友だちが佐賀錦とか二〇加煎餅とか持ってたら、それはこっちの丸ボーロとかチロリアンと交換になるよね」 「なんども言ってますけど、貨幣経済も、最初は貨幣はなくて、信用経済でしたの」 「信用って言うと、『おまえには八ちゃん堂のタコヤキ奢ったよな?』とか覚えておいたわけだね? お金ではなくて」 「ほんわかふんわかほんわかほい♪」 「九州生まれのタコヤキほい♪」 「そう。その『信用』が貨幣に置き換わっていく」 「んー。そこまではわかった。で、なんで『母』だけ買えないか、よ」 「その理由は、ここ、茶室と同じですの」 「そうそう、茶室が母だよねーって、わかるかーっ。間飛ばすなー」 「茶室は宇宙の外側。母胎も同じ、自分が存在するまえの世界。生まれてからの世界は『価値』で計れるけど、『母』という不可解なものは価値で計れなかった」 「あー。そっかそっか、母胎は知覚できる世界の外側だったわけだ。なんとなくわかった気がするけど、もうちょっと論理的に来るかと思った」 「わたしからすれば、十分に論理ですわ。母から切り離されることで、貨幣経済が発達しましたの。すべてのものには価値があり、計ること、交換することができる。でも、『母』だけはその外にいる……。だから、ベルカミーナの受精卵を使った実験に悍ましさを感じますの。それは貨幣経済の外に触れていますから」 「そっか。だから父は買えるけど、母は買えない、と」 「そう。貨幣経済と反対の概念は『母』。だから、貨幣経済を絶対とする社会は『母』という悍ましい存在をアブジェクシオンしましたの」 「アブジェ……なに? 新概念増やさないで。わかる言葉で言って」 「排除しましたの」 「そうそう。たった2文字で言える言葉をなんでアブジェクシオンなんて8文字で言ったの? 知識自慢したかった? オタクの悪いとこよ?」 「続けますか?」 「お願いします」 「――『母』は価値の外側にある。だけど、『女』は価値を持ちましたの。だから、生殖という行為だけを除いて、『女』から『母』にまつわる機能がアブジェクシオンされ、美少女劇スペクタクルを形作りましたの」 「おっ! ギー学園長の美少女劇スペクタクル回収きたっ! つまり、貨幣経済をブチ壊せば、この美少女劇スペクタクルからも解放されるのね?」 「いいえ、それは違いますわ。わたしたちは、常に前へと歩いていますの」 「振り向くな~♪ ドミノ~♪」 「そして悲しいかな、いまいる世界が、わたしたちにとっての『零度』なんですの」 「おおっ! ベルカミーナの零度のエクリチュールも回収!?」 「――『零度』はいまいる足場を破壊し尽くして作るのではなく、いまの自分たちを静かに見つめて、その『零度』がなんたるかを知ることによってのみ現れますの」 「それって、カルガモが言ってたの?」 「そうですの。でも、カルガモット卿以前、数千年前にも、それを説いた思想家はいますわ」 「それって、だれ?」 「名前は伝わっておりませんの。ただ、『老師』とだけ伝わってますの」 「ふーん」 「平和は戦争の一部ですの。なぜなら『平和』という言葉が語られるのは、戦争を前提とするときだけ。そして戦争は『貨幣経済』の一部ですの。なぜなら、『所有する』ことが『貨幣』を生み出し、それを力で奪えるようにしたから」 「するってーと、あれだね? 『母』がお金で買えないっていうんだったら、『過去』も買えないよね? 過ぎたことだし」 「それはただの屁理屈」 「はあ? なんで?」 「わたしは、老師派の『母性のアブジェクシオン』の議論に沿って、『母は世界の外にいる』と結論しましたの。あなたのは論理に裏打ちされないただの言葉遊び」 「チノ、聞いていい? もしかして左翼?」  それからすぐ、リズが出産、お母さんになった。  チノに言わせれば、それも悍ましい母性との繋がりを排する『アブジェクシオン』なのだという。出産は生理学的な免疫反応の結果であり、母胎にとってはただの苦痛でしかない。それを殊更神聖視するのは、『苦痛』という体験を排斥し、美化された役割だけを押し付けているのだ、と。  だけど母になった女性と生まれた子を見て、「苦痛だったね」とは言えない。賛辞し、祝福することで、呪われた人生の苦痛もいくぶん和らぐ。 「薄い本、裏を返して、パンツ見る」  そう言い出したのは准神絵師のうにもやだった。 「准は余計でござるwwww」 「神のちょっと下くらい」 「ちょっと下wwww」 「地縛霊絵師」 「それちょっとじゃないwwww めっちゃ下wwww でも言いえて妙wwww オタクみんな生きた地縛霊説wwww」 「ちなみに、薄い本裏返してパンツ見えるの?」 「絵は裏から見ても、同じ絵がただ裏返っているだけだけど、本当の二次元世界だったら、正面から見た絵を裏から見たら背中が見えるでござるwwww」 「それが?」 「薄いほど、期待高まる、薄い本wwww」  うにもやから手渡された絵には、ミニスカの女子が風に広がったスカートの裾を押さえて頬を赤らめている絵が描かれていた。 「紙に描いてあるから裏からは見えないwwww だけどこれがwwww 純粋に絵だけの世界ならwwww 裏返せばパンツ見えるwwww」  まあ、楽しそうだし、いいか。  リズんちに行ったら、赤ん坊に母乳あげてた。 「男の子? 女の子?」 「男の子。イディの染め物屋の跡取りになると思う」  違和は感じた。 「そっか」  男女が等しく狩りに出て、同じ運動性能を持ったこの美少女劇スペクタクルの世界で、殊更男の子を跡取りにと考えることへの嫌悪感。限りなく零に近づいたこの架空の世界で、男が子を生むこともないし、わたしたちは社会に縛られた肉体を持ち続ける。 「半年くらい前、イディとマツェの町に行ったの」  だけどそれはきっと、リズの「零度」なのだろう。 「あ、そうなんだ」  半年前って……わたしがモックス村に行った頃だっけ? 「それで、舞台を見たんだけど、なんかさあ、役者がみんな落ち着きがないの」 「そうなの?」 「演技の途中で、急に歌ったり踊ったりするの」 「うわぁ、ひどいね、それ」 「で、ひとりが歌うと、ほかのひとも釣られて歌い出すし、なんかもう、みんな歌うし踊るし、めっちゃくちゃで……」 「それ、チケット代返してもらったほうがいいよ」 「でも、楽しかったよ。舞台とか苦手だったけど、あれだったら見ていられるって思った」  まあ、楽しそうだし、いいか。  茶室に額縁は似合わない。  床の間の掛け軸ならさまにもなるのに、ギー・ドゥボールがフラフープのように抱えていた枠が壁にかけられて、中は異次元の暗闇に繋がっている。そしてこの暗闇に意識を集中させると、遠く離れた景色が見えてくる。  茶室とは。  そもそもこの茶室、どこにあるのか。  ディメンションの魔法はせいぜい30メートルしか飛べなくて、それ以上になるとノイズが出る。かつて絶世のイケメンであるキャバレーロをディメンションさせたとき、顔にノイズが出て焦ったことがある。顔は凡庸な人間の最後の砦だ。ワープ用のポータルを使えば、それがレンズのような役割を果たすらしく、ノイズなしでディメンションできるようになる。そしてどうやら、学園長の額縁もレンズのような効果が乗るらしく、術者のディメンション能力を遥かに引き上げる効果があることがわかった。  シルバーパーチの街はオモナ街道に面して高い城壁があった。灌漑用に引かれた川を超えると、道は左右へと開き、右に折れた先のスロープがシルバーパーチの門のひとつへと吸い込まれていく。整備された石垣に、この10年閉じたことのない大きな扉と、少し離れて番所があり、そこに幾人かの役人はいるが、門番はいない。門を通るものはみな無口になり、目を伏せる。この町で最も多く、ひとの命が奪われた場所だ。  街へ入ると中は開け、数キロ先の山肌まで玩具の町並みが続く。城塞都市にふさわしく視線が通る場所は限られるが、時折狭く切り込んだ空の青に城や教会の鋭角の影が見える。内にはまた幾重にも城壁があり、それぞれ大地主の屋敷を囲み、その壁の長さが力を誇示する。用水地を超えると、小さな森が見え、その向こうにこれもまた長い壁を誇る寺院があり、雛菊牧場デイジーランチにいた仲間たちはそこで暮らしていた。 「ファデリー閣下のことを聞きたい」  挨拶も早々、エレーナに訊いた。 「ああ、ええっと、ヴァラー騎士団の?」 「そう。イエスの細胞がなければ助からないはず。誰が支援してるの? どうしてアルミナ姫ではなく、マルロー伯についたの?」  エレーナは問に答えず―― 「奥でカボチャを育ててるんだよ。収穫の手が足りないの」  そう言って、ひと差し指を一本唇に当てた。  ――ここでは言えない。 「わかった」  農園でカボチャの収穫を手伝いながら、エレーナ含む昔の仲間たちにマインドリード。状況把握。復活したファデリーは偽物で、その正体はキャバレーロだった。  好都合なことに、双子原ふたごばるではキャバレーロは死んだことになってる。しかもファデリーは赤ん坊の頃に人目から隠され、その容姿を知る者はいない。そこに「イエスの細胞」の噂が重なり、「ファデリー復活」のナラティブに説得力が生まれた。  キャバレーロをファデリーに仕立てるのはマルロー側からの依頼で、騎士団統一後には雛菊牧場デイジーランチには国が与えられると確約されている。  雛菊牧場デイジーランチは、牧場とは名ばかりの花売婦カローリスタのコミューンだった。ずっと社会から搾取されてきた。その彼女らが、社会から土地を奪い、国を建てるのだ。彼女たちからしたら、胸がすくような思いだろう。だけどその国は「誰かから奪った土地」だ。はたして、零はどこにあったか。 「新しい国ができたら、アリスロッテにも住んでほしい」  無邪気にいうエレーナを、わたしは責めることが出来なかった。  その後すぐ、マルロー軍がギフ領へと進軍を開始する。ギフ領には魔法院の奥院がある。魔法院が持つ技術が狙いか。マルロー軍はそもそも魔法使いが少なく、その不利を埋める必要がある。魔法院に深くコミットするようになったのも戦後になってからだ。グレイスの生死は不明。  また、キア領にはヴェルデを慕って魔女っ子が集結し始める。アンノウン将軍は垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを掌握したという噂もあるが、だとしたら垓亜駆軸ガイ・ア・ギアに弾として込められるのは魔女っ子たちだ。  そして、ヴァラー騎士団には魔法院の重鎮、シシリールーとカルガモのふたりがつく。おそらくカルガモは復活したファデリーが偽物だと見抜いているはず。事実、マルロー軍との散発的な衝突が増える。目的は、真のファデリーを奪還し、マルローの嘘を暴露することだろう。それにしても、シシリールーとカルガモが手を組むとは。このふたりなら、マルロー全軍を蹴散らすことも造作ないだろうに。 「わたしたちはもう、半ば世界の外側にいる」  とは、シシリールーの弁。 「所詮、猿山の猿だ。秩序は自分たちで築くしかない」  同、カルガモ。 「本当のファデリーを復活させたい」  わたし。 「させてどうする?」 「アルミナ姫のもとに戻す。それで騎士団が正常化するかどうかまでは知らない。だけど、そこまではやりたい」
B 学園祭強行!
 学園に戻ると、チノの姿はなかった。幾人か残った魔女っ子見習いに聞くところでは、魔法院へ帰ったのだという。たしかに、ウィッチリア学園はもう機能していないし、交換留学も意味を失った。  そしてこんな状況でありながら、トイレの浄化槽そばに芸夢王カード部は残っていた。  わたしは、魔法銃クルシン・デシネを持って、芸夢王カード部を訪ねる。部長硝子牙グラッシーファング以下、部員8人が狭い部屋でカードに興じている。よく飽きないな。 「処女聖来たwwww」  すっかり処女聖が定着してる。 「だれが処女聖だ」 「それがしの失言であり申したwwww アリスロッテ閣下に敬礼wwww」 「敬礼wwww 得意技wwww 敬礼出たよ~~wwww」 「オタトークはいい。アニメを見せてくれ」 「おっwwww ついにこちらの世界へwwww」 「地獄へようこそwwww」  とりあえずなんでもいいのでアニメを選んでもらって、アフタートーク。 「……終わったwwww」 「あの支配からの卒業wwww」 「さようなら、全ての『絵蛮外吏苑』wwww 正直、アンノウン将軍が『着地』にこだわるとは思わなかったwwww 旧劇の『気持ち悪い』で突き放した時代が懐かしいwwww」 「でも、あの村のシークエンスって、完全にドミノ将軍へのアンサーwwww あるいは『ドミノ的なるもの』からの脱却wwww」 「まさにwwww ドミノ将軍が『社会と個人の相克』を、記号化された戦争の中で描くのに対し、アンノウンは『自分と世界の境界線』を、アニメという殻を破ることで描いたwwww」  と、オタトークに花を咲かせていると、魔法銃に憑いていたドミノ将軍が姿を見せた。 「……ったく、おまえたちは。表層の理屈だけで作品を語るんじゃないよ、気持ち悪いなあ」 「これはwwww」 「ドミノ将軍wwww」 「アンノウンがどうとか、俺へのアンサーだとか、そんな小賢しい分析でアニメを観て満足してるから、今の若いのはダメなんだ。アンノウンがやったのは、単なる『後始末』だよ。彼が30年近く抱え込んできた私的なウジウジした情念に、ようやくケリをつけた。それだけの話だ」 「架空の物語のなかで言う言うwwww」 「俺が『異手怨』や『元陀無』でやろうとしたのは、人類という種が抱える業そのものをどう突破するかという、もっと絶望的なまでの生存本能の話なんだ。それを『父殺し』だの『メタフィクション』だのと記号化して、自分たちが分かった気になれる箱に押し込めるのは、表現者に対して失礼だと思わないのかね。彼はね、宇部市の駅前を実写で出した。あれは彼なりの、アニメという虚構に対する敗北宣言かもしれないし、最大の愛憎表現かもしれない。でもね、君たちがそこで『卒業だ』なんて綺麗にまとめて感動してる暇があったら、その足で外へ出て、もっと生々しい人間に触れなさいよ」 「ちょっと言っていい?」 「おお、アリスロッテか。構わんぞ。言ってみろ」 「初代『元陀無』はドミノ監督作品のなかでは異質だと思う。『皆殺しのドミノ』らしくない作品とも言える。特にラストシーン。あそこで『特攻』していたら、『ああ、ドミノだなぁ』って感想だったと思うんだけど、あの、それまでのアニメのセオリーを捻じ曲げてでも、『特攻』をさせなかったのって、脚本のスターマウンテンさんじゃないんですか? あのひとは他の作品でも一貫して子どもたち中心のジュブナイルを描いてる。∀元陀無なんか、ファースト元陀無のオマージュとして始まりながら、侵攻する側の心理を描いてる。それらの世界観を作ったのは、スターマウンテンさんじゃないんですか?」 「それに関しては、ノーコメント」 「ノーコメントwwww」 「ドミノ将軍がノーコメントwwww」 「あなたはそれを簒奪した。『逆襲の者在』は初代からZZまでの『元陀無』を精神分析的に解釈して再配置した二次創作に見えるし、わたしはそこに作家としての視点を感じない」 「処女聖っょぃwwww」 「そういう業界的な話はどうだっていいんだよ。こっちは、純粋にテレビ画面の向こうにいる視聴者に対して作ってんだから」 「だったら雑誌への露出は控えるべきでしょう。フリーになって、代表作が必要になって、金のため、仕事のためにピエロになったって言うかもしれないけど、そうやって視聴者を踊らせた責任はあるし、アニメのコンテクストを一段階メタ側に引き上げたのは、あなた自身ですよ? あなたが虫プロで縁の下の仕事を続けてたら、こうはならなかったんじゃないですか? それでオタクの側をいちいち批判する筋が通るとでも?」 「そこに持っていくかぁ?」 「でも今日は、アニメの話をしたくて呼び出したんじゃないの」 「じゃあ、帰るわ」 「ドミノ将軍wwww」 「おつかれっしたぁwwww」 「帰らないで。アンノウン将軍に会いたいんだけど、手引してもらえる?」 「手引? なんで俺が?」 「殺戮の連鎖ドミノを終わらせる」 「終わらせるって、軽く言うけどね、あんた。いったいどうやって?」 「リヴァイアサンが落ちたいま、最大の力を持っているのは垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを擁するキア領だ。キアの暴走を抑え、次にファデリーを騎士団の長に復帰させ、騎士団とマルロー軍の間に和平を結ばせる」 「キア領に集まったのは、マルローの暴虐で家族や友人を惨殺された連中だ。どうやって抑える?」 「マルロー以下、戦犯全員を集め、被害者の代表であるヴェルデ・クローバーに処刑させる。ヴェルデが満足したところで処刑は終わり」  茶室の四次元額縁から、キア領の垓亜駆軸ガイ・ア・ギア施設内へ移動。アンノウン将軍の所在は秘匿されていたが、ドミノ将軍から聞いた「合言葉」を使うと、スムーズにアンノウン将軍までたどり着いた。  その執務室。  扉が開き、一歩踏み込むと、見覚えのある黒いパラソルを差した人影が見えた。 「は~い♪ アリスロッテ、こんなところにまでアタシに会いに来たのぉ?」  男の体格、野太い男の声だったが、ベルカミーナだった。 「ベルカミーナ……?」 「あーらアリスロッテ、せんせーのこと呼び捨てにするなんて、ヒドイんじゃない? マスター♡ とか、プロフェッサー♡ とか、ユア・マジェスティ♡ とか、いろいろあるじゃな~い♡」  混乱して意識飛びそう。 「デネア姉さまの身体はどうなったの?」 「クジラのなかに保管しておいた魂を戻しておいたから、心配ないわ♪ 魔女っ子たちに介抱させてるし、もう目覚めてるんじゃなぁ~い?」  デネア姉さま、身体を乗っ取られてる間に妊娠しちゃってるんだけど……。 「ところで、なにしに来たのぉ~? まさかデネアの身を案じるだけぇ~?」  いや、それにしても、アンノウン将軍の身体を奪ったのはいいとして、アンノウンの魂は? というか、なにを企んでいるの? ――いや、混乱してる場合じゃない。 「戦争を止めたい。キア領の民がマルローへの恨みを持っているのはわかっている。その恨みは晴らさせる。だから……」 「あら♪ すごいことを考えるのね♪ それじゃあアタシも協力しちゃうわ♪」  え? すんなりと? 「でも、戦争が終わってもアタシを止めたりしないって約束してねぇ~♪」 「何をするつもり?」 「知ってるでしょう? 『零』に戻すのよ♡」 「……? 『零』とは?」 「んー、どう説明しよっかなぁ~♪」  メガネでモジャモジャ頭の小太りの中年がシナを作る。 「人口千人で、内戦ばっかりして、みんな不幸な国、A国があります。  かたやB国は、元から住んでた原住民百人を殺しちゃって、おかげで侵略者たちはみんな幸せに暮らしています。  A国はもう何百年も不幸なまま。B国では、侵略や虐殺があったことなんて国民は忘れて、みんな幸せで文明も発展しています。あなたは、A国とB国、どっちに住みたい?」 「そんなの、ただの誘導尋問じゃん。答えるだけバカバカしい」 「そうね♪ 誘導尋問かもしれないわね♪ 種明かしするとね、A国の5百年後がB国なの♪ A国でも、原住民を抹殺したら、5百年後はB国になれるわ♪」 「だから、A国では、少数者を虐殺すべきだって話?」 「そう言ってるのはアタシじゃないわ♪ むしろアタシ以外のすべてのひとがそう言ってるの♡」 「じゃあ、あなたはどう思うの?」 「言ってるじゃない♪ 零に戻すのよ♡」 「零ってなに?」 「あたしいま、イエスの細胞を改造して、イプスの細胞を作ってるとこなの♡」 「イプスの細胞って、なに?」 「受精卵を使わず、血液から作る万能細胞。どういうことかわかる? つーまーりー♪ 男の細胞からでも作れるの♡」  ベルカミーナとの会話はいつも正気を揺さぶられる。そんな万能細胞なんか存在してはいけない。その直感はずっとぐずぐずと下腹を疼かせている。 「そんなことできるの?」 「垓亜駆軸ガイ・ア・ギアは、人間からいくらでもエネルギーを取り出せるし、それを使えば、すぐよ♪」 「それで……零に戻すってなに?」 「たとえばマルローってひとが悪ぅいことしてるんだったら、殺すんじゃなくって、イプス細胞1っ個に戻して、そこからまた本人を培養するの♪ そうして正しい人間に教育しなおしたら、ちゃーんと本人の遺伝子も残るし、みーんな幸せになれると思わなぁ~い?」 「狂ってる……」 「狂ってる? それは、あなたたちが? もしかして、アタシのことを言ったの?」  このあと、ヴェルデにも会った。  わたしからの提案は、魔女っ子の力を合わせて、マルロー一味全員を捕縛し、ひとりずつ自分たちの手で処刑すること。魔法を使えば造作もない。事実わたしは、双子原ふたごばるでそうやってきた。だけど、ヴェルデは賛成しなかった。 「ひとりずつ処刑するのは、わたしたちがやらなきゃいけないことなの?」 「だってそれは、恨みを持ってるひとがやるべきでしょう?」 「ヴァラー騎士団は、マルローの犯罪を許し、何もしてくれなかったうえに、殺人の苦しみまでわたしたちに背負えっていうの? それで恨みが晴れると思う? わたしは晴れない。世の中のみんなが『そうだマルローは間違ってた、騎士団になし得なかった新しい世界を作ろう』って言い出さない限り、わたしの恨みは消えない」  そういってヴェルデは泣き出すから、わたしも抱きとめて泣くしかなかった。  ――世界に変わってほしいの。わたしは。恨みではなく。  それから――デネア姉さまにも会った。  魔女っ子からはベルカミーナに次ぐ信頼がある。ベルカミーナが、自分の実験のために魔女っ子を「エネルギー源」として使うかもしれない、止めて欲しいと頼むと―― 「生きていたほうが幸せなら、誰だって生きる道を選ぶ」  目を伏せて、静かに漏らした。  ――人生は楽しい。幸せにこそ価値がある。ならば、不幸なだけの人生の価値とは。 「あなたにもわかるでしょう? 復讐にしか楽しみを見いだせない子だっているって。上官に命じられた無駄な特攻死しか知らなければわからないでしょうけど、『垓亜駆軸ガイ・ア・ギアで町をひとつ消滅せしめる』と聞いて、喜んで命を差し出す子は無数にいるわ。もちろん、わたしもそのひとりよ」  デネア姉さまが口にした言葉は、わたしの心臓で死の高揚を含んだ痛みになる。 『一人一殺』という言葉を聞いたことがある。とある右翼のテロリストが口にしたスローガン。その言葉はテロリストたちの間に広まり、右翼、左翼はおろか、フェミニストまでが使うようになった。そのテロリストは、元は僧侶だったという。――デネア姉さまの伯父はわたしが殺した。いま姉さまのお腹には、ベルカミーナに乗っ取られていたときに孕んだ子がいる。 「ところで、あなたの計画――ファデリーを復活させる件――わたしが手を貸せると思う」 「ほんとに?」 「ええ。ベルカミーナの助手ですもの。わたしにもイエスの細胞を作れるわ。でも、受精卵が必要になるわね」 「それって、わたしがだれかとセックスすればいいってこと?」 「それが手っ取り早いんだけど、精子さえ持ってきてくれれば、あなたの卵子に受精させて、そこからイエスの細胞を作れるわよ」  精子をわけてもらう――  これたぶん、ステディがいるか、遊びまくってるかしてないと、かなり難易度が高い。ひとによっては毎晩浴びてるかもしんないけど、いまのわたしには、コートかイディかブサイクたちしかアテがない。  ブサイクたちは、わたしが命じればなんだかんだ言いながら用意してくれる。でもそれは、彼らの非モテのブサイクにわたしが付け込んだことになる。コートに事情を話せば、もしかしたら聞いてくれるかもしれないけど、たぶん「レイちゃんにも確認を取ります」ってことになるし、レイチェルが了承すると思えない。 「こんにちはー。イディいるー?」 「あ、こんにちは。リンじゃなくて、俺?」  玄関先にはイディが出た。リズは奥で赤ん坊を抱いている。 「ああ、うん、両方。リズにも聞いてもらわないといけない」  リズに事情を話す。  ヴァラー騎士団のファデリーを復活させるために、受精卵が必要になる。そのためにイディの精子が欲しい。――そう話すと、リズは露骨に嫌な顔を見せた。想定内の反応だけど、辛い。嫐城うわなりじょうに行けば、毎晩無数の精子が吐き出され、捨てられている。それなのにどうして、うちに来たのか、と。  少し、話した。 「――あんたがやってることって、世間から見たら『おぞましい』ことだよ? 見向きもされないどころか、非難されるよ?」  同じおぞましさを、ずっとベルカミーナに感じてきた。チノに言わせれば、貨幣経済によってアブジェクシオンされたもの。わたしが見てるのは、自分の思考の悍ましさなのか、貨幣経済の悍ましさなのか。  イディとリズは、しばらく台所でふたりで話して、リズだけ戻って来る。 「イディがOKだっていうから、ちょっと待ってて」 「ありがとう」  わたしが用意した容器を持って、イディはバスルームへ。  そして、また少し、話した。 「わたし、本当は嫌だった。トビチノ村で、みんなフリーで交わるのが」  リズが言った。リズが無理してるのは、なんとなくわかってた。 「イディね。実家に帰ると、妾はもう二人確定してるんだって。一応、わたしが正妻になるみたいだけど、もしこの子が、イディに似てないなんて言われたらって思うと、不安でしょうがないの」  話してるとイディの作業が終わって、居間に戻る。手に持った容器には、純粋な白い精がある。それを手渡すこの光景の悍ましさはなんだろう。イディの実家の古い習俗よりも、この瞬間のわたしの方が悍ましいのは、どうしてなんだろう。  リズの家を出るとき、別れの挨拶のあと、こう言われた。 「もうわたしたちには関わらないで」  それから、デネア姉さまに会った。受精卵を手渡し、そのあとでカルガモの元へ。カルガモの傍らには案の定チノがいて、アシスタントを務めていた。吐き気がする。チノに事情を説明して、イエスの細胞が完成したら、ファデリーを復活させるように手配。エレーナにも会って、事情を話しておいた。これでもう、わたしの戦争はお終い。すべて見届けたら、双子原ふたごばるに戻ろう。  ウィッチリアに戻り、茶室へ向かうと硝子牙グラッシーファングと出くわす。 「なにしてるの?」 「フレア殿に呼ばれましたwwww」 「フレア来てるの?」 「みんな揃ってるらしいですwwww」 「みんな? みんなって?」  茶室に入ると、フレア、チノの他に、ヴェルデ、グレイスがいた。わたしの後に硝子牙グラッシーファングがにじり口をくぐる。 「グレイス、生きてたんだ」  開口一番がそれだった。 「ええ、2日ほど意識がなかったみたいだけど、なんとか。アリスロッテこそ、よく生き延びたわね」 「あ、うん。自分でもそう思う。ところで、なんでみんなで集まってるの?」  わたしが聞くと、フレアが答える。 「学園祭をやるの。みんなで」  不意を撃たれ戸惑う2秒半。 「ええっと、世界情勢とかいろいろ……」 「考えるのやめることにした」  つまり、みんなも一緒か。 「アリスロッテもやるよね? 学園祭」  ヴェルデが訊いてくる。そっちこそ、魔女っ子たちのことは? と思ったけど、訊くのはやめた。 「あー、うん、いいけど、レイチェル抜きでやると、あいつブチ切れるよ?」 「あんなヤツ、切っちゃいなよ」 「軽々しく言わないの。フレア。親友なんだよ? アリスロッテの」 「あ、いや、親友じゃないけど」 「そうなの?」 「腐れ縁というか、悪友というか、わたしも元彼盗られたのになんで仲良くしてるのか常々わかんなかったーみたいな?」 「じゃあ、守銭奴は抜きで、わたし、アリスロッテ、グレイス、ヴェルデ、チノの5人確定」 「ラズベリィは?」 「アンノウン将軍の付き人になったので、離れられないんじゃないかしら?」 「アンノウン将軍って?」  フレアが聞き返す。 「キア領の将軍。ドミノ将軍の後釜」  このへんの事情に通じてるの、わたしくらいじゃないかな。ドミノに会ったのわたしだけだろうし。 「それと――」  どうしよう。言いかけて戸惑っていると、ヴェルデが付け足す。 「いま、ベルカミーナが身体を乗っ取ってる」 「ええ~~~~~~~~っ!?」 「乗っ取ったってなにごと!? デネア様はどうなったの?」 「デネア姉さまなら、クジラのなかに意識を移されてたから、それを以前通りに戻したみたい」  そこからちょっと脱線。お茶菓子つまみながら、めいめいでお茶を点てて、足伸ばしたり、寝転がったり。 「で? 学園祭って、具体的にはなにをするの?」 「そこで、硝子牙グラッシーファングの出番」  女子が苦手な硝子牙グラッシーファングは、茶室の隅で小さくなってた。 「どもwwww」  小さく頭を下げる。 「魔女っ子美少女劇スペクタクル『ぐるぐる☆デリヴァー! ~漂流デリーヴせよ! 少女たち!~』を演るの!」  もういいか! 「乗ったぁっ!」  みんな、いろいろあるだろうけど、何も言わない! 哀しみも苦しみも飲み込んで、わたしたちのステージが始まる!

13話 コントル=アタック

二〇二六年 三月 二十七日
イランはアメリカからの停戦要求を拒否。逆に「賠償金の支払い」や「戦闘再開を防ぐ仕組みの確立」など5つの条件をつけてアメリカへ返した。劣勢に立つ米国は最後通牒は突きつけたものの、地上部隊の投入は引き伸ばしている。
A 漂流デリーヴせよ! 少女たち!
 楽屋。 「わたしね、一度だけ物語を書いたことあるの。小学校のころ」 「え? アリスロッテが?」 「どんな話を書いたのかしら。興味あるわね」 「森の昆虫たちが、丸太の船にのって海を目指すの」 「動物じゃなくて、昆虫?」 「なんのために?」 「なんのためってゆーか、なんだろう」  つっこみまちの空白。でも、とくになんもなし。 「いまだったら考えると思うの。どんな目的で、どんな葛藤があって、苦難があって、海へ行けば何が変わるか、そこにちゃんと全員でたどり着けるのか」 「そうそう、そこを知りたいのよ」 「だよねー。でもとくに、なにも考えてなかった。ただ、海が見たいってだけで、丸太の船に乗った」  がらがらっ! 「出た! シーケンスを変える雑なSEの地の文!」 「志賀直哉もよくやってる」※たまにしかやってません 「開幕です! みなさん、ステージへ!」  はじめて夢の遊眠社の舞台を見たとき、客入れに古いアニメの主題歌が流れ続けていた。宇宙少年ソラン、風のフジ丸、鉄人28号、エイトマン……。まだ、オタクって言葉が生まれたばかりで、宮崎勤が例の事件を起こす少しまえ。わたしたちの舞台は、ウィッチリア学園の特設ステージで幕を開けた。  そこに観客はいない。だけどわたしたちにはギー・ドゥボール学園長の額縁がある。世界のどこにでも繋がる魔法の額縁は厚みのない完全な2次元の裏返せばパンツが見える薄い本のプロセニアムアーチの向こうにヤシガニたちの喝采、風に舞うスカートを押さえたわたしたちの恥じらう頬に! さあ! この世界を! 裏返して!  漂流デリーヴせよ!  少女たち! 「いっけなーい、遅刻遅刻~!」  4月新学年桜の花びらの舞う坂道をパンをくわえて走る走るわたしのスカートと揺れる後ろ髪、垣根の途切れた電柱の向こう、角を曲がると――  どんっ!  きゃっ! だれかにぶつかっちゃった!  ギシ……ギシシシシシ……  きゃー、あたしったら、丸太を持った体長2メートルの巨大なカブトムシを跳ね飛ばしちゃったぁっ! 「だいじょうぶですかっ!?」 「だ……だいじょうぶだクワ……」 「語尾が! 語尾がクワになってる!」  き~ん♪ こ~ん♪ か~ん♪ こ~ん♪ 「きゃっ! チャイムの音! 森はあっちです! さようなら!」  むーらのちーんじゅの かーみさーまーのー 下駄箱へ一直線階段賭け上がって廊下走って、2年2組の教室――  がらがらがらっ!  ギー先生は教壇に立ち、その隣には―― 「転校生を紹介しよう! カブトムシのカブトコウジくんだっ!」  ずこーっ! 「カブトコウジでクワ」 「席は有栖川ありすがわの隣があいているようだな。丸太は有栖川ありすがわの席にでも置いておけ、さあ、授業を始めるぞ!」  休み時間。 「きゃーっ! オスのカブトムシが女子トイレにいますっ!」 「オスじゃないクワ! ココロは女の子クワ!」  漂流デリーヴ部、部室。 「漂流デリーヴって、なにするクワ」 「わたしは反対よ! クワガタを入部させるなんて、まっぴらごめんだわ!」 「そんな事言わないの、フレア。それにカブトくんは、カブトムシなのよ?」  放課後。河原。 「さあ、ここに丸太を浮かべて海へ向かうのよ」 「丸太を浮かべるクワ? わかったクワ! 浮かべたクワ!」 「浮かべたら乗るっ!」 「乗る……クワ……?」 「こうやって乗るのよ! こう! みんな乗って! 手本を見せてあげるの!」 「はーっはっはっは! 引っかかったな蛆虫ども!」  カブトコウジがカブトを取ると、なんと! レイチェル! 「思う存分漂流デリーヴしなさいっ!」 「うわーっ」  丸太に乗って流されるわたしたち! 「きゃーっ! 滝がある! 滝っ!」 「なんで市街地のすぐ傍に!」 「志賀直哉でもよくある」※ありません  昆虫たちの冒険の話、読んだのは当時の担任のビッグストーン先生だけ。どう思っただろう。オチを期待して読んで肩透かしを食らったか……あるいは漢字の間違いや、字の下手さを嘆いて読んだか……。なんの手応えもないまま、アニメばっかり見ていた。  ごごごごごごごご! 「滝がどんどん近付いてきて、わたしたちは逃げられない!」  地の文の書き方について考えたのは、『ゲド戦記』からだった。文章をつぶさに見つめ直すと、実に丁寧に情景が描かれていることがわかった。それから、大江健三郎。情景のすべてが肉体の感覚として書かれる。散りゆく桜の花弁すら血流の作る磁場に共鳴し、産毛を逆励てる。志賀直哉――  どざざざざざざざざぁ~っ! 「きゃ~~~~~~~~~っ! 志賀直哉ぁっ!」 「志賀直哉ぁっ!」  マルローの軍は、神岳ルシーニーへと侵攻する。いまや祖根洲ゾネスの2万の傭兵と、聖騎士ファデリーの下に組織された3万の騎士隊を擁し、ここにハーディ・ガーディの浮遊戦艦が加わる。 「大丈夫だ。ルシーニーには長老テレンパレンと、その従者ウンズ=リィ、メンズ=リィがいる。その気になれば5万の兵など一瞬で蒸発する」  シシリールー。 「そうはならぬよう見守るのが俺たちの役割だ」  カルガモ。 「どういうこと?」 「テレンパレンは事実上の神だ」 「神って? どういう意味?」 「この世界は、大魔法使いテレンパレンの意識のなかにある。彼が目を見開いたとき、世界のうちと外は入れ替わる」  河川敷で目を覚ますと、そこにはグレイスも、フレアも、ヴェルデも、チノも見当たらなかった。雨が降り始める。クリーデンス・クリアウォーターに降った、晴れた日の雨。  図書室でレイチェルに会った日。彼女から声をかけてきて、わたしは「あ、うん」って返事をして、「最近どうしてる」って聞かれても「いつも通りかな」って答えて、借りてた本を返さなきゃいけないからって、急いで話を切り上げて、そそくさとその場をあとにした。グレイスやフレアたちがレイチェルを切ろうっていうから、わたしもそうしなきゃいけないんだと思った。  雨を見たかい。  晴れた日に降る雨を。  森に火が付いて、ギガントモックスたちが地上に降り立つ。  降りしきるナパーム。  木々の切れ間に、横たわる巨大な女神像を見つける。腹部の扉が開いている。あそこでやり過ごそう。石で作られた柔肌に意識は立ち止まり、いくつかの時を戻し、また動き出す。鳥は雲の裾を撹拌、囀り、女神像の脇腹に足をかけて跳ね上がった扉の下、覗くと椅子が見えた。滑り降りる。コクピットだ。女神像じゃない。いくつかのスイッチを跳ね上げると、リアクターに火が入る。 「こいつ……動くぞ……」 「どこへ行っていた、グレイス。作戦中だぞ」  マルローはわたしの実の叔父だった。 「申し訳ありません。学園のほうへ、荷物を取りに行っていました」 「そうか。先行する祖根洲ゾネスの軍がルシーニーに到達する。援護をたのみたい」 「援護……というと?」 「雨の森の戦いでは、向こうの魔法使いにいいようにやられた。血液を凍らされたもの、耳に蛭を入れられたもの、尿道結石を急成長させられたもの、肺にメントスとコーラを送り込まれたものまでいる」 「ヴェルデの部隊は、まだ聖印をもらうまえの魔女っ子見習いでしたから、それらの魔法が使えたのです。わたしは……」 「そうだったな。聖印をもらったんだったな」 「申し訳ありません」 「いや、よい。そのおかげでわたしの身も守られるのだ」 「そんな、めっそうもございません」  トカゲの尻尾切りとはよく言ったもので、エラい連中は下っ端を切り捨てて逃げおうす。しかもこの尻尾、1本とは限らない。切っても切っても、別の尻尾がそこにある。ならば頭を切るしかないのだけども、頭もまた数多鎌首を擡げ、どれを切っても死ぬことはない。マルロー伯ひとりの抹殺で戦争が終わるのなら、魔法をひとつ叩き込めばいい。 「マルロー中将! ハーディ・ガーディ殿の戦艦が箒に乗った魔女っ子と交戦中であります!」  フレアの乗箒ほうきライディング!? 「援護は!?」 「残念ながら、空中戦では手も足もでません!」 「グレイス! 行ってくれるか!?」 「わかりました……しかし、ルシーニーまでは距離が……」 「ご心配なく! メガ箒、準備できております!」  いつの間にそんなものを……。  魔導硬姫イグニス・レギナ起動!  リアクターのエネルギーゲインがぐんぐん上がっていく……生体波を感じる……エネルギー源はおそらく人間……魔法銃クルシン・デシネと同様、液化された人間が用いられてる……意識をシンクロさせると、硬質の肉体にわたしの意志が浸透していく。血が騒ぎだし、総毛立つ。魔法の高揚が身を包む。死と命の境目に生じる光悦を全身の汗腺から撒き散らして、わたしは舞い上がる。  一路、神岳ルシーニーへ。  その頂は高度5千メートルを超える。冷気のなかに雲が逆巻く希薄な空の上に浮遊する戦艦の姿を見留める。ハーディ・ガーディの浮遊船。箒の魔女っ子隊と交戦中。 「フレア! そこをどいて! わたしが蹴散らす!」 「待って! 乗員はあんたの知り合いみたい! ナントカって騎士様と花売婦カローリスタ」 「ええ~~っ!? どうすりゃいいのよそれぇ~~~っ!?」 「大丈夫。こっちの部員たちはだれも聖印を受けてないから、なんだってできる! いま乗員全員眠らせたとこ! これから鹵獲する!」  そこに、超巨大な箒マシーンが飛来! 空を引き裂く! 「邪魔はさせないわ! アリスロッテ!」  黒雲が渦巻き、雷光が走る。 「グレイス!?」  わたしが操る硬質の巨人。魔女の帽子を模した頭部、スカートのような装甲、そして背中に背負った巨大な推進器。それは、メソメソポタポタミャアミャア文明が誇る最強の魔導機兵「魔導硬姫イグニス・レギナ」。その手には、巨大な杖が握られている。  グレイスのマシンはさらに巨大な、箒の形をしたメカ。全身を魔導石で覆われ、虹色の光を放ちながら、凄まじい速度で空を駆ける。「魔導箒マギ・ブルーム」。 「いけ! マギ・ブルーム!」  グレイスの声と共に、魔導箒マギ・ブルームは急加速。虹色の光の尾を引きながら、魔導硬姫イグニス・レギナへと突っ込む。 「甘いッ!」  ガキィィィィィン!  衝撃音が轟く。魔導硬姫イグニス・レギナの杖と、魔導箒マギ・ブルームがぶつかり合う。火花が飛び散り、周囲の空気が振動する。  どんどんひゃらら~ どんひゃらら~♪ 「ハッ! その程度か!」  わたしは推力を上げ、さらに押し込む! 「くっ!」  魔導箒マギ・ブルームは一瞬、押されるも虹色の光をさらに強め、押し返す。 「な、なんなの、この力はっ……!」  どんどんひゃらら~ どんひゃらら~♪ 「これがっ! 魔導箒マギ・ブルームの力だ!」  グレイスが叫ぶと、魔導箒から虹色の光がさらに激しく溢れ出す。その光は、魔導硬姫イグニス・レギナを包み込み、その動きを封じる。  あーさから きーこーえーるー ふーえ たーいこー♪ 「まさか……!」  モニターに赤い輝点、続けざまに3つ、4つ、加速して更に増えて画面が赤く染まる。魔導硬姫イグニス・レギナは虹色の光に飲み込まれ、その動きを完全に止める。  とーしも ほーねーんー まーんさーくでー♪ 「フッ……ざっとこんなものかしら」  グレイスは勝利を確信し、魔導箒マギ・ブルームから虹色の光をさらに強める。その光は、魔導硬姫イグニス・レギナを粉砕せんと粘度をもって纏わる。  しかし、その時、  むーらは そーおーでーのー おーお まーつーりー♪ 「まだよ! ……まだ終わりじゃないわ!」 「てゆーかっ!」  魔導硬姫イグニス・レギナから、黒い霧が溢れ出す。その霧は、虹色の光を中和し、魔導硬姫イグニス・レギナを包む。  どんどんひゃらら~ どんひゃらら~♪ 「バックで謎の音楽流すのやめて!」 「スキあり! ぼっかぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」  どんどんひゃらら~ どんひゃらら~♪ 「きゃあああああああああっ!」 「うぎゃああああああああっ!」  両者相討ち!  ずんごろがっしゃんどっかんぽーん!  と、地上に叩きつけられて、コクピットから放り出されて、いてててて。  なんとか大破は免れたけど、これ、動くのかな。てゆーか、グレイスは無事だったかしら。肌寒い。雪がある。  くっ……。  怪我したみたい。小川がある。水を……。ふと手の甲を見ると、16階位をもらったときの聖印がある。これさえなかったら……  でも、変な話だよね。この聖印のせいで、相手を眠らせたり、お腹を壊させたり、目を眩ませたりって魔法は使えない。使えるのは、生活を便利にする物理系の魔法だけ。おかげで、暴漢を抑制するときも眠らせることはできなくて、そのへんの丸太を飛ばしてぶん殴るしかない。死んじゃうよ、そんなことしたら。  こんな聖印なんて……。  おりょ?  こすったら、消えた? なにこれ。 「生きてたみたいね、アリスロッテ」  声がして振り返ると、グレイスだ。 「ああ、そっちこそよく生きてたね。どうする? 剣で殴り合ったりする? マシンを降りたパイロットの定番だよね?」  ガキィィィインッ! 「まだわからないのっ!? この混沌を統治するのは力よっ!」 「血の犠牲の上に成り立つ統治なんて! わたしは要らないっ! って、いやいや、やんないよ。めんどくさい」 「そうね。ハーディ・ガーディの船はどうなった?」 「ハーディの船はフレアが鹵獲したみたい。乗箒ほうきライディング部は、学園に残ったおかげで聖印受けてないの。全員眠らせて平和裏に船は奪ったみたい」  グレイスの眉がしかむ。 「聖印……」  手の甲の聖印に目を落とす。 「こんな印さえなければ……」 「それ、こすったら消えるっぽいよ」  ぷるるるる ぷるるるる。 「あ、チノから魔女っ子リンク通信」 「呼び出し音」 「もしもしー、イエスの細胞はどうなったー? えー。あ、そうなんだ。こっちはいまグレイスと戦ってねー。あ、うん、どっちも生きてるー。フレアも生きてるよー。ヴェルデはわかんないけど、でんわしとくー。じゃあ、切るねー」  がちゃん つーつーつー。 「その音はどこから出てるの?」 「チノ、デネア姉さまからイエスの細胞受け取って、これから聖騎士ファデリーの治療だってー」 「その音はどこから出てるの?」 「ちょっと、ヴェルデにでんわするから、待って」 「剣で殴り合いたいのかしら?」 「あ、ヴェルデー。元気ー。どうしてるー?」 「緊張感は?」 「えー、うっそー。えげつねー。みんなそれでいいの? あー。ベルカミーナがー。でも、見た目アンノウンだよー? あー、うん、わかったー。グレイスにも伝えとくー。じゃあ、またねー」  がちゃん つーつーつー。 「その音はどこから出てるの?」 「ベルカミーナのとこ行ってる魔女っ子、全員予備の魂を用意して、肉体の再生用に受精卵作って保管したんだってー。受精、どうやったと思う? アンノウン将軍の精子使ったんだって。順番に並んでぬっぽぬっぽ。初めての子もいたって。ゲロゲロー。なんか、倫理観どーなってんのって感じー」 「音」 「それで、全員を液化して、純粋魔導力に変換するって」 「それって、『絵蛮外吏苑』のパクリ?」 「まあまあ」  たまたま。帰り道。ちょっと前をコートが歩いてるのに気がついたの。  レイチェルのこともあって、顔を合わせるの気まずくて、追い越さないようにしてたんだけど、信号待ちで、コートが自転車を避けたとき、振り向いて、それで目があって、「あ、コートだったんだ」なんて言って、少し話した。 「こないだ、図書館で、レイチェルに会ったんだけど、避けちゃった」 「まあ、気持ちはわかります」 「謝りたいんだけど、きっかけがない。もしレイチェルが気にしてないんだったら藪蛇だし」  いや、気づいてないなんてことはない。そんなの、表情でわかったよ。 「じゃあ、僕からそれとなく聞いておきます」  レイチェルにはもうコートしかいない。  コートを奪えば、わたしの完全勝利。手の甲の聖印が消えたわたしには、それができる。レイチェルを助けたい思いと、完膚なきまでに残酷に打ち据えたい思いと。  ベルカミーナが言っていた。  一部の人間を切り捨てることで平和になるとしたら、どうする?  ――はい。わたしたちは切り捨てました。  それから、こんな話もしたよね。  ひととひとの距離だと相手のことを考えるけど、俯瞰して戦略を練るとゲームになる。  わたしの、レイチェルへの感情を、どう飼い慣らせばいいんだろう。  ぷるるるる ぷるるるる  チノからだ。 「チノ? どうしたの?」 「ファデリーが復活しましたの」 「ほう!」 「それで、マルローの新騎士団と、アルミナ姫のヴァラー騎士団とで和平会議が持たれることになりましたわ」  これは……!? 一歩前進!?
B ああ、スペクタクルよ、永遠なれ!
 ルシーニーへの無茶な侵攻で、祖根洲ゾネスの傭兵部隊の大半とハーディ・ガーディの浮遊戦艦を失ったマルロー軍は、魔法院の仲介に応じ、ヴァラー騎士団との交渉のテーブルについた。  場所は魔法院が管轄する夜哭城やこくじょう、そこはかつてのヴァラー騎士団の居城、エルスール城だった。  動乱の時代に似つかわしい嵐。雨音が窓を叩く真昼の暗い部屋、ランタンの火が幾重もの影を壁に踊らせ、床板の吐き出す湿度には、腐肉の匂いが交じる。軽い目眩の原因は、限界まで満ちた一酸化炭素か。  マルロー軍の長は仮面の騎士ファデリー、その正体はわたしの故郷の貴族崩れキャバレーロ。側にはウィッチ☆サファイアのグレイスが控える。  他方、ヴァラー騎士団の長はアルミナ姫。魔法院の大御所シシリールーとカルガモ卿が控え、わたしも同席。みんなファデリーが偽物だってことは知ってる。  それと、北方のガンフ・オルア教皇国の代表として、宮廷楽長カペル・マイスターハーディ・ガーディが立ち会う。  会議は祖根洲ゾネスの書記官、ミミ・アリィ・カベニィの仕切りで進行する。 「まずは、魔法院の立場を確認したい」  ミミ・アリィ・カベニィが切り出す。マルロー軍に肩入れする豪商メアリ・ショー・ジニィの妹。決して中立ではない。 「カイ領、制爵カウントマルローの統治の正当性は、聖騎士ファデリーが保証すると言っておられる。フルト・グレイド魔法院が口を挟む問題ではないと考えるが、いかがか」  問われて、 「聖騎士ファデリーの症状はわたしが確認していた」と、カルガモ。  すかさず―― 「偽物だとおっしゃりたいのか?」  マルロー伯が口を挟む。  しかし、真のファデリーが手元にあるカルガモは動じず、ジャブを打つ。 「瞳は薄いブルーだったと聞いているが、果たして、そちらの御仁はいかがであろう」  キャバレーロの瞳はヘーゼル。それを知っての揺さぶり。 「幼いころのペールブルーの瞳など、歳を取れば変わる」 「兄のお尻には大きなハート模様がありました。確認させてもらえますか?」  アルミナ姫が引き取るが、それちょっとまって。蒙古斑じゃないの? 「蒙古斑というものであろう。10歳にもなれば消える」  大正解。 「ところが、そうではないのだよ、マルロー公」  カルガモがマルローに告げる。いやいや、まってまって。そうではないってなに? ハート模様、あるの? 尻に? 「こちらのヴァラー騎士団にも、ファデリー・フォルハート殿が在籍するのだよ。しかも、尻にはちゃんとハートの模様がある。確認するかね?」  いや、あるの? ハート模様。それを見せるの? パンツめくってペロンって? 「ファデリー殿をここへ」  カルガモが従者に命じる。ピクリとマルローが反応するが、その苛立ちを飲み込み、成り行きを見守る。扉は錆びた蝶番を不機嫌に長く鳴らし、窓の外に閃く稲光に体躯を引きつらせ、開け放たれた闇と遅れて響く雷鳴を上書いて、マントを羽織った正装の騎士が姿を見せる。  が、どこかおかしい。  これは……? どういうこと……? 「ファデリー・フォルハート閣下だ」  ヴァラー騎士団の面々が最敬礼で迎えるのでわたしも敬礼はするけど、ってゆーか、ええっと。小さいんですけど? 「お兄さま……」  アルミナ姫が小さく漏らすと、小さな影はてこてこと歩み寄ってきて、テーブルに飛び乗る。  ……モックスだ。お尻にはくっきりとハートの模様がある。 「これが……ファデリー・フォルハート……?」  マルローたちが動揺してるけど、わたしも。  てゆーか、なんでわたしに情報降りてきていないの? 「アルミナ姫がデミ・フェアリーであることはご存知のことと思う」  カルガモが話し始める。 「デミ・フェアリーとは、潜在的なモックス遺伝子を持った者の症状で、身体が弱く、短命であることが多い。事実、ファデリーとアルミナの両親は、双方がデミ・フェアリーであり、夭逝した。両親がデミ・フェアリー――すなわち、モックス遺伝子を持っていた場合、子は2分の1の確率でデミ・フェアリーになる。通常に育つケースは4分の1。残る4分の1は、モックスとなる――」  な、なんかよくわかんないけど、そうなの? 「ここにいる、ファデリー・フォルハートのように」  わたし側のひと以外、みんな動揺してる。思わず―― 「そんなことは知っていたさ」  と、マルロー伯。 「伝統ある騎士団をモックスやデミ・フェアリーに治められるはずがない。だからこそ我々がこうして替え玉を用意したのだ」  いやいや、苦し紛れにも程があるでしょう。わたしもつい―― 「キャバレーロはそれでいいわけ?」  仮面つけて黙って座ってるだけのキャバレーロに聞いちゃった。  待つこと2秒。その口から漏れた言葉。 「恥の多い生涯を送ってきました」  はあ?  ライトが落ち、その闇をピンスポットが切り抜き、キャバレーロの独り語りが始まる。 「自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです」 「あのう、キャバレーロ?」 「自分は東北の田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。自分は停車場のブリッジを、上って、降りて、そうしてそれが線路をまたぎ越えるために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは停車場の構内を外国の遊戯場みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました」  いや、なんなのこれは? 「自分は、そこでは、尊敬されかけていたのです。尊敬されるという観念もまた、はなはだ自分を、おびえさせました」  はい? 「ほとんど完全に近く人をだまして、そうして、或るひとりの全知全能の者に見破られ、木っ葉みじんにやられて、死ぬる以上の赤恥をかかせられる、それが、『尊敬される』という状態の自分の定義でありました」 「ええっと、それってのは――」 「或るとしの春――」 「まだ続くんかーい」 「私は、生れてはじめて本州北端、津軽半島を凡そ三週間ほどかかつて一周したのであるが、それは、私の三十幾年の生涯に於いて、かなり重要な事件の一つであつた。私は津軽に生れ、さうして二十年間、津軽に於いて育ちながら、金木、五所川原、青森、弘前、浅虫、大鰐、それだけの町を見ただけで、その他の町村に就いては少しも知るところが無かつたのである」 「ファデリー閣下……」  キャバレーロの呼吸の間に、マルローは口を挟もうとするが、 「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した」 「……」  残念、終わってなかった。 「メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此のシラクスの市にやって来た」 「閣下! この者たちの言うことなど――」  マルローの割り込み挑戦! 「人間は恋と革命のために生れて来たのだ――」  残念! キャバレーロは止まらない! 「ぐぬぬぬぬぬぬっ!」 「――死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。着物の布地は麻であった。鼠色の細かい縞目が織り込められていた。これは夏に着る着物であろう。夏まで生きていようと思った」  ええっと。 「革命も恋も、実はこの世で最もよくて、おいしい事で、あまりいい事だから、おとなのひとたちは意地わるく私たちに青い葡萄だと嘘ついて教えていたのに違いないと思うようになったのだ」  キャバレーロの謎の演説が続くなか…… 「とにかくだ! わたしはモックスが騎士団の長を務めるなど認めん! 行くぞ、交渉は決裂だ!」  マルロー伯とその一味は帰って行った。  一方、キャバレーロ。 「御元気ですか。  遠い空から御伺いします。  無事、任地に着きました。  大いなる文学のために、  死んで下さい。  自分も死にます、  この戦争のために」  終わった?  …………。 「我々はどうしましょう……」  ハーディ・ガーディ。 「好きにすればいいけど、魔法院に攻撃かけようとしたのは事実なんだから、飛行船はわたしたちが接収するよ」  フレア。厳しい。  騎士団を治めるアルミナ姫が、モックスを騎士団長に据えようとしている――その噂が広まるとともに、市民は反モックスの旗を掲げて団結し、マルロー伯の新騎士団への支持が広がった。  方や、オタクたちはかつてのドミノ将軍の栄光と魔女っ子のパフォーマンスに魅かれキア領に据えられた最終破壊兵器:垓亜駆軸ガイ・ア・ギアのもとに集結、最終戦争の様相を呈し始める。魔女っ子を送り出した家族も戦禍のなかにある。動乱のなかで帰る場所を失ったものも多い。魔女っ子たちはベルカミーナに言われるがまま、命を差し出すべく、予備の肉体を作り出した。予備の肉体と言っても、自分の卵子から作り出した受精卵だ。決して自分が生き返るわけじゃない。だけどその受精卵1個で、平和な世界に遊ぶ自分を夢想することが出来た。  マルローはファデリーに替えて新しい英雄を担ぎ出した。前千年紀で人類を滅亡から救ったとされる預言者の末裔だと喧伝され、それを伝える神話は新しい装丁で出版され、各地の酒場で日銭を稼ぐ吟遊詩人はみなこれを吟じた。  やがてモックスに魅入られたヴァラー騎士団は民衆に糾弾され、ラゴール王室制騎士団の任を解かれ、マルローの新騎士団がその任に就いた。直後、ジャスティス騎士団と改名されたその騎士団の参謀長に収まったマルローは、アルミナ姫とファデリーの処刑を命じた。 「野放しにしたら、いずれどこかで蜂起せんとも限らん」  そう説明してくれたのは、カルガモだった。アルミナ姫とファデリーは、ラゴールの王宮に近い監獄に収監されている。 「どうしてみすみす引き渡したんですか」 「民衆がそれを望んでいる以上、力で変えることはできん」  わたしたちには力がある。マルローたち新騎士団の幹部の心臓を取り出して順に殺すことだってできる。モックスに危害を与える者すべての手足を切り落とすこともできる。なんなら、マルローの支配地域全域を焼け野原にすることもできる。どうしてそれをやってはいけないんだろう。  ……ミナ姫……アルミナ姫……  ……えますか……アルミナ姫……  わたしの呼びかけが……聞こえますか……? 「こ、この声は……アリスロッテ……?」 「そう……エンタングルした金魚を通して話しかけてるの」 「聞こえるわ……どうしましたの?」 「姫、わたしは姫を助けることができる。グレイスも、ヴェルデも、フレアも、チノも、聖印を持ってないから、どんな魔法でも使える」 「そうですか。しかし残念ながら、わたしの刑は、国民が決めたものです。万雷の拍手をもって、その生命を、神に還すのだ、と」 「それはマルローのプロパガンダのせいだし! アルミナ姫には支援者はいっぱいいるって! 牢を出たらみんな蜂起するから!」 「蜂起して、どうしますか? 戦争を続けますか?」 「あたりまえじゃない! マルローはモックスを人間だって思ってない! 相変わらず亜人による取り替え子だって言い張ってる! 奴隷同然に扱われてるし、トイレでは尻を舐めさせられてる! これを放っておけるの?」 「かつて、魔法院を攻めたとき……わたしは多くの兵を犠牲にしました……だけどいまのわたしは、戦うことより、尻を舐めることを選びます」 「いや、ダメでしょ! わたしだってモックスなの! モックスの両親から生まれたらしいの! だけど尻は舐めたくない! みんなそうだよ! だれもひとの尻なんか舐めたくないし、尻を舐めさせる権利を持ってる人間なんていない!」 「言いたいことはわかります。モックスたちのことを思ってくれてありがとう。でもね……急には変わらないんです。なにごとも」 「そりゃあそうだけど……」 「ひとの意識を変えるには、何十年、何百年とかかることでしょう。それも、ひとりのひとの意志で変わるわけじゃなく、どう変わるか、何が正しいかもわからない」 「だからって何もしないのはどうなの?」 「わたしを担ぎ出して民衆を蜂起させようとするのはどうなんですか? あなた自身の言葉で語るのではなく、わたしを象徴として利用するとしたら、マルローの『嘘』と同じじゃありませんか?」 「でも……わたしはみんなの幸せを思って……。マルローは私利私欲のためじゃない?」 「いま、9割の国民がマルローを支持しています。モックスを奴隷にして暮らしを豊かにすることが、彼らの幸せなんです。あなたはその幸せを奪えますか?」 「だからその幸せが間違ってるの!」 「ならば、その『物語』が必要です」 「物語?」 「その昔、それは宗教として与えられていました。『神』という架空の存在を通して、教えに沿って生きて、死んで天国へ行くことが『幸せ』でした」 「それって、本当に幸せなの?」 「さあ。わたしにはわかりません」 「カルガモが言ってたけど、あなたは星霊のひとり、王冠のケテルの依代なんだって。だったら、生きるべきだよ」 「わかっていませんね、アリスロッテ。わたしはいま、この宇宙を変えるほどの示唆をあなたに与えました。わたしがこの世界に転生した目的は、いまあなたに話したことで叶ったのです」 「いまの話で? 叶った?」 「人生に目的があるとしたら、それはただ『幸せになる』ことだけです。いま、多くの魔女っ子が絶望しています。マルローに与した民衆は、モックスを虐待することを『幸せ』だと思っています」 「うん。でも、それをどうすればいいの?」 「絶望しかない世界のなかで、1週間にたった30分でいい、『幸せ』を見せてあげてください。もし、マルローの考えが愚かだというなら、1週間にたった30分でいい、『正しい』経験をさせてあげてください」 「そんなことで? それで世界は変わるの?」 「世界は、わたしが変えるんじゃない。わたしにできることはただ、あなたを愛することだけ」  すっかり作戦本部と化した茶室。 「ねえみんな、たいへん! 魔法院上空の受精卵が分裂を開始した!」  フレアからの連絡! 「動き出したようね、長老テレンパレン……」  グレイスが立ち上がる。 「ついに垓亜駆軸ガイ・ア・ギアを動かすときが来たってことね……」  ヴェルデは飲んでいたお茶をテーブルに下ろす。 「垓亜駆軸ガイ・ア・ギアの起動には、人間ひとりぶんの生命力が必要ですの」  チノ。 「わたしがやってみる」  熱血のフレアが躊躇なく告げる。 「待って! アニメの話しよう! アニメの!」 「アニメの? なんで?」 「あの、なんてゆーか、学園祭の件でちょっとアニメの演出を参考にしたんだけど、昔のロボットアニメって、最後は必殺技の名前を叫んで終わりでしょ? 勧善懲悪の極致というか、あの頃の作品はシンプルで羨ましいよね!」  と、話していると…… 「……『シンプル』、だと?」  わたしの魔法銃、クルシン・デシネから人影が現れる! 「聞こえてたよ。あんたは、あの時代の巨大ロボットという『不条理な暴力装置』を、ただの勧善懲悪の道具だと断じたのか?」 「ああ、はいはい」 「ああ、はいはい? 何だその態度は!?」 「あのさあ、ドミノ将軍、お願いがあるんだけど」 「お願いだと? なんてぶしつけな。とりあえず言うだけは言ってみろ」 「垓亜駆軸ガイ・ア・ギアに入って、弾になってくれない? 長老テレンパレンの真鬼トゥルクを倒したいの」 「ああ? ちょっとまて。なんで俺が?」 「じゃあ、アンノに頼むわ」 「はあ?」 「そうね。アンノはニュータイプだよね。ドミノは所詮オールドタイプだわー」 「アンノにラインしてみる」 「まてまてまて、ニュータイプって概念を作り出したのは俺だぞ?」 「アンノ、OKだって!」 「俺が弾になろう! 垓亜駆軸ガイ・ア・ギアの!」  将軍ドミノの銃縛霊を説得し、わたしたちの作戦はここ、ウィッチリア学園特設ステージで始まった! 世界のどこにでも繋がる魔法の額縁は厚みのない完全な2次元の裏返せばパンツが見える薄い本のプロセニアムアーチの向こうにヤシガニたちの喝采、風に舞うスカートを押さえたわたしたちの恥じらう頬に!  さあ! 裏返せ! この世界を!  ヴェルデは雛菊牧場デイジーランチのみんな、それと騎士キャバレーロとともに鹵獲した飛行船に乗り込んで、ドミノ将軍はチノに案内され、垓亜駆軸ガイ・ア・ギアへ。魔法院の野望を撃ち抜くために。きゃーっ! 長老テレンパレンの真鬼トゥルクを援護すべく、双子の従者のウンズ=リィは無数のゴーレムを展開! メンズ=リィは!? メンズ=リィは第六天魔王にして虚無の龍、波旬はじゅんを召喚! 「ぬっはっはっは、信玄のヤツめ。自ら仏の弟子と称してこの信長を断罪するか。……ならば、我は仏道を妨ぐる『第六天魔王』となりて、その驕りを焼き尽くしてくれようぞ!」 「お、織田弾正忠だんじょうのちゅう様! まさに神仏を恐れぬ『魔王』の御姿! この蘭丸、地の果てまでもお供つかまつりまする!」  ゴーレムは地上から飛行船を射撃、波旬はじゅんは魔法院を守備。ずごごごごごごごごごっ!  フレアは魔導硬姫イグニス・レギナに乗り込み「いくわよ! グレイス!」と、グレイスが操る魔導箒マギ・ブルームと合体! 「Sフォーメーション! セットアップ!」 「フレアはゴーレムを叩いて! 波旬はじゅんはわたしが落とす!」「ひとりで波旬はじゅん!?」「ぬわっはっはっはっは!」「やるしかないでしょう!?」 「弾正忠だんじょうのちゅう様ぁぁぁぁぁっ!」  波旬はじゅんとの戦闘! ピンチに陥ったところにカルガモ参戦! 「助けてくれるの!?」 「違う。俺はただ、バランスを取るだけ」  バランスってなんやねん! ガァガァガァガァ! 地上ではシシリールーのゾンビ軍団が、ウンズ=リィのゴーレム軍団に襲いかかる! ゾゾゾゾンビ! ゾゾンビ! ゾンビとメカゾンビ! 「シシリールー!?」 「コンシストリーとお呼び! 青二才! コンシストリー様は久しぶりの戦いにココロを踊らせているのさ!」  小うるさいブラッド・アップルまで!  ふと見ると、巨大化した魔女っ子が街を破壊してる!  どんがらがっしゃんぽーん!  ラズベリィだ! 「あんたなにやってんのよっ!」 「こいつらがアルミナ姫の処刑を決めた! わたしからすべてを奪ったのもコイツらだ!」  巨大化したラズベリィが一般市民を蹴散らす! きゃああああっ! 「なるほど! 手伝うよ!」  どんがらがっしゃんぽーん! 「なにやってんのアリスロッテーッ!?」 「いっけなぁい、町一個消し飛ばしちゃったぁ! でも、だいじょうぶよ、ラズベリィ! アルミナ姫の魂は予備が用意されてる! 死刑になったって生き返るわ!」 「そうだったのね!」  町を滅ぼしたら、お次は波旬!  ラズベリィと力を合わせて、全力の攻撃でしゅぼーん! 「織田弾正忠だんじょうのちゅう様ぁぁぁぁぁぁぁっ!」 「さらばだ、蘭丸! 魔王が消えるに、これほど相応しき舞台はあるまい! 余のむくろひとつ、この世には残さぬ! 灰すらも天に昇り、乱世を呪う煙とならん!」  さっきから割り込んでるこのひとだれぇ~っ!? 「いまよ! チノ! 魔法院上空の卵を狙って!」 「わかってますわ! みなさん! 垓亜駆軸ガイ・ア・ギアに込められるドミノ・ヨシューキ将軍に最後の言葉を!」 「サンキュードミノ! アニメ面白かったぜ!」 「アニメージュにイラスト送ったことがあるわ」 「チャム・ファウ最高wwww」 「声援ありがとうよ、おまえらっ! 俺は止まんねぇからよ! おまえらが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ! だからよ、止まるんじゃねぇぞ!」 「ありがとうドミノーッ!」 「また来るぜぇーっ! ハヤオみてぇによぉーっ!」 「もう来るなーっ!」 「ドミノ将軍、魔力転換完了! エイムしますのっ!」 「総員! ただちに射線を開けて!」  ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ  「垓亜駆軸ガイ・ア・ギア! 発動!」  ぎゅおんぎゅおんぎゅおんぎゅおん!  しゅごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!  なんかすげぇ眩しい光と、地面がぐらんぐらん揺れて、風がびゅうびゅう吹いてなんかもしっちゃかめっちゃかになって、気がつくと見事、魔法院に発生していた真鬼トゥルクの卵を破壊!  ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ  「やったぁっ!」 「わたしたち、やったのね!?」 「そうよ! 平和が訪れたのよ!」  じゃっじゃーん! じゃっじゃーん! じゃっじゃーん! 「本日はウィッチリア魔女っ子学園スペシャルステージ、『ぐるぐる☆デリヴァー! ~漂流デリーヴせよ! 少女たち!~』ご鑑賞いただきありがとうございましたぁ!」 「これがわたしたちのファーストステージになります! これからどんどん成長していきますので、心暖かく見守ってください!」 「それじゃあ、最後は、わたしたちのテーマソングで締めたいと思います!」 「聞いて下さい! ぷるぷる♪ マジカル・デトゥルヌマン!」  めざましとめたら♪ ふとんをとびだし♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  パンをくわえて♪ せーふくきながら♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  ばーんちょー せーんせー ごめんあそばせ まほうでぴゅん!  ぷるぷる マジカル デトゥルヌマン!  デリーヴ しちゃうぞ きゅるるんるん♪  きのーのなやみは ラメのかなたへ かんがえないのよ へいへいぼーい!  へい!  ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ  そらとぶホウキに♪ リボンむすんで♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  スティックふりふり♪ プリティショットで♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  しーんゆー らーいばーる じゃましないでね まほうでぴゅん!  ぷるぷる マジカル デトゥルヌマン!  デリーヴ しちゃうぞ きゅるるんるん♪  オトメのヒミツは かみひこーきで そらにとばすの へいへいがーる!  へい!  ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ ずんずんちゃっちゃ  きょーかしょやぶいて♪ ノートすてたら♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  はやべんたべたら♪ じゅぎょーはおひるね♪  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  うーさぎー にわとりー おさきにしつれい まほうでぴゅん!  ぷるぷる マジカル デトゥルヌマン!  デリーヴ しちゃうぞ きゅるるんるん♪  しんどいときには がっこさぼって げんきひゃくばい へいへいゆう!  へい!  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  れつごー れつごー (れつごー れつごー)  ばーんちょー せーんせー ごめんあそばせ まほうでぴゅん!  ぷるぷる マジカル デトゥルヌマン!  デリーヴ しちゃうぞ きゅるるんるん♪  きのーのなやみは ラメのかなたへ かんがえないのよ へいへいぼーい!  へい! 「どうもありがとうございましたーっ!」 「これからもよろしくお願いしまーす!」  ウィッチリア学園・学園祭『ぐるぐる☆デリヴァー! ~漂流デリーヴせよ! 少女たち!~』開催初日、ヴァラー騎士団長ファデリー・フォルハート、並びに正騎士アルミナ・フォルハートの処刑が実行された。  ――この、スペクタクルのなかで。

あとがき

 今作は、困惑するアリスロッテシリーズの3作目です。他に番外編的な脚本形式のものがありますが、それを除いて全4巻で完結する予定でプロットを作ってました。ところが、第2巻のラストで予定になかった魔女っ子を登場させてしまったがために、この第3巻は魔女っ子に振り回され、プロットからは大きく外れました。  それでも、最初はプロットは回収するつもりで書いていたのですが、戦争の話を書いている最中に戦争が起きるという、非常に辛い事態に陥ってしまいました。もちろん、戦争なんてずっと起きていたんです。いまさら「戦争が起きた」なんて言い出すのは日本人のエゴに過ぎないし、辛いにしたって、戦争の当事者の小指の先ほどの痛みでもない。しかし、そうやってあれこれ考えているうちにペンが進まなくなっていきました。  世界状況を見ながら、あるいはそれを受けたSNSの反応を見ながら、方向が変わっていった部分があります。幸いにして(この戦争のさなかでなにが幸いなものかという批判は承知しつつ)、今回の作品は1話からすべてブログに小出しにしながら調整していましたので、戦争の展開と合わせて読み返すことができてしまいます。  執筆がラストに近づくほど、呼応するように戦況は悪化し、途中、辛すぎてもう書けないと思いました。それでも書いておこうと思ったのは、何年か経ってこの戦争を語るときに、自分がなにを考えていたか振り返るためでもあります。そしてこの先、きっと戦争はもっと大変になっていくんですが。  せっかくなので各話の冒頭に、それを公開した日付と、そのときに何が起きたかを記しています。没入感もなにもあったものではありませんが、正直、没入できる気分でもないというのが、26年、3月27日現在の気分です。  思えば、第2巻『処女聖アリスロッテの帰還』は、ギー・ドゥボールの「転用デトゥルヌマン」をテーマにしていました。固定化した表現によって、非同一性の抑圧を生み出すことへの「抵抗」が、転用デトゥルヌマンです。こう言ってもなんのこっちゃと思われるかもしれませんが、「アニメで美少女ばかり描かれるせいで、オタクは現実の非美少女に妥協できずに恋ができない問題」だと思うとわかりやすいかもしれません。これはオタクの問題であると同時に、美しくなければ存在を否定されると不安を覚えるすべてのひとの問題です。  ところがこの転用デトゥルヌマン、どんなに表現の手を変えても「新しいレトリック」として「同一性」に回収されるのです。たとえば「メガネでガリ勉の目立たない子」を描いても、それはすぐに新しい美少女の記号になります。  このように、いくら転用デトゥルヌマンしても「スペクタクル」から逃れられない、という苦悩を叩きつけたのが『処女聖アリスロッテの帰還』だったのですが、今作『なにもしらないからともだちでいられる』は、執筆の背後に起きていたリアルな事件を書き添えることで、その軸が大きくズレてしまいました。各話の冒頭にいれた文言がそうですが、そのせいで、もしかしたら本文はさっぱり頭に入ってこない可能性も危惧しました。だけどこれもまた転用デトゥルヌマンなのでしょう。  ギー・ドゥボールの提唱した概念にもうひとつ漂流デリーヴというものがあります。これは目的を決めずに都市を彷徨うことで、無意識に見過ごしている都市の「記号」を読み解こうというものです。簡単に言えば『ブラタモリ』のようなもので、奇しくも今作では激しく漂流デリーヴすることになってしまいました。思想的な背景に、ギー・ドゥボールの他に、ロラン・バルト、ジャン=ポール・サルトル、シモーヌ・ヴェイユ、ジュリア・クリステヴァ、柄谷行人、デヴィッド・グレーバー、テオドール・アドルノらを引用しながら、戦争と表現――すなわちオタクたちの思想に直結する事象について自分なりに考察を巡らせています。  予定調和的なプロットはあったのですが、それが書けませんでした。  執筆中ずっと不安と苛立ちとに苛まれ、戦争とはなにか、表現とはなにかを自問した結果生まれたのがこの作品です。  本来のプロットでは、ファデリーの正体がわかるのは4巻を予定していました。レイチェルがどうなったか、双子や長老がどんな技を繰り出すか、なども書ききれてないままです。だけどいまは書ける気がしません。いつかまた気分がスッキリして「戦争のお話も普通に書ける」という心境になったら続きを書くと思います。あるいは今回と同様、辛い辛いと言いながら続きを書くかもしれませんが、そのときはどうぞお手にとって、気持ちを共有していただけると幸いです。

奥付


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著者 :愁羽淋
出版 :さよならおやすみノベルス
出版日:2026年 2月 22日
ツール:でんでんコンバーター、Sigil、VScode、PowerPoint